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シロイユキ・第4話

「それぞれの怨念」(遥視点・前半)


1.穏やかな夢の中で


 とても心地良い春の陽気、そして辺り一面には無数の花畑。
 地面に咲き乱れる無数の花々から、とても甘くて香ばしい香りが溢れ出てくる。
 穏やかな晴天と温かい太陽の光に、ぬくぬくと包み込まれたその幻想世界の中で、遥と美羽はいつの間にか立ち尽くしていた。
 いつからそこにいたのか・・・いつの間にこんな所までやってきてしまったのか・・・遥にも美羽にも分からない。
 つい先程まで飛行機の中で、時差ボケ解消の為に眠りについていたというのに。

 遥ちゃん。美羽ちゃん。

 自分たちを呼ぶ懐かしい声が、背後から聞こえる。
 振り向くと遥たちのすぐ後ろにいたのは、穏やかな笑顔で自分たちを見つめている栞の姿。
 遥と渚を守る為に馬瓏琉に殺され、瑠璃宮の門への生贄とされてしまったはずなのに。
 それなのに栞は今、こうして自分たちの目の前にいる。
 一瞬驚いが、その在り得ない状況から2人は瞬時に悟った。

 ああ、これは夢なんだと。
 夢なんだから、存分に栞に甘えてもいいのだと。
 邪神との戦いを控えた遥たちに天が授けた、せめてもの安らぎの一時なのだと。

 だから存分に栞に甘えようと思った遥だったが、その時美羽はいきなり木刀を栞に突きつけた。
 いきなりの出来事に驚いた遥だが、なんか伝説の女剣士を相手に自分がどこまで通用するのか、手合わせ願いたいとか言っている。
 戸惑う栞だったが、美羽の決意はどうやら揺らぐ事はないらしい。
 美羽も剣士である以上、強者と戦いたいと願うのは当然の事なのかもしれない。
 その美羽の決意を肌で感じた栞もまた、木刀を手に美羽に向き直った。

 2分後。
 美羽がうるうるした瞳で、ど~~~~~~~~~ん!!と地面に突っ伏していた。
 月光蝶までも繰り出して、自分の持てる力の全てを注ぎ込み、全身全霊の力で挑んでも尚、美羽は栞に勝てなかったのだ。
 あの美羽でさえもフルボッコにするとは・・・全盛期の母さん強ぇ~。
 心の中でそう呟いた遥もまた、剣士として純粋に栞を相手に、自分の腕を試してみたくなった。

 2分後。
 美羽の隣で遥もまた、ど~~~~~~~~~ん!!と地面に突っ伏していた。
 やはり今の私の力は、まだまだ母さんには及ばないらしい・・・それを悟った遥は、全てを吹っ切ったような清々しい笑顔で、花畑の上に寝転がる。
 栞に負けたにも関わらず、遥の心は清々しさに満ち溢れていた。

 そんな遥の傍に栞はしゃがみ込み、とても穏やかな笑顔で膝枕をした。
 その温かくて優しい、そして懐かしい感触が、遥の心を安心させる。
 こうして栞に膝枕をしてもらうのは、子供の時以来だっただろうか。
 栞の温もりに、遥は存分に身を委ねた。

 ほら、美羽ちゃんもこっちにいらっしゃい。
 栞は遥を膝枕している右の太ももとは反対の、左の太ももをポンポンと叩き、ど~~~~~~~ん!!と地面に突っ伏している美羽を穏やかな笑顔で手招きした。
 一瞬躊躇した美羽だったが、それでも栞の柔らかい太ももの上に頭を乗っけて、花畑の上に寝転がる。
 とても穏やかな笑顔で、美羽は遥と共に清々しい青空を見上げていた。
 無数の花々から漂う甘い香り、そして穏やかな陽の光、栞の柔らかくて優しい膝枕の感触に包み込まれ、遥と美羽は心地良い安らぎを感じていた。
 こんな安らぎの一時が、永遠に続いてくれればいいのに・・・遥も美羽も心からそう思う。

 だが夢というのは、所詮は夢であって現実ではない。
 例えどうあがこうが、いつかは覚めてしまう物なのだ。
 空がどんよりと曇り、急激に寒くなって雪が降り、そして遥たちを包み込む無数の花々も瞬時に凍り付いてしまった。
 先程までの穏やかな春の光景とは一転し、厳しい冬の寒さが遥たちを容赦なく包み込む。
 遥と美羽が起き上がると、そこにいたのは妖艶な笑みを浮かべる1人の女。
 そして遥に対して、凄まじいまでの憎悪をぶつけてくる。  

 こいつがサテラが言っていた邪神か・・・まさか女だとは思わなかったな。
 遥は瞬時にそれを悟り、《ファルシオン》を手に邪神に向き直った。
 美羽もまた皇牙を召喚し、何の迷いも無い力強い瞳で邪神を見据えている。
 悲しみの表情で、遥と美羽を見つめる栞。
 そんな栞を安心させる為に、遥はとても力強い笑顔を栞に見せた。

 大丈夫だ、母さん。私も美羽も絶対に負けないから。
 そう宣言した遥の意識が、美羽と共に急激に現実世界へと引き戻されていく。
 栞の姿がどんどん遠くなり、周囲が闇の世界へと飲み込まれていく。
 そして深い深い闇を貫く、一筋の金色の光。
 その光を発しているのは、遥と美羽に両手を差し伸べる渚の姿。
 渚の右手を遥が、左手を美羽が、しっかりと両手で握り締める。
 その渚の優しい温もりに導かれ、遥と美羽は夢の世界から帰還したのだった。

 「・・・・・。」

 遥が目を開けると、そこは飛行機の中だった。
 日本時間に合わせておいた腕時計の時刻を確認すると、午前5時を回った所だ。
 イタリアでの午後2時・・・つまり日本時間の午後10時に飛行機が出発し、それと同時に眠りについたので、およそ7時間程度眠っていた事になる。
 窓から外を見てみると、薄暗い空にうっすらと陽の光が差し込んでいた。

 羽間口監督が時差ボケ対策として、『目覚めたら朝だった』という状況にしてくれたとはいえ、やはり時差ボケは正直身体的に辛い物がある。
 世界選手権やオリンピックで何度も経験しているとはいえ、さすがの遥も時差ボケだけはどうにも慣れる事が出来ずにいた。 
 日本とイタリアの8時間という膨大な時差は、人間の体内時計を情け容赦なく狂わせるのだ。こればかりは幾ら身体を鍛えようが、どうにか出来るような代物では無い。
 まして海外出張を何度もこなすビジネスマンなどと違い、海外旅行に出かけない遥がこうして世界へと旅立つのは、せいぜい大会出場の際の1年か2年に一度でしか無いのだ。

 ふと隣を見ると、いつの間にか起きていた美羽が、穏やかな笑顔で遥を見つめていた。
 美羽も時差ボケに苦しめられているようだが、それでもそんな素振りを感じさせない笑顔を遥に見せている。

 「おはよう、遥。」
 「よく眠れたか?美羽。」
 「遥のお母さんのお陰でね。」
 「・・・やはりお前も母さんの夢を観ていたのか。」
 「うん・・・。」

 夢と呼ぶにはあまりにもリアル過ぎる感触・・・遥も美羽もあの時確かに、栞との穏やかな一時を共有していたのだ。
 あれが本当に今は亡き栞が見せてくれた夢だったのか、それとも遥の願望が夢となって現れ、一緒に手を繋いで眠っていた美羽にも伝染したのかは分からない。
 それでも栞の優しさと温もりは、確かに遥と美羽の心に刻み込まれたのだ。

 「ん~~~~~~~っ・・・!!ふぁ~ぁ・・・。」

 そして美羽の隣で眠っていた宏美も目覚めたようで、あくびをしながら大きく背伸びをしている。
 彼女も時差ボケの影響が残っているのか、まだ少し身体に違和感を感じているようだった。

 「おはよう、宏美。」
 「おはよう美羽~。2人共いつから起きてたの?」
 「私も遥も、起きたのはついさっきよ。」
 「毎度の事だけど、時差ボケは正直辛いよね~。」

 他のチームメイトたち、そして一緒に搭乗している一般客たちの多くが未だに眠りについており、僅かに起きている者たちもヘッドホンを装着して映画や音楽を鑑賞したり、静かに空の光景を眺めたり読書をしたりと、思い思いの空の旅を満喫している。
 深い静寂に包まれた機内の中で、遥もまた窓から空の光景を眺める。
 薄暗い空を照らす一筋の朝陽の光が、遥にはとても心地良く感じられた。

 一般的に朝陽の光は、人間の体内時計の調整に大きな役割を果たすと言われており、朝陽の光を浴びる事で「今は朝だ」と身体に認識させる事が出来るらしいのだ。
 これもまた、羽間口監督の時差ボケ対策の一環だ。

 「おはようございます、お客様。夕べはよく眠れましたか?」

 眠っている他の客を起こしてしまわないように、飲食物を乗せた台車を静かに運んできた日本人のスチュワーデスの女性が、遥たちに穏やかな笑顔を見せながら声を掛けて来た。
 その彼女の穏やかな笑顔が、時差ボケに苦しむ遥の心に安心感を与える。

 「イタリアで睡眠時間を調整はしてきたんですけど・・・やっぱり時差ボケは辛いですね。」
 「お目覚めにお飲み物や軽食などは如何でしょう?多少は気分が悪くても、少しは何か口にしておいた方が身体にいいですよ?」
 「じゃあ紅茶とサンドイッチを。紅茶はホットのストレートで。」
 「かしこまりました。そちらのお客様は如何なされますか?」

 美羽はコーヒーとエッグマフィンを、宏美はお茶とおにぎりを注文し、テーブルに乗せて静かに口に運ぶ。
 渡された紅茶は紙コップに入れられたインスタントの物で、サテラが淹れたダージリンとは味や香りが雲泥の差だったが、それでも遥にはとても美味しく感じられた。

 「成田への到着時刻は、現地時間の午前8時頃を予定しております。」
 「はい。あと3時間程ですね。」
 「また何かあれば遠慮無くご用命下さいませ。どうぞごゆっくりと空の旅のご満喫を。」

 遥たちに一礼し、スチュワーデスは他の起きている客の元に台車を静かに運んでいく。
 朝陽の光がどんどん強まり、薄暗かった空も随分と青みを増してきたようだ。
 もう1週間近くも日本を留守にしてしまったのだが、今頃渚は元気でやっているのだろうか。
 そして・・・サテラが予言し、遥と美羽の夢の中にまで現れた邪神の女。
 いずれにしても、遥たちが日本に戻るのは3時間後だ。それまではぎゃあぎゃあ騒いだ所でどうする事も出来ない。
 日本に到着するまでは、遥も美羽も大人しくしているしかないのだ。

 (邪神が私を憎んでいるか・・・私には全く心当たりは無いが、例え何が待ち受けていようとも、私はそれを打ち破るまでの事だ。)

 決意に満ちた表情で、遥は清々しい青空を見つめていたのだった。

2.神剣・再び


 午前7時50分・・・当初の予定より10分程早く日本に戻ってきた、遥と美羽の元に真っ先に駆けつけて来たのは、いつものような沢山の記者たちに加えて・・・リクルートスーツに身を包んだ葛と梢子の姿もあった。
 記者たちを無視し、遥と美羽は葛たちの下へと駆け寄る。

 「梢子、邪神はどうなったの!?もう蘇ったの!?」
 「な・・・何で美羽がその事を知ってるわけ!?」
 「詳しい話は後よ!!今はとにかく現状を報告して!!」

 イタリアから帰ってきたばかりの美羽が何故その事を知っているのか、全然意味が分からない梢子だったが、それでも今はそんな事を言っていられる場合では無い。

 「・・・分かったわ。ここじゃ何だから、取り敢えず2人共ヘリに乗って。詳しい話はそこでするわ。」
 「どこに連れていくつもりだ?」
 「若杉グループの本社よ。今は渚もそこで保護しているから。」
 「渚を!?」

 大勢の記者たちに質問を浴びせられながら、遥たちはヘリポートへと急いでいく。
 梢子はそんな遥たちを記者たちから守りながら、遥たちをヘリコプターへと誘導していく。
 イタリアでもそうだったが、普段は『守る』事を仕事にしている自分がこうして梢子に『守られる』という事に関して、遥は少し新鮮さを感じていた。

 「出して下さい!!」
 「了解!!」

 記者たちを振り切り、梢子からの指示を受けたパイロットが、遥たちを乗せたヘリコプターを上空へと飛翔させていく。
 一体全体何が起こったのか、あっけに取られている羽間口監督やチームメイトたちに、その場に残っていた若杉の関係者たちが事情を説明する。
 ただ1人、あらかじめ美羽から邪神に関しての話を聞かされていた宏美は、とても心配そうな表情でヘリコプターを見つめていた。
 自分が美羽の力になってやれない事に、宏美は強い歯がゆさを感じていた。
 今の宏美に出来る事は・・・遥と美羽の無事を祈る事だけだ。

 遥たちを乗せたヘリコプターが、若杉グループの本社がある青城市へと向かっていく。
 ここから青城市まで、恐らく10分程度で辿り着けるはずだ。
 だがそこへ、梢子の携帯電話の着信音が鳴り響く。

 「はい、小山内です・・・はい・・・はい・・・セラがTCSのニュース番組に乱入した!?」

 梢子の言葉と同時に、遥は携帯電話のワンセグ機能で該当チャンネルを開いた。
 液晶画面に映っていたのは、カメラに向かって妖艶な笑みを浮かべている女性。
 その氷のような冷たい瞳、見る者全てを魅了するかのような美貌、そして銀色の長髪。
 そして何故か女性アナウンサーが、虚ろな表情で床に倒れている。

 「こいつがサテラが言っていた邪神か・・・」

 とても厳しい表情で、遥は美羽と共に携帯電話の液晶画面を覗き込む。
 間違いない。遥と美羽の夢の中に出てきた邪神と瓜二つだ。
 サテラはいつ蘇るか分からないと言っていたが、まさか日本に戻ってからすぐにお目にかかる事になるとは。 

 『さて・・・ニュース番組への突然の乱入、真に申し訳なく思う。だがこうでもしなければ、わらわの望みは叶えられそうになくてのう。』
 『ひ、ひいっ・・・!?』
 『そうそう、そなたはそうやってカメラを回しておれば、それでよい。我が名はセラ。氷の力を司る女神だ。本名は世羅主姫(せらぬしひめ)と言うのだが、 わらわの事はセラと呼ぶがよい。天照の奴が呼びにくいとか文句を言って勝手に付けた呼び名なのだが、実はわらわもそこそこ気に入っておる呼び名でのう。』

 セラと名乗ったその女性は、とても妖艶な笑みをカメラに向けている。
 世羅主姫・・・経観塚の古い伝承にその名前があった事を、遥は今になって思い出していた。
 かつてこの日本を我が物にしようと企んでいたものの、太陽神天照との壮絶な戦いに敗れて封印された・・・うろ覚えだが、確かそんなような内容の伝承だったはずだ。

 「成る程な・・・サテラの占いは見事に当たっていたわけだ。」

 邪神が遥と繋がっていて、しかも強い憎悪を向けている・・・今、遥は全てを理解した。
 天照に敗れたセラが、その子孫である遥と運命的な繋がりを持っていて、しかも強い憎しみの心を抱いていたとしても不思議ではない。

 『わらわがこの番組に乱入した目的は、ある人物に手っ取り早く呼びかけを行う為だ。この広大な世界の中でまともに探すのは困難であるが故に、このような全国ネットの生中継への乱入という形を取らせてもらった。』
 『あ、ある人物への呼びかけって・・・そそそそれは一体誰に向けてなのでしょう?』
 『ふふふ、そう緊張せずとも楽にしてよいぞ?司会者の男よ。』

 指一本で大の男数人が吹っ飛ばされたのを見て、誰もがセラに対して怯えてしまっている。
 セラはそんな彼らに興味が無いと言わんばかりに、彼らを無視してカメラに向き直り、そしてはっきりと告げた。

 『天照。豊受。そして雪花。1200年前のあの日の恨み、わらわは今まで1日たりとも忘れた事は無いぞ?これより青城女学院のグラウンドにて待つ。今日の朝10時までに来るがよい。』
 『な・・・青城女学院・・・!?』
 『もし時間までにそなたらが来ないようなら・・・先程わらわが放った魔物たちによって、この街の者たちを皆殺しにする。』
 『な・・・!?』

 セラが右手をかざすと、そこに現れた氷の鏡に、商店街周辺の様子が映し出された。
 無数の魔物たちが街中を威風堂々と歩き回り、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
 驚愕の表情で、遥はその凄惨な光景を見つめていた。

 「これは・・・!!」
 『そして白野小雪と白野玲紀よ。河原広子はわらわの力の供給源として丁重に預かっておる。広子を返して欲しければ、そなたらも雪花と共に青城女学院に来るのだ。よいな?』
 「力の供給源だと!?一体どういう事なんだ!?」
 『わらわからは以上だ・・・そなたらの来訪を心待ちにしておるぞ。ではな。』

 それだけ告げて、セラは凛とした態度でその場を去って行った。
 セラがいなくなった番組は大騒ぎになり、何故かその場に倒れている女性アナウンサーも、虚ろな瞳をしたまま起き上がる事が出来ずにいる。
 どうやら遥が想像していたよりもずっと、事態は深刻な状況へと向かっているようだ。 

 「・・・美羽。悪いがデスペラードをもう一度貸してくれ。」
 「いいえ、遥さん。デスペラードは必要ありませんよ。既に守天党から《剣》を手配済みですから。遥さんにいつでも渡せるように用意してあります。」
 「《剣》を・・・!?葛、お前はこうなる事を最初から予測していたと言うのか!?」
 「セラを封印していたという元オハシラサマ・・・先程セラが語っていた白野雪花さんという方に、私は話を聞かされましたから。」

 そうこうしているうちに、あっという間にヘリコプターが若杉グループの本社に到着した。
 屋上のヘリポートに着陸したヘリコプターから、遥と美羽が慌てて飛び降りる。
 その遥に向かって、出迎えに来ていた渚が慌てて抱き着いてきた。

 「ちょ、おま・・・」
 「姉さん、良かった、無事だったのね!?」
 「・・・お前こそ無事で何よりだ。渚。」

 およそ1週間ぶりの渚との再会だが、今は再会を喜んでいられる場合ではない。
 氷の女神セラをどうにかする為に、早く青城女学院へと向かわなければならないのだ。

 「・・・葛。アクリアダガーは使えるか?」
 「既に用意をさせています。ですがその前に色々と準備が必要でしょう。」

 葛の言葉と同時に若杉の使用人の女性たちが、遥と美羽の着替えを持参して姿を現した。
 遥の服は警備会社ファルソックの制服、そして美羽の服は相馬党の戦闘服だ。
 恐らくセラとの戦いは壮絶な物になるはずだ。だから現在遥と美羽が来ているリクルートスーツなどではなく、使い慣れた戦闘仕様の服装に着替えるべきだと、葛はそう判断して梢子に手配をさせたのだ。 
 セラが相手では付け焼き刃かもしれないが、どちらの服も防刃仕様となっている。戦いに対しての対策は少しでもしておくに越した事は無い。

 2人が着替えている間に、葛と梢子は若杉の幹部たちが終結する会議室に向かう。
 いきなりニュース番組に乱入してきたセラに対して、驚きを隠せずにざわめく幹部たちだったが、それでもセラの一連の行動は、全て葛や梢子の想定の範囲内だった。
 雪花からセラに関する話を聞かされていた葛と梢子は先手を打ち、既にセラが動くよりも先に千羽党や渡辺党、相馬党の鬼切りたちを各地に配備。さらに沖縄からはるばる《剣》を届けにやってきたコハクと汀、そして卯良島の根方にまで協力を仰ぎ、万全の迎撃体勢を敷いているのだ。
 まさに1200年前、セラの日本侵略の企みを事前に察知した天照が、これまた事前に迎撃準備を整えていたのと同じように。

 「待たせたな、葛。梢子。だが、まさかフェザービットまで用意してくるとは思わなかったぞ。」

 着替えを済ませて姿を現した遥のベルトには、鞘に収められたアポロンと拳銃だけではなく・・・まるで鳥の羽根のような形をした8本の短刀も装備されていた。
 ファルソックが開発した新兵器で、空中を舞いながら相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃が可能な短刀だ。
 刃はついていないが柚明の聖なる力が込められており、魔物や式神に対して圧倒的な威力を発揮し、さらに取っ手もついているので直接手に取って打撃武器として使う事も出来る。
 ビットの制御はベルトに搭載されたCPUが、ハイパーセンサーで遥の思考を読み取って自動で行うので、遥がビットの制御に気を削がれる心配も無い。

 ただし現時点では実験段階の試作品であり、セラとの戦いでは「ぶっつけ本番」・・・さらに遥や雨音のような高度な空間認識能力の持ち主でなければまともに使いこなせず、また生産コストがかかり過ぎるので、大量生産が出来ないという弱点もあるのだが。

 「ファルソックの開発部から試作品が完成したとの報告を受けましたので、遥様の役に立つかもしれないと思い、こちらの方で手配をさせて頂きました。」
 「そうか。ぶっつけ本番だが、それでも無いよりはマシだろう。」

 若杉の幹部たちが目の前にいるからなのか、梢子は遥に対して友人としてではなく、葛の秘書としての公人としての立場で応対していた。
 その梢子の振る舞いに一瞬戸惑った遥だったが、それでも今はそんな事を気にしていられる状況ではない。
 会議室の巨大モニターに、青城市全域の地図が映し出される。
 梢子は地図に記された青城女学院を教鞭で指し、幹部や遥たちに現状の報告をする。

 「既に遥様と美羽様がご覧になられたニュース番組の通り、現在氷の女神セラは人質と思われる河原広子という少女と共に、青城女学院のグラウンドに向かっている物と思われます。そこで遥様と美羽様にはアクリアダガーで上空から青城女学院に向かって頂き、コハク様や汀様と連携し、少女の救助とセラの討伐を行って頂きます。」
 「それはいいんだが、烏月と美咲はどうなっている?あいつらが新婚旅行から戻ってくるのは、確か今日だったはずだよな?」
 「はい。遥様の仰る通り、予定ではアラスカから千歳経由で成田へと向かう事になっています。先程、烏月様から千歳空港に着いたとの連絡があり、成田への便に乗り変えてこちらへ向かう所だとの事です。成田への到着予定時刻は午前10時頃になるのではないかと。」
 「そうか・・・私と美羽の救援に間に合うかどうか微妙だな。」

 正直2人がいないのは痛いが、それでもいない者をああだこうだ言っても仕方が無い。
 今は2人が戻ってくるまでの間、現有戦力でセラを何とかするしかないのだ。
 そして鬼切り部たちが今、セラが召喚した魔物たちを相手に必死に奮闘している最中だ。
 それに青城女学院の警備担当となっている、百子たちの安否も気になる。

 「そして遥様には氷の女神セラとの戦いに赴いて頂くにあたり、守天党から預かった《剣》をお貸し致します。」

 梢子の言葉と同時に屈強な身体の男性が、大きな金庫を台車に乗せて運んできた。
 金庫を解錠して扉を開けると、中に入っていたのは護符を何枚も貼られて厳重な封印が施されている《剣》。
 厳重な結界が張られても尚、《剣》からは禍々しい瘴気が僅かに漏れ出している。その影響を受けた幹部の何人かが、吐き気やめまいを訴えていた。
 葛と梢子には《剣》を使う資格が多少はあるので、その瘴気の影響を全く受けていないようだ。
 男からそれを受け取った梢子は、遥にそれを差し出す。

 「さあ、遥様。どうぞお受け取り下さい。」
 「・・・まさか私が、またこいつを使う事になるとはな。」

 決意に満ちた瞳で、遥は梢子から《剣》を受け取った。
 その瞬間、《剣》から凄まじい白銀の光が放たれ、《剣》に張られた大量の護符が圧倒的な聖なる力によって吹き飛ばされる。 
 遥の『神の血』の力で、《剣》は呪物から神器へと変造されたのだ。
 そして遥の手元にある《剣》「だった物」を見て、幹部たちの誰もが驚きの声を上げる。

 《剣》と呼ぶにはあまりにも美しく、
 《剣》と呼ぶにはあまりにも神々しく、
 《剣》と呼ぶにはあまりにも可憐で、
 《剣》と呼ぶにはあまりにも優しくて母性に満ち溢れた、
 そんな白銀の輝きを放つ一振りの長剣が、遥の手元にあったのだ。
 それは《剣》とは似ても似つかない、それでも確かに先程までは《剣》として存在していた物。
 そして《剣》の瘴気で吐き気やめまいを訴えていた幹部たちも、放たれた聖なる光を浴びた事で随分と楽になったようだ。

 「先祖から連なる氷の女神セラの怨念は、私がこの剣で断ち切ってやるさ。この神剣《ファルシオン》でな。」
 「遥さん・・・本当に申し訳ないです・・・鬼切り部ではない遥さんを、また戦いに巻き込む事になってしまって・・・」

 とても申し訳なさそうな表情で、葛が遥に対して謝罪をした。
 昔、千羽党の党首によって、理不尽な理由で渚と共に殺されかけた遥・・・その遥を再び戦いに巻き込み、鬼切り部でも無いのにセラとの戦いに向かわせる事になったという現状に、葛は自責の念を抱いているのだ。
 遥はそんな葛の心情を理解し、穏やかな笑顔で葛の髪を撫で撫でする。

 「気にするな。今は鬼切り部もファルソックも関係ない。皆の力を結集して戦い、皆の手で平和を勝ち取らなければならないんだからな。」
 「遥さん・・・」
 「アクリアダガーで青城女学院へと向かう。」

 そう・・・今は過去の因縁をああだこうだ言っている場合ではない。
 セラという強大な敵を相手に、皆が力を合わせて立ち向かわなければならないのだ。
 今ここで若杉や千羽党を恨むのは簡単だが、それで全てが解決するわけではないし、そもそも遥も渚も若杉から正式な謝罪と賠償を受けている。
 遥にしてみれば、もう全て済んだ事・・・今はそんな事よりも、今この現状を何とかする事の方が大事なのだ。 
 その遥の想いを悟った葛は決意を秘めた瞳で、遥を屋上へと案内した。
 そして。

 「姉さん、死なないで・・・必ず生きて私の元に帰ってきて。」
 「当たり前だ。私は必ずお前の下に帰って来るさ。」

 ヘリコプターが着陸した屋上で、見つめ合う遥と渚。
 千羽党の術者によって召喚された一体の巨大な極楽鳥が、出撃の時を待ち続けている。
 美咲のアクリアを元にして千羽党が創り出した、アクリアの量産型・・・アクリアダガーだ。
 アクリア程の高い戦闘能力や隠密能力は無いが、それでも飛行能力だけならアクリアに匹敵する性能を持っている。
 ヘリコプターよりも機動性があって小回りが利くし、多少の戦闘もこなせる・・・これなら現状において青城女学院へと向かうのに、確かに適していると言えるだろう。

 「遥。美羽。出撃の用意が整ったわよ。」
 「よし、それじゃあ行って来・・・あ、そうだ。」

 梢子に呼ばれて、美羽と共にアクリアダガーの背中に乗ろうとした遥だったが・・・そこで急に思い出したように渚に向き直り・・・

 「・・・っ!?」

 そっ・・・と、渚を抱き寄せて唇を重ねた。
 いきなりの出来事に驚きを隠せない渚に、遥はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 「女神のキスを貰った。勝ったも同然。」
 「・・・も、もう・・・姉さんったら・・・」
 「じゃあ、行ってくる。」

 決意に満ちた表情で、遥は美羽と共にアクリアダガーの背中に乗り・・・そしてアクリアダガーが青城女学院に向けて飛翔する。
 その様子を渚が、とても心配そうな表情で見つめていたのだった。