※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

シロイユキ・第3話

「動き出した運命」(小雪視点・後半)


3.急転


 「くそっ・・・くそっ・・・くそおっ!!本当に一体どうなっておるのだ!?この世界はぁっ!?」

 薄暗い路地の物陰に身を潜め、セラは歯軋りしながらそう吐き捨てた。
 先程から警察が物凄い勢いで、何度も騒ぎを起こしたセラを探し回っている。
 その警察を相手に何も出来ず、逃げる事しか出来ない程までに雪花に力を削られた事を、セラはとても疎ましく思っていた。

 槐の木による封印術から脱出に成功して以来、セラは失われた力を取り戻す為に、何度もこの街に住む少女たちを襲おうとした。
 汚れを知らない純真な処女に秘められた力は、余計な物が混じっていないだけに凄く美味で躍動感に溢れており、失われた力を取り戻すのに一番効率がいいからだ。
 だからこそセラは雪花に封じられる以前、男だけでなくたまに少女までも誘惑し、自分の元に連れ込んで一夜限りの愛を交わし、力を分けて貰う代わりに相応の報酬を与えていたのだ。

 それ故にセラは、昔と比べてすっかり変わってしまった今の世の中に戸惑いながらも、何度も何度も少女たちを誘惑して愛を交わそうとしたのだが、中々セラの思うようにいかなかった。
 昔は少女たちを自分の屋敷に何人か連れ出そうが、そんなに騒ぎになるような事は無かった。
 ところが今はちょっと少女たちに

 『おい、そこの娘。今からわらわを抱け。』

 と声を掛けただけで変質者だと騒がれてしまい、警察がセラを公然わいせつの現行犯で捕まえようとする始末だ。
 それだけではない。昔は自分を神と崇める村人たちから食料を定期的に貢がれていたというのに、今ではちょっとコンビニで弁当を拝借しただけで万引きだとかで警察に通報され、窃盗の現行犯で逮捕するとか言われてしまう。満足に食料を調達する事さえままならないのだ。
 仕方が無いのでそこら辺を飛んでいる雀を氷のアーゼで撃ち殺し、焼いて食べようともした。
 ところがそれを目撃した住民たちが、今度は動物虐待だとかで騒ぎを起こし、またしても警察に動物愛護法違反だとかで追い掛け回されてしまったのだ。

 1200年前には存在しなかった警察という組織は、本当に厄介だ。
 ちょっと騒ぎを起こしただけで即座に駆けつけ、まさに執念と言ってもいい程の執拗さと、見事に統率された一糸乱れぬ連携で自分を追い詰めてくる。
 ここまでは、まさに雪花の計算通りの状況・・・力を失ったセラは多数の警察官を相手に何も出来ない。今は何とか無事に逃げ続ける事が出来ているが、このままではいずれ捕まるのは時間も問題だろう。

 「おのれ・・・おのれ・・・!!このわらわが・・・神であるわらわが、たかが人間ごときを相手に逃げるしかないなどと・・・!!」

 路地裏の外では今でも多数の警察官がトランシーバーで連絡を取り合いながら、執拗に自分を探し回っている。
 当然だろう。公然わいせつ、動物虐待、窃盗・・・たった1日でこれだけの罪を重ねたセラを、むざむざと警察が放っておいてくれるはずが無いのだ。
 そんな彼らから逃げるしか手が無い今の状況は、まさにセラにとっては屈辱でしか無い。
 だが、その時だ。

 「おのれ雪花め・・・最初からこうなる事を予測していたとでも・・・っ!?」
 「あーーーーっ!!本当にムカツクわ!!あの女ぁっ!!」

 そこへ広子が雪花への憤りを顕わにしながら、足元の空き缶を思い切り蹴飛ばした。 
 乾いた音を立てて、空き缶がセラの隣に転がり落ちる。
 何事かと思ってセラが振り向くと、そこにいたのは強い嫉妬と憎悪を丸出しにした少女の姿。
 そんな広子の嫉妬と憎悪に、セラは思わず強い興味を引かれた。

 これまでに何人もの少女たちを誘惑しようとして失敗したセラだったが、ここまで負の感情を爆発させている者を見たのは初めてなのだ。
 いや・・・それどころか1200年前に雪花に封じられる以前に愛を交わした、数多くの少女たちの中にさえも、広子のような憎悪の塊は存在しなかった。
 それがセラの興味を、さらに強く引く事になる。

 「あいつのせいでユキは・・・!!ユキと一番仲がいいのは、幼馴染の私なのに!!」
 「ほう・・・面白いな。そなたの話、わらわが聞いてやらんでもないぞ?」
 「うわあっ!?」

 いきなり物陰から姿を現したセラに、広子は戸惑いを隠せない。
 セラは妖艶な笑みを浮かべながら、自分には敵意が無いという意思表示として両手を広げた。

 「だ、誰!?あああ貴方一体・・・!?」
 「そなたは誰かを恨んでおるようだな。わらわの願いを聞き入れてくれるのであれば、そなたの望みを叶えてやっても良いぞ?」
 「い、いきなり何言い出すんですか!?わ、私は・・・!?」
 「わらわはそなたの望みを叶えてやると言っておるのだ。誰を消し去りたいのだ?誰を殺したいのだ?それともそなたの大切な誰かを、自らの下に取り戻したいのか?」
 「・・・そ、それは・・・」

 セラの言っている事がドンピシャで的中し、広子は戸惑いを隠せない。
 広子は自分から小雪を奪った憎き雪花を消し去りたいと思っていて、小雪を自分の下に取り戻したいと願っているのだ。
 その広子の戸惑いを見透かしたセラは、さらに言葉巧みに広子を誘惑にかかる。

 「わらわの前で隠し事をしても無駄じゃ。そなたのその嫉妬と憎悪の感情・・・一体誰に向けられておる物なのかのう?」
 「・・・・・。」
 「わらわの願いを叶えてくれれば、そなたの憎き者をわらわがこの手で消し去ってやろう。何、無茶な事を要求するつもりは無いし、そなたに危険が及ばぬような代物でも無い。まあしばらくの間、そなたは疲れて動けなくなるであろうが・・・危険といってもその程度よ。」
 「・・・本当に・・・本当に貴方の言う通りにすれば、ユキを取り戻してくれるんですか?」
 「約束しよう。わらわは嘘だけは決して付かぬ主義でな。」

 そう・・・セラは決して嘘は付かない。交わした契約はきちんと守る。
 セラは雪花に封じられる前は、そうやって沢山の少女たちと愛を交わして力を分けて貰い、きちんと相応の見返りを与えてきたのだ。
 これはある意味、セラの女神としてのプライドのような物なのだろう。
 セラはその場しのぎの苦し紛れの嘘を平気で付くような、そんな下衆な女になりたくないのだ。

 「い・・・一体何をすればいいんですか・・・?」
 「ふふふ・・・何、至極簡単な事だ。」

 セラの巧みな誘惑に、広子は思わずセラの話に耳を傾けてしまう。
 これまでセラが誘惑してきた、沢山の少女たちと同じように。
 それを確認したセラの妖艶な笑みがさらに深まり・・・そして・・・

 「・・・わらわを抱け。そしてわらわに力を与えよ。」
 「え・・・?」

 むぎゅっ。
 呆気に取られる広子をセラは抱き締め、そして問答無用で唇を重ねた。
 その瞬間、広子の口の中に冷たい何かが流れ込み、それが全身を駆け巡る。

 「・・・んん・・・っ・・・!?」

 そして、全身から急激に力が奪われていく感覚。
 いや、力だけではない。心までもがセラに奪われていくかのようだ。
 身体に力が入らない。もう何もかもが、どうでもよくなってくる。
 強い脱力感を感じながら、広子は抵抗出来ずにセラに身を委ねていく。

 「・・・ん・・・おお・・・これは・・・!?」

 だがその時、広子から唇を離したセラが、突然驚きの表情になった。
 セラの身体に力がみなぎってくる。失われた力が急激にセラの中に蘇っていく。
 広子から、ほんの少しだけ力を分けて貰っただけだというのに・・・それなのにここまで力がみなぎるとは。
 それだけではない。広子から吸い取った力は、何という美味なのか。
 このような上質の力を口にしてしまったのであれば、もう他の娘と愛を交わす事など出来なくなってしまったではないか。

 「娘・・・そなたは一体何者なのだ・・・!?ここまでわらわの力を回復させるとは・・・!!」
 「・・・・・。」
 「これは何という僥倖(ぎょうこう)!!まさかこのような場所で、わらわと最高に相性の良い娘と巡り会えようとは!!」
 「・・・・・。」
 「これは運命だ!!そなたとわらわの出会いは天命!!わらわがこの世界の覇者となる事を天が望んでいるのだ!!フハハハハハハ!!」
 「・・・・・。」

 そこへ、騒ぎを駆けつけた警察官たちが一斉にセラの元に現れた。
 広子がセラに襲われている物だと思い込み・・・というか、ある意味そうなのだが・・・セラから広子を守る為に突撃して来る。
 だが・・・

 「指名手配犯発見!!これより身柄を拘束・・・っ!?」
 「失せろ!!ゴミクズが!!」
 「う・・・うわあああああああああああっ!?」

 凄まじい冷気の奔流が警察官たちに襲い掛かり・・・全員あっけなく壁に叩き付けられてしまった。
 受け身も取れずにうずくまり、激痛と寒さで苦しそうに呻き声を上げる。
 そんな警察官たちに興味を無くしたと言わんばかりに、セラはとても愛しそうに広子を抱き寄せ、優しく髪を撫でてあげた。
 広子は抵抗するそぶりも見せず、虚ろな瞳でされるがままになっている。

 「ふむ・・・ところでそなた、名は何と言うのだ?」
 「・・・広子・・・河原広子・・・」
 「広子よ。そなたとわらわの出会いは天命・・・そなたは身も心もわらわの物になる運命をもって生まれたのだ。分かるか?」
 「・・・はい・・・。」
 「さしあたって、そなたの願いを約束通り叶えてやる。そなたは誰を殺したいのだ?そなたが憎む者の名を言ってみよ。」
 「・・・雪花・・・白野雪花・・・」
 「・・・っ!?」

 全く予想しなかった人物の名前に、セラは驚きを隠せなかった。
 何という事なのか。これはもう何もかもが運命だとしか言いようが無い。
 やはり自分と広子の出会いは天命だったのだと・・・セラは今まさにそれを確信した。

 「・・・何と・・・!?そなたは雪花と繋がっておったというのか!?」
 「・・・あの女が・・・私からユキを奪った・・・」
 「ふふふ、そうかそうか。安心しろ広子よ。そなたの願いはわらわが叶えてやる。実はわらわもあの娘には恨みがあってのう。この手で殺してやりたくて仕方が無いと思っておった所なのだ。」
 「・・・・・。」
 「だがしかし、まさか利害関係まで一致しておったとはのう・・・やはりわらわとそなたの出会いは、何から何まで天命だったのだ。」
 「・・・・・。」
 「広子よ。わらわと共に来い。そなたにはこれからもずっとわらわの傍で、わらわの為に働いて貰うぞ?よいな?」
 「・・・光栄至極に存じます・・・」
 「ふふふ・・・そなたは雪花と違い、本当に素直でいい娘だのう。広子よ・・・」

 とても愛しそうな瞳で広子を見つめながら、セラは広子と再び唇を重ねたのだった・・・。

4.動き出した運命


 翌日の朝・・・広子が行方不明になった事で、河原家と青城女学院は大騒ぎになっていた。
 昨日学校に出かけたのを最後に家に戻らず、携帯電話に電話をしても繋がらないのだ。
 それだけではなく昨日の夜に騒ぎを聞きつけた近所の住民が、青城警察の警察官数人が路地裏で、全身に酷い打撲と凍傷を負って倒れていた所を発見し、こちらも大騒ぎになっていた。
 すぐに救急車で病院に運ばれ、命に別状は無いものの、回復するのにしばらく時間がかかるとの事だった。
 早期発見が功を奏したから良かったものの、あと数時間発見が遅ければ、この警察官たちは凍死していたかもしれなかったらしい。

 広子の父親から失踪届を受理された警察は捜索に赴くものの、中々手がかりが見つからない。
 警察官の凍傷事件の件もあって、青城市は今、不穏な空気に包まれていた。
 中には広子が氷の化け物にさらわれたのかもしれないとか、そんな噂話まで出る始末だ。

 青城女学院も授業は行っているものの、念の為に生徒の安全を考慮して当面の間は部活動を中止。授業が終わった時点で寄り道せずに帰宅するよう、先生を通じて生徒たちに呼びかけがあった。
 アルバイトをしている者も、もし可能ならば当面は自粛してほしいとの事だったが、これには人手不足に悩む数件の店舗が難色を示しており、また一部の生徒たちからも反発があり、ちょっとした騒ぎになってしまっていた。
 そして生徒の下校の際は、なるべく車で出迎えに来て欲しいという通達が、学校側から保護者たちに連絡が入ったのだが・・・

 「迎えに来ましたよ。小雪。」
 「あ、雪花お姉ちゃん。」

 玲紀はどうしても仕事を途中で抜け出せないとの事だったので、こうして雪花が小雪を送り迎えにやって来た。
 とても穏やかな笑顔で、雪花は小雪と手を繋ぐ。
 途中でスーパーまで買い物に寄ってきたのだろう。雪花の左手には食材がぎっしりと詰められたレジ袋がある。

 「雪花お姉ちゃん、重くない?大丈夫?」
 「ええ、大丈夫ですよ。小雪が私に与えてくれた力のお陰で、今の私の身体は力がみなぎってますから。」
 「なら、いいんだけど・・・辛かったら遠慮なく私に言ってね?」
 「その気持ちだけで充分ですよ。小雪。」

 互いの手の温もりを感じ合いながら、小雪と雪花は自宅へと歩き出す。
 今日は何があったんですかとか、今日はちょっと寒かったねとか、今日の晩御飯はスープスパゲティですよとか、そんな他愛の無い話をしながら。
 どこにでもありそうな、穏やかな姉妹の一時のように見えたのだが・・・

 「・・・ねえ、雪花お姉ちゃん。広子の事なんだけど・・・」

 やはり大切な親友で幼馴染である広子が失踪した事について、小雪はどうしても気になって仕方が無いようだ。
 昨日の夜に青城警察の数人の警察官が、全身に原因不明の凍傷を受けて重傷を負っていたというニュースが、今日の朝にテレビのニュースで報道されていた。
 昨日の夜と言えば、広子と連絡が取れなくなった時期と丁度重なるのだ。

 「もしかして広子・・・セラさんに連れて行かれたんじゃ・・・」
 「・・・そうですね。凍傷を負った警察官・・・そして行方不明になった広子さん・・・繋がっている可能性は充分にありますね。」
 「私が雪花お姉ちゃんに力を分け与えて力を取り戻させたのと同じように、もしセラさんが広子の力を吸い取って、力を取り戻した・・・なんて事になってたら・・・」
 「たかが1人や2人から力を分けて貰った位では、今すぐに人間たちの脅威になるような事にはならないでしょう。」
 「うん・・・」
 「ですが・・・私にとって小雪との相性が最高に良かったのと同じように、もし広子さんとお母様との相性が良かったりしたら・・・」
 「・・・・・。」

 雪花の術で小雪の力の気配を消しているので、少なくとも小雪がビンポイントでセラに狙われるという事は無いはずだ。
 だが、もし警察官に凍傷を負わせたのがセラだったとしたら・・・セラはこの数日間だけで、そこまで力を取り戻している事になるのだ。決して油断は出来ない。

 「まさかお母様・・・私にとっての小雪と同じように、『当たり』を引いたというのですか・・・?そしてその『当たり』が広子さんだったと・・・?」
 「雪花お姉ちゃん・・・この事を葛さんと梢子さんに伝えておいたほうがいいよね?」
 「・・・不本意ですが、それが良策でしょう。お願い出来ますか?小雪。」
 「うん。」

 雪花としては、遥と渚を理不尽な理由で殺そうとした鬼切り部の力など、死んでも借りたくなどなかったのだが・・・それでも葛が言っていたように、もう雪花の個人的感情だけで済ませられる問題では無くなっているのだ。
 伝えられる情報は、どんなに小さな事でも伝えておいた方がいい。
 小雪は生徒手帳の中にしまっておいた梢子の名刺を取り出し、そこに書かれている携帯電話の番号に電話を掛けた。
 プルルルル・・・プルルルル・・・ガチャッ。

 『はい、小山内です。』
 「あの、梢子さん。昨日お会いした白野小雪という者なんですけど・・・」
 『・・・ああ、白野さん・・・』
 「あ、小雪でいいです。今、時間は大丈夫ですか?ちょっとセラさんの事について知らせたい事があって・・・下らない情報かもしれないですけど・・・」
 『下らない情報でも助かるわ。それでどうしたの?小雪。』

 一呼吸置いてから、小雪は梢子に広子とセラの事を伝えた。
 広子が昨日から行方不明になっている事と、それと同時期に数人の警察官が原因不明の凍傷で病院に運ばれたという事、そしてセラが広子に力を分けて貰った可能性が高く、しかも広子がセラにとっての『当たり』なのかもしれないという事。
 確定情報ではなく、あくまでも1つの可能性に過ぎないのだが・・・それでも念の為に伝えておいた方がいいだろう。

 『・・・成る程ね。やっぱりその可能性が高かったか・・・。』
 「あの、高かったって・・・梢子さんも気付いていらっしゃったんですか?」
 『今日の朝にね、凍傷を受けた警察官の面会許可が病院から下りたから、もしかしたらセラの仕業かもしれないと思って事情を聞きに行ったの。そしたら警察官が確かに目撃したらしいのよ。青城女学院の制服を着た少女に抱きついている、指名手配中の女の姿をね。』
 「青城女学院の制服を着たって・・・それってやっぱり・・・」
 『ええ、そして河原さんの失踪事件・・・私も可能性として想定はしていたけど、小雪の話を聞いてそれが確信に変わったわ。』

 さすがは梢子と言うべきだろうか。小雪と雪花が考えていた事など、とっくの昔に可能性として頭に入れていたのだ。しかもその後の対応が迅速だ。
 電話の向こう側からは遥と美羽はいつになったらイタリアから帰国するんだとか、烏月と美咲の新婚旅行はいつ終わるんだとか、《剣》の手配はどうなっているとか・・・色々と騒々しい声や怒声が聞こえてくる。

 「・・・あ、あの・・・なんか無茶苦茶忙しい時に電話しちゃったみたいで・・・すいません・・・」
 『別に気にしなくてもいいわよ。本当に手が離せない時には留守電にしてるから。それにセラに関する情報を貰えただけでも凄く嬉しいわ。』
 「そ、その情報も、なんか役に立たなかったっぽいですし・・・」
 『そんな事は無いわよ。河原さんがセラにとっての『当たり』かもしれないという事は、私も上層部も考えていなかった事だから。』
 「は、はぁ・・・」 
 『とても貴重な情報をありがとう。すぐに会議で報告させて貰うわ。それじゃあ切るわね。』

 通話を切って、小雪は携帯電話を鞄の中にしまった。
 鬼切り部も既にセラ討伐に向けて、色々と動きを見せているようだ。
 昨日までは、平和な日々を過ごしていたというのに・・・その平和が少しずつ足元から崩れ落ちているような気がする。

 「・・・小雪。貴方も玲紀も、私が必ず守りますから。」
 「雪花お姉ちゃん・・・」
 「それに、今は鬼切り部の活躍を信じましょう。私としては鬼切り部の力を借りるのは不本意なんですけどね。」
 「・・・うん・・・」
 「非常~~~~~に不愉快なんですけど、鬼切り部は一応優秀ですから。」

 正直言って不安で仕方が無いが、それでも今は雪花の言う通り、鬼切り部を信じる以外に道は無い。
 鬼切り部がセラを倒し、広子を救出してくれる事を。
 祈るような気持ちで、小雪は雪花の手をぎゅっと強く握り締めたのだった。

5.復活の王


 その日の夜の、とあるホテルの一室・・・ベッドの上で虚ろな瞳をした広子が、布団に包まれながら全裸で横になっており、ソファに腰を下ろしたセラが、これまた全裸で興味深そうにテレビの野球中継を見つめていた。
 どうやらセラと広子は先程まで、「そういう行為」をしていたらしい。

 1200年前は存在しなかったが故に、セラは野球のルールを全く知らないのだが、こうやって球を投げたり打ったり捕ったりしている所を見ているだけでも中々に面白い。
 試合は9回裏、抑えのエースを攻め立てて2死満塁・・・一打出れば逆転サヨナラ勝ちという最高に燃える場面だった。
 投手が真剣な表情で息を切らしており、打者が監督に何やら耳打ちをされている。
 満員御礼の客席から凄まじい声援が送られ、ドーム球場は異様な空気に包まれていた。

 「・・・しかし、わらわが雪花に封じられていた1200年もの間に、人間たちがここまで文明を発展させてきたとはのう。この『てれび』とやらも『やきゅう』とやらも、中々に興味深い代物よ。」
 「・・・・・。」
 「眠たそうだな、広子よ。そなたの力があまりに美味であったが故に、必要以上に吸い過ぎてしまったようだ。済まぬな。」
 「・・・・・。」
 「だが、そなたのお陰でわらわは相当な力を取り戻す事が出来た・・・そなたとわらわは何から何まで相性が良い・・・やはり我々の出会いは天命だったのだ。」
 「・・・・・。」
 「わらわに気を遣う必要は無い。眠りたければゆっくりと眠るがよい。」
 「・・・はい・・・セラ様・・・先に休ませて・・・頂きます・・・」
 「うむ。」
 「・・・すー・・・すー・・・すー・・・」

 セラに力を吸い取られて沢山愛されて、余程疲れていたのだろう。
 規則正しい寝息を立てながら、広子はすぐに深い眠りへと落ちていった。
 それを見届けたセラが、再びテレビの野球中継へと視線を戻したのだが・・・

 『大変申し訳ありません。放送時間が残り1分を切ってしまいました。試合終了まで放送出来るか微妙な状況ではありますが、まもなく中継を打ち切らせて頂きます。』
 「何と、まだ試合が終わっておらぬではないか。それなのに中継を打ち切るだと?何故このような中途半端な真似をするのだ。つまらぬな。」

 少し不機嫌そうな表情で、セラはリモコンでテレビの電源を切った。 
 最近は野球中継の視聴率が低下しており、テレビ局も昔と違って放送時間の延長をしにくい状況にあるのだが、勿論そんなテレビ局の事情などセラが知るはずがない。
 溜め息をついて、セラは冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。
 この『こーひー』という飲み物も1200年前は存在しなかった代物なのだが、中々に味わい深くて美味しい飲み物だ。
 缶のキャップの開け方も、広子に教えて貰いながら随分と四苦八苦した物なのだが、まあそれもセラにしてみれば余興の1つに過ぎない。
 一口飲んでから、セラは深く溜め息をついて・・・

 「・・・で、そなたはそこでわらわの事を、何をジロジロと見ておるのだ?」

 鋭い眼光で、誰もいない窓をじっ・・・と睨み付けた。
 その瞬間、セラの目の前の空間に漆黒の霞のような物が集まってくる。
 普通では考えられない異常事態。だがセラはソファにどっかりと腰を下ろしながら、その様子を威風堂々と眺めており、広子はそんな事に気付きもせずに深い眠りに落ちたままだ。

 (ククク・・・俺の存在を突き止めるとは、中々やるじゃねえか。さすがは女神様といった所か?)
 「フン、死者の亡霊か。成仏出来ずにこの現世を彷徨っておるのか。」
 (おうよ。この世に未練がありまくりでなぁ。どうしてもこの手で復讐したい奴がいるんだが、見ての通り今の俺は亡霊だからなぁ。)
 「死した亡霊であるが故に、今のそなたは現世に介入出来ぬ存在だからな。」
 (それだけじゃねえ。この辺りは鬼切り部の監視の目が厳しくてなぁ。迂闊に見つかろうものなら問答無用で成仏させられちまうから、ろくに散歩する事も出来やしねえ。)
 「それで広子から力を奪いたいと申すのか?言っておくが広子は身も心も既にわらわの物だ。そなたのような薄汚い亡霊如きにくれてやるわけにはいかぬな。」

 漆黒の魂の周囲を、無数の氷のアーゼが取り囲む。
 少しでも余計な真似をすれば、殺す・・・そのプレッシャーを漆黒の魂は敏感に感じ取っていた。
 だがそのプレッシャーさえも、漆黒の魂は心の底から楽しんでいるようだ。
 ククク・・・と、薄気味悪い笑い声をセラに飛ばす。

 (そうカッカしなさんな。あんな小娘の力なんぞに興味はねえよ。お前にとっては『当たり』かもしれねえが、俺にとってはただの普通の小娘だからな。)
 「確かに、広子はその身に『贄の血』も『神の血』も宿しておらぬからな。」
 (ていうか、お前さ・・・服くらい着たらどうなんだ?目のやり場に困っちまうんだがな。)
 「ふふふ・・・今のわらわは気分が良いのだ。わらわの裸体を拝めた事を光栄に思うがよい。」
 (お前のような賞味期限が切れた年増の裸になんざ興味はねえなぁ。俺が今日ここまでやってきたのは、お前に協力したいと思ったからなんだよ。)

 無数の氷のアーゼに取り囲まれながらも、全く意に介さぬ図抜けたその態度。
 セラは理屈抜きで、この漆黒の魂に感心したようだ。
 恐らく生前は相当な武人か・・・あるいは名の知れた人物だったに違いない。

 「ほう・・・わらわの雪花と天照への復讐に協力したいと申すか?」
 (おうよ。雪花とやらはどうでもいいが、天照の奴には俺も恨みがあってなぁ。)
 「で、そなたはわらわに何を望むのだ?何をもってわらわに協力してくれると言うのだ?」

 協力を申し出るからには、何らかの見返りは与えてやる必要があるだろう。
 と言っても、この漆黒の魂が自分の役に立つというのなら・・・の話だが。
 それにセラは純粋に、この漆黒の魂が何を望むのか興味があった。
 漆黒の魂が威風堂々と、セラに要求した物・・・それは・・・

 (俺をお前の式神にでもして、仮のでも何でもいいから肉体を与えてくれや。そうすれば俺もこの世界で戦う事が出来るからよ。)
 「新たなる肉体・・・新たなる生・・・それがそなたの望みと申すか。」
 (言っただろ?俺にはどうしてもこの手で復讐したい奴がいるってなぁ。それにお前は天照が憎いんだろ?だったら俺と利害関係が一致してらぁ。)
 「ククク・・・そなた、本当に面白い奴よのう。」
 (少なくとも俺なら、戦闘に関してはお前の足手まといにはならねえと思うぜ。)
 「よかろう。望み通り、そなたをわらわの式神にしてくれようぞ。」

 セラは大掛かりな詠唱をしながら、自らの力を漆黒の魂に集め・・・漆黒の魂が徐々に人の姿へと変貌していった。
 やがて漆黒の魂から一筋の暗黒の光がほとばしり・・・そこに立っていたのは1人の白髪の男。
 死した亡霊を式神にして、新たな命を与える・・・およそ人間の力では到底不可能な代物だ。
 広子の力を吸う事によって、セラはそこまで力を取り戻してしまったのだ。
 セラの力で式神となって、この現世に蘇った男の正体・・・それは・・・

 「・・・ククク・・・この身体、気に入ったぜ!!実になじむ!!なじむぞ!!」
 「ほう、一目見ただけで分かるぞ。そなた、中々の武人のようだな。名を聞いておこうか。」
 「我が名は夷(えびす)の王、馬瓏琉!!お前にとって忘れられない名前になるぜ!!」
 「馬瓏琉か。猛々しさに満ち溢れた、中々に良い名前だ。」

 6年前に遥に敗れ、その命を散らした馬瓏琉だった。
 右手に龍戟を召喚し、自分を取り囲んでいる無数の氷のアーゼを一瞬で叩き斬る。
 その太刀筋の威力も鋭さも、昔の馬瓏琉よりもさらにパワーアップしていた。

 「ハァーーーーーッハッハッハッハ!!ハァーーーーーーーーッハッハッハッハッハ!!」
 「ほう・・・そなた、中々やりおるのう。」
 「言ったはずだぜ!!俺は戦闘に関してはお前の足手まといにはならねえってなぁ!!」
 「その力、見事わらわの為に役立ててみせよ。」

 遥によって浄化された為なのか、邪眼だけは再生出来ずに普通の目になってしまっていたのだが、それでも今の馬瓏琉にはもう必要の無い代物だった。
 強力無比な代物だが、同時に自身の身体をも蝕む呪われた瞳・・・この邪眼のせいで常に眼帯を付けていなければならなくなってしまい、馬瓏琉も生前はとても不便に感じていたからだ。
 むしろ邪眼が普通の目になったお陰で眼帯を付ける必要が無くなり、馬瓏琉の視野がより広まったと言える。

 「6年前のあの経観塚での屈辱、俺は1日たりとも忘れた事はねぇ・・・!!お前はこの俺が必ずこの手で殺してやるよ!!星崎遥ぁっ!!」

 広子の力を吸う事によって、急激に力を取り戻したセラ。
 そしてセラの秘術によって、仮の命を得て蘇った馬瓏琉。
 舞台の役者が全て出揃い、運命の歯車が今、回り始めたのだった・・・。