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アカイイト外伝・紡がれし心

第1話「悲しき再会」(前半)


1.経観塚への旅路


 『・・・お母さん・・・!!』

 声が聞こえる。

 『お母さん・・・お母さん・・・!!』

 目の前で1人のツインテールの女の子が、涙を流しながら美羽の事を見つめている。

 『お母さん・・・死なないで・・・死んだら嫌だよぉ・・・!!』

 とても悲しそうな表情で、美羽の右手を両手で握り締める少女。
 この少女は一体誰なのだろう。美羽には全く心当たりが無い。
 だが、何故だろう・・・美羽は全く面識の無い目の前の少女に対して、何故か強い安心感と愛おしさを感じていた。

 『お母さん・・・っ・・・!!』

 どうしてこの少女は美羽の事を、そんな風に呼ぶのだろうか。
 美羽には全く心当たりが無い。だがそれでも少女にそう呼ばれても、何故か不思議と全く違和感を感じなかった。
 それどころかむしろ、そう呼ばれて当たり前であるかのような・・・。

 『お母さん・・・!?お母さんっ!?』

 視界がどんどん暗くなっていく。そして自分の身体が天へと昇っていく様な奇妙な感覚。

 『嫌ああああああああああ!!お母さあああああああああああん!!』
 「・・・け・・・い・・・泣かないで・・・桂・・・」
 「みゆみゆ?どしたの?みゆみゆ~?」
 「・・・はっ!?」

 自分の事を『みゆみゆ』と呼ぶ少女の声で、美羽の意識は現実へと引き戻された。
 慌てて振り向くと、1人の女の子が自分の事を心配そうな表情で見つめている。

 「・・・今の夢は・・・一体・・・?」
 「みゆみゆ?もうすぐ経観塚に着くけど大丈夫?随分とうなされてたみたいだけど・・・」
 「あ・・・別に何でも無いわ。心配してくれてありがとう。奈々。」

 美羽は少女に礼を言って、溜め息をついて椅子にもたれかかり、窓の景色を眺めている。
 電車に揺られている内に、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 奈々と呼ばれた少女もまた、美羽の隣の席で窓の景色を見つめている。
 2人の目の前に広がっているのは、夕焼けに包まれた美しい田舎の景色。
 辺り一面に広まっている田んぼ、木々が生い茂る山々。真っ黒に日焼けした子供たちが虫カゴを持って遊んでいる姿も見受けられる。
 これらは美羽と奈々が住んでいる街とは、完全にかけ離れた光景・・・まるで自分たちが別世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 「しっかし、凄い田舎だよね。アタシらが住んでる日下とはえらい違いだわ。」
 「そうね。」
 「ここまで辿り着くのに何本もローカル線を乗り継いだし・・・て言うかアタシ、単線の線路なんて初めて見たんだけど。」
 「そうね。」
 「この経観塚で・・・何だっけ、邪神・・・ええと・・・」
 「クジャ。」
 「・・・を、みゆみゆのお姉さん・・・ええと・・・」
 「雪奈お姉ちゃん。」
 「・・・が、封じてるんだっけ?」

 美羽はクールに無表情で、奈々はとても楽しそうに明るい笑顔で、目の前の美しい景色を見つめている。
 まさに明と暗・・・物静かで大人しい美羽とは対照的で、奈々は底抜けに明るくてハイテンションな少女だ。
 あまりのハイテンションぶりに周囲の客に迷惑が掛かりそうな物なのだが、幸いな事に今この車両には美羽と奈々の2人しか乗っていなかった。だから美羽も奈々を注意する事も無く、じっ・・・と窓の景色を見つめている。
 幾ら田舎のローカル線とはいえ、ここまで乗客がいないのは珍しい物だ。これで廃線にならないで存続出来ているのは奇跡だと、美羽は別の意味で感心していた。

 『お待たせいたしました~、間もなく~経観塚~経観塚です。お降りになります方はお荷物のお忘れ物など無いようご注意下さいませ。間もなく~経観塚~』

 車掌からのアナウンスが流れ、電車が緩やかに減速していく。
 それを身体で感じた美羽は厳しい表情になり、両手に力を込める。
 あの忌まわしい惨劇から、10年・・・経観塚で囚われの身になっている、美羽の大切な人。
 この手で必ず助け出してみせる・・・美羽は相変わらず無表情だが、心の中では闘志を燃やしていた。

 「・・・ようやくこの時が来た・・・私は必ずクジャを倒して、雪奈お姉ちゃんを助け出してみせる・・・!!」

 これは、『アカイイト』のもう1つの物語。
 父親が遺したという屋敷を見に行く為に、因縁の地・経観塚を訪れた少女・・・羽藤桂。
 その翌日の夕方・・・鬼切り部相馬党に所属する鬼切り役の少女・野咲美羽(のさき・みう)は、つい最近になって相馬党に加入した少女・不知火奈々(しらぬい・なな)と共に、党首から与えられた任務の為に経観塚を訪れていた。

 『野咲雪奈(のさき・ゆきな)がオハシラサマとなって封印している邪神クジャを打ち倒し、野咲雪奈をオハシラサマの使命から解放せよ』

 今から10年前・・・美羽の従姉である雪奈が、邪神クジャを抑え込む為にオハシラサマになった。
 雪奈のお陰で邪神クジャの復活は免れたものの、その代償として美羽は大好きな雪奈と離れ離れになってしまった。
 だが、その苦しみも今日ここまでだ。邪神クジャとの因縁も、今日この経観塚で終わらせる。
 雪奈を救い出す為に、ただそれだけの為に、美羽は高校にも行かずに相馬剣聖流をマスターし、鬼切り役になったのだ。

 電車が止まる。ドアが開く。
 美羽と奈々は荷物を手に、ゆっくりと駅のホームへと足を踏み入れる。
 決意に満ちた表情で、美羽は因縁の地・経観塚へと降り立った。
 邪神クジャを倒し、雪奈をオハシラサマの使命から解放する為に。

 そこで美羽を待ち受ける事になる悲壮な運命を、知る事も無く・・・。

2.一時の安らぎ


 鬼切り役として最前線で剣を振るう・・・いわば『武力』の面で相馬党に貢献している美羽とは対照的に、戦闘があまり得意ではない奈々は裏方でのサポート役として、『頭脳』の面で相馬党に貢献している。
 今回の経観塚での任務の際も奈々は美羽のサポート役として、裏で色々と事前準備を済ませていた。
 宿泊先の旅館の予約や宿泊料金の振込み、新幹線のチケットの手配、任務達成までの行動スケジュールの管理や必要経費の算出、それら全てを記載した計画予定表の作成や党首への提出に至るまで、美羽が苦手としている秘書的な仕事を全て奈々が迅速的確にこなしているのだ。
 というよりも、今では奈々が美羽の専属秘書を務めていると言っても過言では無い状態だ。

 奈々が相馬党に入ったのは本当につい最近なのだが、全くの対極の性格をしているにも関わらず、美羽と奈々は瞬く間に仲良くなった。
 それ故に美羽と奈々は2人でコンビを組んで任務を行う事が必然的に多くなり、またプライベートでも仲良く遊ぶ姿が度々目撃されている。

 美羽は高校に行かずに鬼切り役として働いており、相馬党にも奈々が加わるまでは、これまで美羽と同年代の者がいなかった。
 それ故に、他に友達がいない・・・今の美羽にとって、奈々だけが唯一の友達なのだ。
 鬼切り部などにならなければ、今頃美羽は地元の悠峰学園に進学し、友達も沢山作って充実した学校生活を送ることが出来ていたはずなのに・・・。 

 「みゆみゆ~、ここがアタシらが泊まる旅館だよ~。」
 「ようやく辿り着いたわね。」
 「アタシもうおなか空いた~。疲れた~。」
 「もう少しの辛抱だから、我慢しなさい。」
 「さすがみゆみゆ、アタシにはとても言えないセリフをクールに平然と言ってのける。そこにシビれる憧れるぅ!!」
 「・・・・・。」

 それでも・・・いや、だからこそ美羽と奈々は、簡単には断ち切る事が出来ない強い絆で結ばれているのだ。
 美羽が『光』なら、奈々は『闇』。
 奈々が苦手な戦闘を美羽が行い、美羽が苦手な事務作業を奈々が行う。
 深い闇に包まれているからこそ、光はより一層輝きを増す。
 強い光に照らされているからこそ、闇はより一層深みを増す。
 美羽と奈々は互いに上手く噛み合った、本当にいいコンビだ。

 「すいませ~ん、予約していた野咲と不知火なんですけど・・・」
 「はい、野咲美羽さんと不知火奈々さんね。長旅ご苦労様。」
 「いやもう本当に疲れましたよ~。ここに来るまでに電車を何本も乗り継ぎましたし。て言うかアタシら、自動改札機が無い駅なんて初めて見ましたよ。」

 美羽と奈々を穏やかな笑顔で出迎えたのは、中年の女将だった。
 チェックインを済ませて、女将に案内されて部屋へと向かう美羽と奈々。
 隅々まで掃除が行き届いた部屋の空気はとても清々しく、窓の外から見える夕焼けの景色がとても美しくて癒される。

 事前に奈々が立てた計画では今日は旅館でゆっくりして、明日の夜に羽様のご神木へと向かう事になっている。
 こういう裏の仕事を奈々が的確にこなしてくれているからこそ、美羽は鬼切り役としての任務に専念する事が出来ているのだ。
 部屋に入った美羽と奈々は荷物をまとめて、疲れ切った表情で椅子にもたれかかる。

 「もうすぐ晩御飯が出来上がるから、それまでゆっくりしていってね。温泉も24時間入れるようになってるから。」
 「本当はさかき旅館を予約しようかと思ったんですけど、既に満室だとか言われちゃって・・・」
 「そうねぇ、この時期はお祭り目当てで宿泊するお客さんも多いしね。」
 「ああ知ってます。アタシらも足を運ぶ予定なんですよ。」
 「お嬢ちゃんたちは、この経観塚に観光で来たのかしら?」
 「ええ、まあ・・・そんな所です。」

 乗客が少ないながらも経観塚方面の電車が廃線にならずに済んでいるのは、経観塚が観光名所としての顔を持ち合わせているからかもしれない。
 今では車や高速バスで訪れる客の方が多いようだが、経観塚には色々と珍しい観光名所が多数存在している。
 特に経観塚名物の夏祭りは毎年のように、連日旅館が満席になる程の盛況振りを見せている。
 無事に任務が終わって雪奈を救出したら、美羽と奈々も雪奈を連れて足を運ぶつもりなのだ。

 「ああそうそう、さかき旅館さんで思い出したんだけどね・・・今日の朝、あそこの女将さんが妙な事を私に言っていたのよ。」
 「妙な事!?何何!?凄く気になります~!!」

 とても楽しそうな表情で、奈々は女将に身を乗り出してくる。
 て言うか、私たちは任務でここに来ているんだけど。
 いや、祭りに参加する気マンマンの私が言うセリフじゃないか。
 美羽が心の中で、そんなツッコミを自分と奈々に入れて溜め息をついた、その時だ。

 「・・・さかき旅館さんの所にね・・・出たらしいのよ。」

 何だか物凄い笑顔で、女将は奈々に静かにそう告げた。
 その女将の表情に気圧されて、奈々は思わず後ずさってしまう。

 「・・・あの・・・出たって・・・何がですが?」
 「真紅の大蛇を従えた双子の姉妹の子供の幽霊とね・・・蒼白の蝶を従えた青髪の少女の幽霊がね・・・夜中に女将さんの目の前を通り過ぎたらしいのよ・・・うふふふふ・・・」
 「ええええええ!?女将さんそれマジですか!?」
 「マジらしいのよ~。私も聞いた時はこの人何言ってるの?って思ったんだけどね。」 

 相変わらず楽しそうにはしゃぐ奈々だったが、対照的に美羽の表情は途端に厳しい物になる。
 そう言えば今日の昼頃、経観塚高校の教師の男性が路上で死んでいたと、インターネットのニュースサイトで話題になっていた。
 携帯電話でそのサイトを見た時は、美羽は特に気にも留めなかったのだが・・・

 「・・・・・。」

 楽しそうに会話をする奈々と女将を無視して、厳しい表情で考え込む美羽。
 この経観塚でも鬼の被害が出ているのかもしれない・・・鬼切り役としての職務上の懸念もあるが、それだけではない。
 何故か美羽は、女将が話していた『蒼白の蝶を従えた青髪の少女の幽霊』という言葉に、強い引っ掛かりを感じているのだ。

 「・・・青髪の・・・少女・・・」

 美羽の頭の中で、突然フラッシュバックした光景。
 古い歴史のある屋敷の庭。そこで見覚えの無い・・・しかし何故か懐かしさと愛おしさを感じる青髪の少女が、自分に対して穏やかな笑顔を見せている。
 それが誰なのか美羽には分からないし、全く見覚えが無ければ会った事すら無い。
 いや、無いはずなのだが・・・美羽は何故かそう言い切る事が出来なかった。
 それに・・・どうして美羽はこの少女の事を思い出そうとすると、こんなにも悲しい気持ちになってしまうのか・・・。

 「・・・・・。」
 「みゆみゆ~?どしたの?みゆみゆ~?」
 「・・・はっ!?」

 奈々の呼びかけで、美羽の意識は現実の世界へと引き戻された。
 何故だろう・・・何だか頭の中がもやもやする。
 そのふわふわの雲の中に包まれているような、掴みどころの無い奇妙な感覚を振り払う為に、美羽はぶるんぶるんと首を横に振った。
 とても穏やかな表情で、奈々は美羽を見つめている。

 「・・・う、ううん、何でもない・・・」
 「やっぱりみゆみゆも長旅で疲れてるみたいだね。ご飯食べたら一緒に温泉に入ろうよ。」
 「え、ええ・・・そうね・・・」

 そう・・・自分は単に疲れているだけなのかもしれない。美羽は無理矢理そう思い込む事にした。
 会った事も無い幽霊の少女に対して、悲しい気持ちになるなど・・・本当にどうかしている。
 そんな事よりも明日の夜の雪奈救出ミッションを万全な状態で行えるようにする為に、旅の疲れをちゃんと取っておかなければならない。
 邪神と呼ばれているだけに、クジャとの戦いは想像を絶する物になるはずだからだ。

 「お待たせしました~、晩御飯が出来たわよ~。」

 しばらくして女将が美羽と奈々の下に、豪華な懐石料理を送り届けてきた。
 昼間に電車の中で食べた駅弁とは違う、出来たての温かい食事。
 その美味しそうな匂いが、2人の食欲を刺激する。

 「うわ~、凄く豪勢な食事だね、みゆみゆ~!!」
 「いや、幾ら何でもこれはちょっと豪華過ぎるんじゃないの?」
 「だって、折角のみゆみゆとの2人きりの『旅行』なんだもん。思い切って奮発しちゃった~♪」
 「・・・・・。」

 確かに一般人である女将が目の前にいる以上は、『任務』などと声を大にして言えるわけが無いのだが・・・。
 だが奈々にとっては『旅行』というのは半分は詭弁で、半分は本気なのだ。
 自分は美羽のサポート役に徹していて直接戦闘に関わる事が少ないとはいえ、これまで美羽と共に凶悪な鬼を相手に、何度も命のやり取りを繰り広げてきたのだ。身の危険を感じた事だって一度や二度では無い。
 これ位のご褒美が無いと、やってられないのだろう。

 「て言うか、宿泊料金は本当に大丈夫なの?もっと食事のランクを落としても良かったのに。」
 「だいじょうびだいじょうび~。料金ならちゃんと振り込んであるから。」

 美羽が女将に視線を向けると、女将は穏やかな笑顔で頷いた。
 必要経費をごまかして宿泊料金全額を党首に申請したのか、それとも奈々が旅行気分でポケットマネーを幾らか混ぜたのか・・・
 事務関係の仕事を全て奈々に任せている美羽には分からない事だし、深入りするつもりも無い。

 だがどちらにしても、宿泊料金は既に前払いで全額振込み済みのようだ。
 それを悟った美羽は安心したかのように溜め息をついて、箸を手に取る。
 雪奈を助け出す前に無銭宿泊で逮捕なんて事になったら、洒落にならない。

 「・・・ならいいわ。私は奈々の事を信頼しているから。」
 「んもう、みゆみゆったら相変わらず無愛想な顔で、嬉しい事を言ってくれるんだから~。」
 「余計な事はいいから、冷めないうちに頂きましょう。」
 「でも、そういうクールな所がみゆみゆの魅力なんだけどね~。」
 「・・・頂きます。」
 「よ~し、存分に食べまくるわよ~!!」

 芯まで火が通った肉の切り身を、美羽は箸でつまんで口の中に運ぶ。
 その瞬間、口の中に広がる肉汁の甘み。柔らかくて口の中で肉が溶けていくかのようだ。

 「・・・美味しい。」
 「うんうん!!高いお金を払って予約した甲斐があったという物だよね!!」

 こうして美味しそうに料理を食べている美羽と奈々を見ていると、とても鬼切り部という裏の世界に身を置いている人間には見えない。どこからどう見ても2人で旅行に来た普通の女の子だ。
 そんな美羽と奈々を、女将はとても穏やかな微笑みで見つめていたのだった・・・。

3.美羽の力


 雪奈の元に向かうのに夜を選んだ理由は、オハシラサマとなった雪奈が太陽の光に耐えられないと推測されるからだ。
 邪神クジャを倒す為に雪奈をご神木から出したのはいいが、元の人間に戻す前に太陽の光で消滅するなどという、笑えない事態になる事だけは避けなければならない。

 羽様方面のバスに乗り、そこからさらに徒歩で山へ。
 ご神木へと連なる細い山道を、美羽と雪奈は懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく。
 既に日は完全に沈んでいる上に、この辺りは街灯が全く存在しないので、明かりが無いと周囲は完全に真っ暗で何も見えない。
 それに羽様は田舎故に、都会と違ってバスもタクシーも夜9時で運行を終えてしまう。なので今日は任務を終えたらご神木の近くで野宿して、明日の朝に戻るという予定になっているのだ。

 例の『真紅の双子』と『蒼白の少女』の幽霊の件がどうしても気になったので、美羽はさかき旅館の女将に詳しい話を聞いてみたのだが、特に有力な情報を得る事は出来なかった。
 だが話の流れの中で、昨日までさかき旅館に泊まっていたツインテールの少女が、現在は父親が遺した屋敷があるという羽様にいるのだという事を聞かされた。
 それを聞いた美羽は、そんな任務には全く関係の無いどうでもいい情報が、何故か気になって仕方が無かった。

 ツインテールの少女。
 父親が羽様に遺した屋敷。
 蒼白の少女の幽霊。
 これらの単語が、美羽の心を惑わせる。

 そう言えば美羽と奈々がいる羽様には、現在は空き家になっているという古い屋敷があり、その近くには自分たちが目指している物とは別の、巨大な槐のご神木があるらしいのだが。
 何故だろう・・・どうして美羽は、こんなにも悲しい気持ちになってしまうのだろうか。
 この羽様には初めて訪れるはずなのに、どうしてこんなにも懐かしさを感じてしまうのだろうか。

 「て言うかみゆみゆ~。わざわざ懐中電灯ごとき低文明な代物を使わなくても、みゆみゆの月光蝶で周囲を照らせばいいのに。」
 「・・・出来ればクジャを倒すまでに、無駄な力を使いたくは無いから。」
 「地球に優しい省エネですね。分かります。」
 「まぁ、明かりを照らす程度なら、そんなに力は消耗しないと思うけど・・・っ!?」

 だがその時、美羽は突然足を止め、いきなり奈々に懐中電灯を手渡して、周囲に無数の蒼白に輝く蝶を展開した。
 『贄の血』をその身に宿す者が使えるとされている、聖なる力・・・月光蝶。
 その温かい光が、暗闇に包まれていた山道の周辺を照らし出す。
 美羽の突然の行動に、奈々は驚きを隠せない。
 無駄な力を使いたくないと言っておきながら、美羽はいきなり何をやっているのか。 

 「ちょ、ちょっと、みゆみゆ・・・」
 「奈々、私の後ろに!!」
 「いきなりどうし・・・」
 「鬼がいる・・・!!」
 「え・・・!?」 
 「こっちに近づいて来る・・・!!」

 美羽の指示通り、奈々は美羽の後ろに下がって身構える。
 ガサガサガサ・・・
 草木を掻き分ける派手な音と共に、美羽と奈々の目の前に2人の女の子が現れた。
 見た目は小学6年から中学1年くらいだろうか。このご時世では珍しい赤い着物を着ており、その顔は全くの瓜二つだ。
 2人から感じられる鬼気、そして2人の瞳の色は鬼の証である赤色。
 間違いない・・・彼女たちは鬼だ。美羽と奈々は瞬時にそれを理解した。 

 「ねえ、みゆみゆ、この子たちはまさか、さかき旅館の女将さんが言ってた双子の幽霊・・・!?」
 「さかき旅館・・・ああ、あの贄の娘が泊まっていた宿の事ね?まさかあんな夜中に、私たちの行動を他の者に見られていたなんてね。」
 「贄の娘が泊まってたって・・・アンタたち、いきなり何を・・・」

 とても興味深そうに、2人はじっ・・・と美羽と奈々を見つめている。
 こんな夜遅くにこんな辺境にまで足を運ぶ人間が珍しいというのもあるが、何よりも2人が注目しているのは、月光蝶を使役している美羽の存在だ。
 双子の鬼は美羽を見て、邪悪な笑みを浮かべる。 

 「姉さま。この娘・・・」
 「ええ、間違い無いわ。まさかこんな山奥に『贄の血』の宿主が他にいたなんてね。」
 「この娘を捕らえて、主さまへの贈り物といたしましょう。」
 「そうね。そうしましょう。」
 「先日はハシラの継ぎ手と鬼切り役に邪魔をされましたが・・・」
 「今ここには邪魔なハシラの継ぎ手も、あの忌まわしい鬼切り役もいない・・・!!」

 美羽と奈々の周囲が、赤い邪悪な瘴気に包まれた。
 視界が奪われ、双子の鬼の姿も見えなくなり、周囲の様子さえも全く分からない。
 戸惑いを隠せない奈々だったが、対照的に美羽は冷静沈着だった。
 全く表情を変えずに威風堂々とした姿で、双子の鬼がいるであろう正面を見据えている。

 「私はノゾミ。」
 「私はミカゲ・・・。」
 「貴方を主さまの所に連れて行くわ。」
 「貴方の『贄の血』を、主さまの下に・・・。」
 「貴方は主さまの生贄になるのよ。」
 「貴方の血を捧げ、主さまを復活させる・・・。」
 「抵抗しても無駄よ。」
 「決して逃がさない・・・。」
 「ここで私たちに捕まった事が・・・!!」
 「運の尽き・・・!!」

 ノゾミ、ミカゲと名乗った双子の鬼が、ゆっくりと美羽と奈々に近づいて来る。
 その鋭い眼光は、まさしく獲物を狙う蛇のようだ。
 ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・獲物に存分に恐怖心を植えつけながら、ノゾミとミカゲは捕らえた獲物を手中に収めるべく、その間合いを詰めていく。
 だが、次の瞬間。
 美羽と奈々を包み込んでいる赤い霧が、突然蒼白の光によって弾き飛ばされた。

 「んなっ・・・!?」
 「ね、姉さま・・・これは・・・!!」

 その凄まじい聖なる力に気圧され、ノゾミとミカゲは思わず後ずさってしまう。
 蒼白の光が収まると、そこには何事も無かったかのようにノゾミとミカゲを見据える美羽の姿があった。
 そして美羽の後ろで、奈々が心配そうな表情で美羽を見つめている。

 「・・・この程度なの?」
 「そんな・・・私とミカゲの瘴気を、こんなにも簡単に・・・!?」
 「なら、今度はこちらから行かせて貰うわよ。」
 「くっ・・・ミカゲぇっ!!」

 美羽が生み出した無数の月光蝶が、一斉にノゾミとミカゲに襲い掛かる。
 同時にノゾミの合図で、ミカゲがノゾミの目の前で障壁を展開。
 聖なる力と邪悪な力がぶつかり合い、美羽とミカゲの間で赤と青の火花がほとばしる。
 だがミカゲは美羽の月光蝶の前に、完全に押されていた。

 「馬鹿な・・・この力はハシラの継ぎ手と同等・・・いや、それ以上・・・!?」
 「ならば!!私の目を見なさいな!!」

 ミカゲを援護すべく、ノゾミの赤い瞳が真紅に輝いた。
 標的の精神を攻撃する邪眼。これを迂闊に覗き込んでしまった者は身体と心の自由を奪われ、術者の操り人形と化してしまう・・・はずなのだが・・・。

 「・・・で?貴方の目を見たら、何だというの?」
 「嘘・・・でしょ・・・!?」

 美羽はノゾミの邪眼を睨み付けたまま、何事も無かったかのようにミカゲを攻撃していた。
 有り得ない光景に、ノゾミもミカゲも驚きを隠せない。
 普通の人間ならノゾミの邪眼を一瞬でも見ただけで、その赤い光に身も心も飲み込まれてしまうというのに。

 (あのハシラの継ぎ手にしても、忌まわしい鬼切り役の小娘にしても、邪眼が効かなかったにしても多少は怯ませる事が出来たというのに・・・それなのに、こいつは・・・!!)

 そう、多少は怯むどころの話ではない。邪眼自体が全く効力を発揮していないのだ。
 今もこうして、ノゾミの邪眼を凝視し続けている・・・つまりは邪眼の妖力が今もこうして美羽を襲い続けているにも関わらずだ。
 それは、美羽とノゾミの圧倒的な実力差の証。

 「あ・・・貴方は一体何者なのよ!?名を名乗りなさいな!!」
 「鬼切り部相馬党が鬼切り役・・・野咲美羽よ。」

 威風堂々と、美羽はノソミにはっきりと告げた。
 その全く怯まない態度こそが、邪眼の影響を全く受けていないという確固たる証。

 「馬鹿な・・・まさかこんな所に鬼切り役が他にも来ていたなんて・・・!!」
 「?・・・他にも?」
 「贄の娘をようやく見つけ出したというのに・・・!!どうして私たちの邪魔をする人が次から次へと現れるのよぉっ!?」

 この娘は、自分たちよりも遥かに強い。2人がかりで挑んでも勝ち目は無い。 
 ノゾミとミカゲはそれを敏感に感じ取り、このまま美羽と戦い続けるのは不利だと判断した。

 「ミカゲ!!」
 「姉さま!!」
 「さっさと逃げるわよ!?」
 「退散しましょう!!」

 ノゾミが生み出した巨大な蛇が、美羽に襲い掛かる。
 美羽はミカゲへの攻撃を止め、腰に掛けてある鞘から刀を抜いて巨大な蛇に斬りかかった。

 「この霊剣『皇牙(おうが)』の力、甘く見てもらっては困るわ!!」

 一瞬即斬。
 美羽の達人クラスの剣術によって放たれた無数の斬撃が、あっという間に巨大な蛇をみじん斬りにしてしまった。
 巨大な蛇が赤い霧となって、消えていく。
 だが美羽が蛇に気を取られた隙を突いて、ノゾミとミカゲは姿をくらましたようだ。
 溜め息をついて、美羽は皇牙を鞘に収める。

 「逃げたか・・・まあいいわ。今はあんなザコに構っている暇は無いし。」
 「た、助かったよ、みゆみゆ~。」
 「奈々、大丈夫?怪我は無い?」
 「うん、みゆみゆのお陰でこの通り無傷だよ。ありがとう。」
 「そう・・・良かった。」

 奈々の無事を確認した美羽は、安心した表情で溜め息をついた。
 再び奈々から受け取った懐中電灯を点けて、美羽は奈々と共にご神木へと歩き出す。
 まさか、こんな所で女将が言っていた双子の幽霊に出くわすとは・・・奈々はさすがに戸惑いを隠せずにいた。
 だが美羽が気にしているのはそんな事よりも、先程のノゾミの何気ない一言。

 『さかき旅館・・・ああ、あの贄の娘が泊まっていた宿の事ね?』

 贄の娘・・・何故かその言葉が、美羽は気になって仕方が無い。
 そう言えば女将の話だと、さかき旅館に泊まっていたツインテールの女の子が、今はこの羽様にあるという屋敷に滞在しているらしいのだが・・・

 『お母さん・・・死なないで・・・死んだら嫌だよぉ・・・!!』

 ふと、美羽の頭の中に流れた、ツインテールの女の子の映像。
 美羽はとても辛そうに、左手でおでこを押さえている。

 「くっ・・・今のは・・・一体・・・!?」
 「みゆみゆ?どうしたの?」
 「・・・何でも無いわ・・・何でも・・・」
 「そう?なら、いいんだけど・・・」
 「そんな事より、ご神木までもう少しよ。さっさと終わらせて雪奈お姉ちゃんを助けましょう。」

 そう・・・今の美羽には、最優先でやらなければならない事があるのだ。
 邪神クジャの討伐、そして従姉の雪奈をオハシラサマの使命から解放し、元の人間に戻す事。
 それが適う時が、もうすぐそこまで迫ってきているのだ。今は他の事に気を取られている場合では無い。

 頭をぶるんぶるん振って気持ちを切り替えて、美羽はしっかりとした足取りでご神木へと向かうのだった・・・。