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アカイイト新章・神の化身の少女

前章「神の血の因果」(前半)


1.空白の半年間


 遥が馬瓏琉とマタムを打ち倒し、半年振りに渚の元に戻って来た、その日の夜。
 梢子たちと守天党のメンバーが羽様の屋敷で、宴を盛大に楽しんでどんちゃん騒ぎを起こした後に、安らかな眠りについている頃。
 半年振りに戻って来た自宅の中で、遥は神妙な表情で椅子に座っていた。
 部屋の中には今は亡き栞が遺した、数多くのトロフィーやメダルが大事そうに飾られ、家族4人で幸せそうに笑っている写真も飾られている。
 それらを見渡して、遥は本当にこの家に帰ってきたのだと・・・帰って来る事が出来たのだと・・・しみじみと実感していた。

 馬瓏琉に両親を殺され・・・千羽党に幸せを壊され・・・それでも遥は今、こうしてここにいる。
 この数年もの間に色々あった。本当に大変だった。
 特に自分がいなくなった半年もの間、渚は一人ぼっちで本当に寂しい思いをしただろう。
 だがそれでも、遥は渚の元に無事に帰ってきたのだ。

 「・・・はい、ココアが出来たわよ。」
 「ああ、ありがとう。渚。」

 台所から出てきた渚が、出来たてのホットココアが入ったカップを遥に差し出して、遥と向かい合うように反対側の席に座る。
 渚が作ってくれたホットココアを、遥は口に含み・・・ほのかな甘さと温かさが、馬瓏琉との戦いで疲れ切った心と体の疲れを癒してくれる。

 「・・・それで、姉さん・・・今この場には私と姉さんしかいないから、聞かせて貰うけど・・・」
 「ああ、私と千羽党との間に何があったのか・・・だろう?」

 意を決して問いかけようした渚の質問を、遥はいとも簡単に当ててみせた。
 血の繋がった双子であるが故に、互いに愛し合っているが故に、互いに互いの考えている事が何となく分かってしまうらしい。 
 渚が半年もの間、行方不明になっていた遥の生存を最後まで信じて疑わなかったのもそうだ。
 想いは千里を駆け抜ける・・・今の2人は遠く離れていても、既に魂が繋がっている領域にまで達しているのだろうか。

 「うん・・・さっき姉さんがコハクさんに同じ事を聞かれた時、姉さんは何も答えようとしなかったけど・・・私はどうしても知りたいの。姉さんがどうして半年もの間、私の前から姿を消したのか・・・」
 「・・・私が地下祭壇で梢子に敗れた時にも言ったが・・・話すと長くなるぞ?」

 時計の針は、深夜0時を回っていた。

 「構わないわよ。どうせ明日まで店は盆休みだから。」
 「そうか・・・」

 梢子たちがいる前では話しづらい事なのかもしれないが、今ここにいるのは渚だけだ。
 それに渚は、どうしても知っておきたいのだ。
 どうして遥が千羽妙見流を使えるのか・・・遥と千羽党との間に、一体何があったのかを。
 遥が半年間も行方をくらませていた事、そしてファルソックと馬瓏琉を相手に復讐しようなどと考えた事に、その事が間違いなく関係しているだろうと・・・そう渚は確信したのだから。

 「半年前・・・私が郷土資料館の屋上で、立川さんに銃で撃たれたというのは話したが・・・」
 「うん・・・」
 「・・・その手引きをしたのが、コハクが語っていた千羽党という組織なんだよ。」
 「な・・・!?」

 予想外の遥の言葉に、渚は驚きを隠せない。
 鬼切り部というのは、力無き人々を鬼の脅威から守る為に作られた組織だと・・・梢子がそう語っていたのに。
 その鬼切り部の一角である千羽党が、どうしてそのような真似をしでかしたというのか。

 「それだけじゃない。千羽党は私だけではなく、渚の命までも狙おうとしていたんだ。」
 「そんな・・・どうして・・・!?どうして私の命まで・・・!?」
 「そしてそれを救ってくれたのが、その千羽党に所属する鬼切り役の娘・千羽烏月・・・彼女が私に半年もの間、千羽妙見流の手ほどきをしてくれたんだ。」

  ココアを一口飲んで、ふうっ・・・と深い溜め息をついて・・・意を決した表情で、遥は渚をじっ・・・と見据え、空白の半年間の真相を語り始めた。
 遥にとって自分と渚の命を狙った忌むべき組織・・・だが、その鬼切り役は自分と渚の命の恩人。
 そんな両極端な扱いをしでかした千羽党と、遥との間に起こった因縁の物語を・・・。

2.運命の出会い


 桂と柚明が数ヶ月に1度のペースで、大型連休を利用して経観塚の屋敷に足を運び、白花に会いに行っているのと同じように・・・烏月もまた白花に会いに行く為に、休日を利用して定期的にこの経観塚を訪れていた。
 一度は千羽党から抹殺命令が下され・・・そして兄を誑かした忌むべき男だと、鬼の力を使って邪な事を企んでいるのではないかと、烏月が心の底から思い込んでいた白花。
 それ故に烏月は、当初は強い怒りと憎しみを白花に抱いたりもしたのだが、真相を知った今では完全に誤解が解けて、そんな白花への邪念は完全に烏月の頭の中から消え失せている。

 白花もまた、主から柚明を救う為に必死にあがいていたのだ。
 己の人生を賭けてでも、大切な人を守ろうとしていたのだ。
 そしてそんな白花だからこそ、明良は愛情を込めて白花を育て上げ、また命を賭けて白花を守ろうとしたのだ。

 あの頃の烏月はそんな明良と白花の想いを理解しようともせず、千羽党の抹殺命令だけを鵜呑みにして、白花が悪人だと一方的に決め付けてしまっていた。
 あの男のせいで兄上が死んだのだと。あの男が兄上を殺したのだと。
 明良がどんな想いで自分から白花を庇ったのか・・・それさえも知ろうともせずに。

 今更ながら当時の自分の視野の狭さには、烏月も閉口せざるを得ない。
 千羽党が絶対的な組織だと思っていた。そう思い込んでいた。
 この世に鬼切り部という存在があるお陰で、この日本は鬼の脅威から救われているのだと。自分がその組織の一員で、しかも鬼切り役という大役を任されているのは誇りなのだと。
 だから祖父が白花の抹殺命令を下した以上は、白花がこの世を乱す悪なのだと・・・白花を殺せば日本は救われるのだと・・・それで明良は報われるのだと・・・そう信じて疑わなかったのだ。

 だが烏月はこの後、自分の視野の狭さを思い知らされる事になる。
 白花の一件もそうだが、それだけではない。千羽党という組織も、束ねるのは所詮は人間・・・絶対的でも何でもなかったのだ。
 そう・・・烏月の祖父は千羽党党首としての権限でもって、何の罪も無い桂と柚明の命さえも狙おうとしていたのだ。
 その身に『贄の血』を宿しているから・・・たったそれだけの理由で。

 「ありがとうございました~。」
 「ふうっ・・・今日もまた一段と冷えるな・・・。」

 暖房が効いたスーパーから外に出た烏月の身体が、外の寒気に当てられて急激に冷えていく。
 東北地方の山奥という事もあって、この2月の寒さは都会よりも強烈だ。
 経観塚駅の近くのスーパーで、白花へのお供え物である団子と花を買ってきた烏月は、今度は郷土資料館に足を運んだ。
 いつもならそのまま真っ直ぐに羽様の屋敷へと向かう所なのだが、折角の機会なので少し観光でもしようかと思ったのだ。

 別に特別な理由があった訳ではない。何となく・・・そう、本当に何となくだ。
 何故かは知らないが、烏月は急に郷土資料館へと足を運びたくなったのだ。
 そして・・・その烏月の何気無い行動が・・・本来ならば今日この日に死ぬべき定めにあった遥と渚の運命を、大きく揺り動かす事になる・・・。

 「ここが郷土資料館か・・・ノゾミとミカゲが封じられていた鏡が展示されていたという・・・」

 バスから降りて入場券を買おうとした烏月だったが、そこで彼女の目に映ったのは、施設内で何やら騒ぎになっている光景だった。
 入り口に規制線が引かれ、多くの観光客が建物から強制退去させられている。
 一体何事なのか・・・烏月は近くのオバサンに声を掛けた。 

 「すいません、一体中で何があったんです?」
 「あのね、強盗が資料館の中に入ったんですって。それでファルソックの人たちが駆けつけてくれたんだけど・・・」
 「ファルソック・・・ああ、あの警備会社の・・・」

 よく見ると建物の入り口には、ファルソックと契約している事を示しているシールが貼られている。
 『警備』という一点のみに集中して業務を遂行しているからこそ、こういった事件に関しては警察よりも迅速に対応出来るのだ。

 「でも、もう大丈夫。何たって遥ちゃんが駆けつけてくれたんだから。」
 「・・・あの・・・遥ちゃんとは?」
 「あら、貴方もしかして地元の人じゃないのかしら?」
 「すいません、私はここに観光旅行に来ていた者なので・・・」
 「そうなの・・・あのね、星崎遥ちゃん・・・あの伝説の女剣士・星崎栞さんの娘さんでね、お母さん譲りの物凄いフェンシングの達人なの。それはもう男顔負けの強さでね、アタシたち経観塚の人達にとっては救世主と言ってもいい位の女の子なのよ?」

 強盗が施設内に入ったというのに、オバサンも周囲の野次馬たちも、誰もがとても安心し切った表情をしている。
 それだけ星崎遥という女性警備員が、地元の人達に信頼されているという事なのだろう。
 何しろ目の前のオバサンが、『救世主』などと例えた程なのだから。

 「・・・伝説の女剣士の娘・・・フェンシングの達人・・・」

 その時、烏月は屋上から強烈な負の感情を感じ取った。
 怒り・・・妬み・・・恨み・・・憎悪・・・そして強烈な殺気。
 この感覚は鬼ではない。紛れも無く人間の・・・しかも相当強烈な、強い欲望に満ちた物だ。

 「な・・・これは・・・!?」

 パァン!!
 その瞬間、屋上から響き渡る銃声。
 一体何があったのかと、周囲の誰もが不安そうな表情になる。
 そして数分後・・・取り押さえられた強盗らしき男が、警備員たちと共に姿を現した。
 だが・・・オバサンが言っていた女性警備員の姿は、どこにも見当たらない。
 その事が周囲を動揺させ・・・さらに追い討ちをかけるかのように、警備員の1人が残酷な事実を口にした。

 「・・・当社の警備員の星崎遥は・・・強盗に撃たれて殉職しました・・・」

 その瞬間、周囲の誰もが物凄い騒ぎになる。
 星崎遥が死んだ・・・それは経観塚の人達にとっては、到底受け入れられない事実なのだろう。
 涙を流して泣き叫ぶ者、どうして遥ちゃんを死なせたんだと警備員たちに詰め寄る者、遥を殺したという強盗に殴りかかって警備員に止められる者・・・先程のオバサンはショックのあまり言葉を失い、その場に崩れ落ちてしまっている。

 だが烏月は、鬼切り役として培われたその鋭敏な洞察力でもって、警備員たちや強盗の表情の微妙な『違和感』を見逃さなかった。

 (・・・この男たちは・・・嘘をついている・・・!!)

 次の瞬間、烏月はとっさに駆け出していた。
 弱々しいが、人の気配がする。しかも強烈な『力』を感じさせられる程の気配が。
 そしてその気配から感じられる、深い絶望と悲しみの感情。

 「・・・っ!?」

 郷土資料館の裏にある森の中で、1人の少女が倒れていた。
 ファルソックの正装に身を包み、そして左胸には銃で撃たれた跡が。
 だが彼女は生きている。その命は弱々しいが、それでもまだ生きている。
 そして・・・彼女の左胸からは、血が一滴も流れていない。

 「・・・これは・・・まさか・・・!!」

 烏月が彼女の左胸のポケットを開けると、そこに入っていたのは携帯電話とカードケース。
 銃弾は携帯電話を貫通し・・・金属製のカードケースにめり込んで止まっていた。

 「・・・成る程・・・これで彼女は命拾いしたわけか・・・」
 「う・・・ぐ・・・」

 少女は屋上から転落でもしたのだろうか。とても苦しそうな表情で気絶してしまっている。
 だが周囲の木々がクッションになってくれたお陰で、彼女は転落死さえも免れたようだ。
 銃弾が携帯電話とカードケースに阻まれて身体には届かず、さらに木々がクッションになって転落の衝撃をも和らげ、おまけにたまたま烏月が通りかかったお陰で、彼女は命を救われた。
 そう・・・偶然に偶然に偶然に偶然が積み重なって、まさしく奇跡的な確率で、彼女はこうして死なずに済んだのだ。

 だがいずれにしても、彼女をこのままにはしておけない。
 先程、烏月が警備員たちや強盗から感じ取った『違和感』・・・そして先程の屋上からの銃声。
 そして、烏月が彼女から感じ取った、深い絶望と悲しみ。
 それらの材料から、烏月はその鋭い洞察力で瞬時に悟った。

 「・・・彼女を撃ったのは、あの強盗じゃない・・・あの警備員たちか・・・そしてあの強盗と警備員たちは、最初からグルだった可能性が高いな・・・だが、一体何故・・・」
 「あ・・・ぐ・・・」
 「とにかく、彼女を人目に付かない安全な場所に・・・」

 警備員たちは、彼女が死んだと完全に思い込んでいるようだった。
 銃で左胸を撃ち抜き、さらにこの高さから転落したのだ。どう考えても生きているはずがないと、そう確信しているのだろう。
 だからこそ彼女を、迅速にこの場から隠さないといけない。

 彼女の生存を大声で知らせれば、街の人達は大喜びするだろうが・・・それでも再び警備員たちに命を狙われる事にもなりかねないのだ。
 それに・・・彼女の命を本当に狙っていたのは、あの警備員たちではないような気がする。
 そう・・・まるで別の大きな何かが、彼女の事を陥れようとしているかのような・・・。 

 「済まないな、白花・・・お前に会いに行くのは、次の機会になりそうだ・・・」

 少女をお姫様抱っこして、烏月は迅速にその場を離れていった。

3.神の血の因果


 『な・・・皆・・・どうして・・・!?』
 『むかつくんだよ!!俺らより年下のくせに、俺らより沢山給料を貰いやがってよ!!』
 『馬鹿な・・・私は渚を守る為に・・・与えられた任務を全力でこなして・・・それで社長に認められて・・・それなのに・・・こんな・・・!!』
 『取り敢えずお前は殉職したって事にしておいてやるからよ。だから安心して死ねや。』
 『うわああああああああああああああ!!』

 「・・・はっ!!」

 目を覚ました遥が最初に目にしたのは、全く見覚えの無い部屋の光景だった。
 広さは6畳くらいだろうか。自分が眠っているベッドと机、そして掛け時計以外は何も無い、随分と殺風景な部屋だった。
 窓の景色は夜の闇に包まれていて、時計の針は夜10時を指している。

 「ここは・・・私は・・・一体・・・」

 瞬時に頭を切り替えて、遥はこれまでの状況を整理しようとする。
 郷土資料館からの通報を受けて、強盗を屋上まで追い詰めて・・・
 その後、遥は味方であるはずの同僚から銃で撃たれて・・・屋上から転落して・・・

 「そうだ・・・私は立川さんに、銃で撃たれて・・・」

 よく見ると机の上には、遥の携帯電話とカードケースが置かれていた。
 携帯電話には銃弾が貫通した跡があり、カードケースには銃弾がめり込んでしまっている。

 「・・・そうか・・・母さんが・・・私を守ってくれたのか・・・」

 この携帯電話は、栞が遥と渚の誕生日プレゼントとして買ってくれた物だ。
 遥は携帯電話なんか必要無いと栞に言ったのだが、GPS機能付だから何かあった時の為に持っておきなさいと、栞が遥に念を押したのだ。
 だが、ここまで無様な状態になってしまったのでは、もうGPS機能も役には立たないだろう。

 そしてこのカードケースの中に入っていたのは、フェンシングの試合に出ている栞の写真だ。
 伝説の女剣士とまで呼ばれた栞のような、誰よりも強く気高い剣士になりたい・・・その想いで遥は、栞の遺影を常に携帯しているのだ。
 そう・・・もしかしたら本当に遥は、天国にいる栞によって命を救われたのかもしれない。

 「そうだ・・・渚は・・・っ!!ぐあっ・・・!!」

 慌てて起き上がろうとした遥だったが、全身に激痛が走った。
 そこへ遥を包み込む、とても優しくて温かい感触。

 「まだ動かない方がいい。応急措置はしたが、貴方の傷はまだ癒え切っていないのだから。」
 「ぐっ・・・!!」

 まさにベストタイミング。おかゆを持って遥の様子を見に来た烏月が、慌てて遥を介抱したのだ。
 おかゆを机の上に置き、全身の激痛に表情を歪ませる遥の体を、烏月は優しくベッドに横たわらせる。

 「最初に貴方を見つけた時は、一時はどうなる事かと思ったけど・・・目を覚ましたのならもう大丈夫だ。後は快方に向かうだけだろう。」
 「・・・そうか・・・アンタが私を助けてくれたのか・・・礼を言うよ・・・」
 「・・・いや・・・謝らなければならないのは、むしろ私の方だよ。」
 「え・・・?」

 烏月の言っている事の意味が、全然理解出来なかった遥だったが。
 とても申し訳無さそうな表情で、烏月は遥に全ての真相を語り始めた・・・。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「そ、そういう訳なんで、先程送った証拠画像を見ての通り、星崎遥と星崎渚は俺がこの手でちゃんと殺しましたんで・・・はい、それで報酬の方は・・・はい・・・はい・・・それでは明日、銀行に行って確認してきます・・・はい、では失礼します・・・。」

 先程、遥を銃で撃った警備員の男が、怯えながら携帯電話の通話を切る。
 そんな男の首筋に突きつけられているのは、烏月の維斗。
 遥を落としいれようとしていた他の警備員の男たちは、烏月によって叩きのめされて床に倒れ伏している。

 「た・・・助けてくれ・・・アンタの言う通りにしたから・・・だからお願いだ・・・許してくれ・・・!!」
 「なら約束しろ。この事は絶対に誰にも漏らす事無く、お前たちだけの秘密にしておくという事・・・そして遥さんと渚さんの命を狙おうなどと、もう二度と考えない事・・・守れるか?」
 「ま、守る・・・守るから・・・だから殺さないでくれ・・・頼むから・・・!!」
 「・・・・・。」

 身体を震わせ、烏月に怯え、とても情けない表情で、男は腰を抜かして情け無い醜態を晒してしまっている。
 あの後、遥の身柄を人目に付かない安全な場所に確保した後・・・烏月は強盗を捕らえていた男たちを脅し、誰に頼まれて遥と渚の命を狙ったのかを問い詰めたのだ。

 「・・・自分たちの私利私欲の為に、遥さんと渚さんを殺そうとしておきながら、自分たちが危険に晒された時は命乞いとは・・・まさかこんなクズ共が警備員を務めているとはな。」
 「ひ、ひいっ・・・!!」
 「いいだろう・・・約束だ。『今回は』これでお前たちを解放してやる。」

 維斗を鞘に収め、烏月はとても厳しい表情で男を睨み付けた。
 男は情け無い事に、小便を漏らしてしまっている・・・。
 その嫌な臭い、そして男の情け無い醜態に、烏月は顔をしかめていた。

 「ただし、もしお前たちが約束を破った場合・・・私はありとあらゆる手段を講じて、お前たちを徹底的に苦しめた上で殺してやる。その事を肝に銘じておくがいい・・・分かったな?」
 「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 烏月は、遥に全ての真相を話した。
 自分が鬼切り部千羽党に所属する鬼切り役だという事。
 ファルソックの警備員たちが、自分の祖父に依頼されて遥と渚を殺そうとしていたという事。
 そして烏月の祖父が、2人の存在自体がこの日本に災いをもたらすと、警備員たちを誑(たぶら)かしたのだという事。

 そんな遥と渚を、たまたま私用で経観塚を訪れていた自分が助けたという事。
 ここは青城から少し離れた場所にある、若杉グループの私有地だという事。
 偽装工作と関係者への脅しを念入りに済ませた上で、『遥と渚が死んだ』という情報を自分の祖父へと流させたので、渚の命が狙われる事はどうにか避けられたのではないか・・・という事。

 それら全てを話した上で・・・烏月は遥に頭を下げて謝罪した。
 自分の祖父の暴走のせいで、遥と渚を危険な目に遭わせてしまったのだ。孫娘である烏月が責任を感じるのも、無理も無いだろう。

 「・・・そうか・・・烏月の爺さんは、私と渚の身に『神の血』が宿っている事を知ったのか・・・」
 「うん・・・私の祖父が2人の抹殺を企てた理由は、それで間違い無いと思う。」
 「どうしてそこまで言い切れるんだ?」 
 「昔、私の祖父は同じ事をしようとしたんだよ・・・その身に特別な血を宿す人達を、ただそれだけの理由で殺そうとしたんだ。」

 そう・・・烏月の祖父は、『贄の血』を身体に宿しているという理由だけで、何の落ち度も無い桂と柚明の命を奪おうとした事があったのだ。
 そして今回もまた・・・その身に『神の血』を宿しているという理由だけで、烏月の祖父は遥と渚を殺そうとした。
 その強大な血が悪意ある鬼に奪われたら、この日本は脅威に晒される・・・だから奪われる前に殺してしまおうと。
 彼女たちは、ただ静かに幸せに暮らしていただけだというのに・・・どうしてそれを理不尽な理由で壊されなければならないのか。

 「だけどさっきも言ったけど、偽装工作は念入りにやっておいたから、これ以上渚さんの命が狙われる事は無いと思うんだ。100%安全とは言えないけれど・・・多分大丈夫だろうとは思う。」
 「・・・そうか・・・。」
 「それを踏まえた上で、私は敢えて言わせてもらうけど・・・」

 決意に満ちた瞳で、烏月は自らの考えを遥に伝えた。

 「傷が癒えた後も、貴方はしばらくは渚さんの元に戻らない方がいい。・・・いや、連絡自体取らない方がいいかもしれない。」
 「何故だ?私は一刻も早く、渚の元に戻らないと・・・」
 「貴方はフェンシングの世界選手権の代表候補に選ばれているのだろう?しかも史上最年少で、おまけにあの伝説の女剣士・星崎栞の血を引くサラブレッドだ。」

 そこまで言われて、遥はその優れた洞察力で、烏月が言いたい事を瞬時に理解した。
 苦虫を噛み締めたかのような、とても辛そうな遥の表情。
 烏月も遥の苦しみは理解しているが・・・それでも敢えて言わなければならない。
 遥と渚の安全を、確実に守る為に。 

 「既にテレビでは、貴方が行方不明になったとニュースで報じられている。明日の新聞でも大々的に報じられるだろうし、週刊誌にも色々と書かれてしまうだろう。」
 「・・・・・。」
 「そんな超有名人が、いきなり渚さんの元に姿を現したら・・・間違いなくニュースで大々的に報じられて、貴方と渚さんが生きているという事が私の祖父に知られてしまう事になる。」

 そうなったら、遥と渚はまた命を狙われる事になる・・・烏月はそう言っているのだ。
 遥があまりにも有名人であるが故に。それ故に遥は身を隠さなければならない。
 遥がごく普通の無名の一般人であるのなら、烏月も心置きなく遥を渚の元に返せるのだが。

 だがこの状況において、遥の携帯電話が壊れてしまったのは逆に幸いなのかもしれない。
 GPS機能が役に立たないという事は、逆に言うと烏月の祖父も、遥の痕跡を簡単には追えないという事を意味するのだから。
 これもまた、天国にいる栞が遥を守ってくれたからなのか。

 「だから遥さん。貴方はしばらくの間、ここで身を隠していた方がいい。」
 「・・・それが賢明か・・・」
 「いつまで・・・というのは明確には言えないけど・・・半年・・・1年・・・いや、もっと掛かるかもしれないし、意外と早く貴方を渚さんの元に返せるかもしれない。」

 期間が定められていない・・・それはある意味、蛇の生殺しのような物なのかもしれない。
 それでも機が来るその時まで、遥にはここで身を隠すという選択しか残されていなかった。
 今、遥が生きているという事がニュースで大々的に報じられる事になったら・・・今度こそ本当に烏月の祖父はどんな手段を講じてでも、どんな犠牲を払ってでも、遥と渚の命を狙おうとするはずだから。
 この日本に住む数多くの人々を、確実に鬼の脅威から守り抜く為に。

 その身に『神の血』を宿している為に、理不尽な理由で命を狙われた遥と渚。
 烏月はそんな遥に、渚を守る『力』を与えたいから。

 「だからその間に私は、遥さんに千羽妙見流を伝授しようと思う。」

 大切な人を守る力を、遥に与える。
 自らの手で未来を切り開く力を、遥には持っていてほしいから。
 それが烏月に出来る、せめてもの遥への罪滅ぼしだ。

 「そういう事だから、まずは腹ごしらえをしないとね。コンビニで買ってきたインスタントの奴なんだけど・・・おかゆを温めてきたんだ。」
 「そうだな・・・言われみれば、おなかが空いてきた。」
 「それなら安心だ。おなかが空いたという事は、体調が万全に戻ったという何よりの証だよ。」

 机の上に置いたおかゆを、烏月はベッドで横になっている遥に食べさせる。
 インスタントのおかゆを、電子レンジで温めただけの代物・・・それでも料理が全く出来ない烏月には、これ位の物しか用意出来なかった。
 せめてこの場に美咲か柚明がいてくれたら、もっとマシな物を用意出来るのだが。

 「どうかな?熱くないかい?もっと冷ました方が・・・」
 「・・いや、大丈夫だ。これで丁度いい熱さだよ。」

 烏月と話をしている内に、適度な熱さに冷めてくれたらしい。
 熱過ぎず、ぬる過ぎず、とても食べ易い熱さだった。

 「私は鬼切り役として、これまで剣の道ばかりを追及してきたから・・・女の身でありながら、料理は全然駄目なんだよ。恥ずかしい話なんだけどね。」
 「そうか・・・だったら千羽妙見流とやらを伝授してくれる代わりに、私が烏月に料理のいろはを叩き込んでやるよ。」
 「遥さんは料理が出来るのかい?」
 「さすがに渚ほど凝った物は作れないけどな。女の子なんだからフェンシングしか能の無いおてんば娘じゃ駄目よって、母さんが生きていた頃に叩き込まれたんだよ。」
 「ははは、それは頭が痛いよ。」

 それを言うなら烏月もまた、千羽妙見流しか能の無いおてんば娘だ。
 料理ならいつも母親が作ってくれるし、任務の時も大抵は外食か携帯食で済ませてしまうので、これまで烏月には自分で料理を作ろうという考えというか、機会そのものが無かったのだ。
 だが、折角の機会だ。遥に料理を学ぶのもいいかもしれない。
 これもまた、何かの縁という奴なのだろう。

 そんな事を考えながら、烏月はとても穏やかな表情で、遥におかゆを食べさせてあげたのだった・・・。

4.切磋琢磨


 実を言うと烏月は、当初は遥のフェンシングを甘く見ていた。
 遥がフェンシングの達人だと言っても、フェンシングというのは所詮は『技』だと。決められた『ルール』に縛られた、ただの『競技』でしか無いのだと。
 それ故に烏月は、本物の『実戦剣術』という物を遥に思い知らせてやろうかと・・・ちょっとした自惚れみたいな物を心の奥底で思い込んでしまっていたのだ。

 だが烏月は、失念していた。
 遥が現役の警備員で、自分と同じように戦いの中に身を置いている少女だという事を。
 そして遥のフェンシングが『ルール』の枠の中に留まらない・・・警備員として力無き人々を守る為の、『実戦剣術』として昇華されているという事を・・・。

 「・・・ぐあっ!!」

 烏月の木刀が、乾いた音を立てて床に転がり落ちた。
 威風堂々と、遥はアポロンを烏月の喉元に突きつけている。

 「どうした烏月?千羽妙見流というのは、所詮はこの程度の代物なのか?」
 「くっ・・・この速く正確無比な太刀筋・・・これが『フェンシング』か・・・!!」
 「実際に見たのは初めてか?まあ無理もあるまい。剣道や柔道と違って、日本ではあまり馴染みの無い武術だからな。」

 斬撃の1つ1つが非常に速くて正確無比。それが烏月の剛剣に匹敵する程の威力を秘めているのだ。
 それに千羽妙見流には無い、遥の独特のステップ。一瞬で間合いを離したかと思えば、一瞬で間合いを詰めてくる。
 遥の独特の剣術の前に、烏月は戸惑いを隠せなかった。

 だが戸惑いを感じはしたが、それでも別に見切れない程ではない。
 木刀を構え直し、烏月は真っ直ぐな瞳で遥を見据える。

 「・・・素直に謝るよ。私は貴方の事を甘く見過ぎていたようだ。」
 「この凄まじい剣気・・・いよいよ本気モードという訳か。」
 「見せてあげよう、遥さん。貴方に千羽妙見流の真髄を。」

 千羽妙見流奥義・縮地法。
 一瞬にして烏月は、遥との間合いを詰める。

 「何っ!?」

 遥はとっさにアポロンで、烏月の一撃を受け止めた。
 遥にも劣らない烏月の剛剣の威力。ギシギシと遥のアポロンが悲鳴を上げる。

 「さすがだね、遥さん。初見でこの技を見切ったのは梢子さん以来だ。」
 「この動きは・・・!?全くのノーモーションで私との間合いを一瞬で詰めるとは・・・!!」
 「これが千羽妙見流の極意の1つだよ。遥さんならそれ程苦労せずにマスター出来るだろう。」
 「・・・成る程な・・・面白い・・・これが千羽妙見流か・・・!!」 

 今の烏月は、かつての明良と同じ事をやっている。
 明良が千羽党に追われた白花を極秘に庇い、千羽妙見流を伝授したように・・・烏月もまた、自分の祖父に命を狙われた遥を極秘に庇い、同じように千羽妙見流を伝授しているのだ。

 だが明良の時と違うのは、遥が最初から烏月にも匹敵する程の実力者だという事。
 むしろ純粋な剣を扱う『技術』に関しては、逆に烏月の方が遥に教わる事が多い程だ。
 自分の太刀筋には無い、『精密さ』と『正確さ』。これを上手く自分の物にする事が出来れば・・・烏月はそんな事を考えていた。

 そして遥もまた、自分の剣術には無い千羽妙見流の奥深さに、素直に感銘していた。 
 凶悪犯罪者を『捕らえ』、力無き人々を『守る』事に重点を置かれた自分の剣とは違う・・・標的を『殺す』為の技術をとことんまで突き詰めた、悪い言い方をするなら『殺人剣』。
 これを、自分の『守る為の剣術』に応用する事が出来れば・・・遥はそんな事を考えていた。

 そう、切磋琢磨。
 烏月の剣の優れた部分を遥が吸収し、遥の剣の優れた部分を烏月が吸収する。
 どちらが師匠でも、どちらが弟子でも無い。互いの剣を高め合う為に、互いを良い手本として、互いに対等の立場で学び合う。
 今の遥と烏月は、まさにそんな関係だった。

 「それで烏月、ご飯を炊くには、まずは米を洗わなければいけないんだが・・・」
 「分かった。それでは遥さん、洗剤を貸してくれ。」
 「・・・・・(汗)」

 ……烏月への料理教室を除いて。

 「烏月、ジャガイモの皮を剥く時は、そうやって包丁を回すんじゃない。こうやって材料の方をクルクルと回すんだ。」
 「むう・・・包丁の扱いというのは、意外と難しい物なんだな・・・」
 「次はそのジャガイモを適当な大きさに切って、鍋の中に入れるんだ。」
 「うーん・・・中々綺麗に切れないな・・・」

 同じ刃物でも、維斗と包丁ではこうも使い勝手が違う物なのか。
 戸惑いを隠せない烏月だったが、その戸惑いさえも今の烏月は心の底から楽しんでいた。
 料理なんて今まで一度もやった事が無かったが、こうして自分でやってみると中々奥が深くて面白みがある。
 この際だから遥から徹底的に料理を学んで、自分で色々作れるようになってみようかと・・・そして上達した暁には、東条さんたちに何か作ってやろうかと・・・烏月はそんな事を考えていた。

 「・・・よし、後はルーを入れて煮込むだけでOKだ。初めてにしては上出来じゃないか。」
 「ようやく完成か・・・柚明さんや美咲さんは、いつも凄く簡単そうに作ってるけど・・・料理というのがこんなに大変な物だとは知らなかったよ。」
 「慣れれば本当に簡単に出来るようになるさ。私も最初は苦労したんだけどな。」

 こうして烏月が初めて作ったカレーは、見た目はアレだが遥が指導してくれたお陰からか、味の方は別に悪くは無かった。
 自分が初めて作った料理・・・それ故に烏月には、このカレーがとても美味しく感じられた。

 そして遥がとても美味しそうにカレーを食べてくれているのを見て、柚明や美咲がとても幸せそうな表情で料理を作っている理由が、烏月にも何となく理解出来るような気がした。
 自分が作ってくれた料理を、美味しそうに食べてくれる・・・料理人にとって、これ以上の幸せは無いのだから。

 こうして昼食の後に再び修行を再開し・・・夕食は遥が作ったのだが、烏月が作ったぎこちないカレーとは比べ物にならない程、遥が作った野菜炒めとチャーハンは見た目が凄く綺麗で、とても美味しい代物だった。
 いつか必ず、遥より美味しく料理を作れるようになってみせると・・・烏月は妙な対抗心を燃やしていたのだった・・・。