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アカイイト新章・神の化身の少女

前章「大切な人・・・」(後半)


5.誓いと覚悟


 そして、運命の土曜日の朝・・・多くの来賓を招いた吉原コンツェルンの御曹司と美奈の結婚式が、教会において盛大に行われようとしていた。
 教会の周辺には数多くの警備員が配備され、結婚式を滞りなく進行させる為に厳重な警備体勢が敷かれている。

 「ぶひ、ぶひひ・・・美奈ちゃん、いよいよ僕ちんと美奈ちゃんが結ばれる時が来たねぇ!!ぶひひひひ!!」
 「・・・・・。」

 デブでブサイクな新郎・・・吉原コンツェルンの御曹司が、ウェディングドレス姿の美奈を、とても嫌らしい目つきで見つめている。
 そんな御曹司とまともに視線を合わせる事無く、美奈はとても曇った表情でうつむいている。
 無理も無いだろう。大好きな人である安弘との付き合いを両親に厳しく拒絶され・・・吉原コンツェルンに取り入る為に、このようなデブでブサイクで嫌らしい男と、無理矢理結婚させられる羽目になってしまったのだ。美奈が落ち込むのも当たり前だ。

 「・・・それで会長、今回の美奈と坊ちゃんとの結婚をきっかけにして、是非とも高崎食品の事をごひいきに・・・」
 「分かっておる分かっておる。高崎食品には我等吉原コンツェルンからの全面的なサポートを約束させてもらおう。何しろ社長令嬢が、息子が一目惚れした娘なのだからな。」
 「いやあ、助かります。これで我々の経営はさらに磐石になるという物・・・」
 「持ちつ持たれつ、仲良くやっていこうではないか。はっはっは。」

 そんな美奈の心情など知った事では無いと言わんばかりに、美奈の父が吉原コンツェルンの会長の機嫌取りの為に、ひたすら媚を売っていた。
 彼は美奈の幸せではなく・・・会社の経営が磐石になる事を切に願っているのだ。
 だが、それが政略結婚という物だ。美奈の意志や幸せなど関係無い。
 家の為に、会社の為に、巨大な富を得る為に・・・美奈はその為の道具として、吉原コンツェルンに嫁に出されていく。

 この結婚を契機にして大企業の吉原コンツェルンに取り入る事が出来れば、高崎食品の経営はさらに磐石になり、事業もどんどん広げていく事が出来るだろう。美奈の父はそれを想像して、思わず笑みが止まらなくなってしまっていた。

 「・・・汝・吉原拓郎は、健やかなる時も病める時も、吉原美奈を汝の妻とし、生涯に渡って愛し続ける事を誓いますか?」
 「ぶひひひひ!!誓います!!ぶひひひひ!!」

 神父の誓約の問いかけに、とても嫌らしい笑みを浮かべながら誓約を誓う御曹司。
 その様子を吉原コンツェルンの会長、美奈の両親、そして数多くの来賓が、とても穏やかな微笑みで見つめている。
 それとは対照的に・・・美奈の表情は、未だに曇ったままだ。

 (安弘さん・・・私・・・出来れば貴方とこうして結婚式を挙げたかった・・・)

 目を潤ませながら、美奈は金輪際もう二度と会う事が許されないであろう、安弘や智沙との沢山の思い出を頭の中に浮かべていた。
 自分が大企業の御曹司に気に入られた為に・・・自分が社長令嬢であるが故に・・・こうして政略結婚させられる事になってしまった。

 本当なら今頃は、安弘さんと楽しくデートしていたはずなのに。
 そう言えば安弘さんは、もうすぐ巡査長に昇進出来そうだと言ってたっけ。
 巡査長に昇進出来たら・・・私から何かお祝いをしてあげたかったな・・・。
 でも、私がいなくなったら・・・安弘さんは一体誰と付き合う事になるんだろう・・・一体誰と結婚する事になるんだろう・・・。

 結婚式の最中だというのに・・・こんな時でさえも美奈は、安弘の事ばかりを考えてしまう。
 それ程までに美奈は、安弘の事を深く深く愛しているのだ。
 それ故に美奈の目には、うっすらと涙が。

 「・・・何だ、美奈君は何故泣いておるのだ?」
 「なあに、嬉し涙ですよ会長。はっはっは。」
 「そうか、そうだよな。我々吉原家に嫁ぐ事が出来るのだ。嬉しくて涙が出るのも無理も無いか。はっはっは。」

 美奈の悲しみなど全く理解する事無く、美奈の父と吉原コンツェルンの会長が高笑いする。
 そんな2人の会話を聞いて、美奈は拳をわなわなと震わせて歯軋りしていた。
 美奈の大切な人・・・安弘の事を、深く深く想いながら・・・

 「・・・汝・吉原美奈は、健やかなる時も病める時も、吉原拓郎を汝の夫とし、生涯に渡って愛し続ける事を誓いますか?」
 「・・・・・。」

 誓います・・・この言葉を言ってしまえば、もう美奈は後戻り出来なくなってしまうかもしれない。
 言葉は言霊。誓いは誓約・・・美奈が自らの口で御曹司への愛を誓うという行為には、即ち契約書にサインをするのと同じ位の『重み』が伴うのだ。
 それ故に、美奈が御曹司への愛を誓ってしまえば・・・今度こそ本当に、大好きな安弘との完全なる決別を意味する事になりかねない。

 だが・・・それでも美奈は、誓いの言葉を言わなければならない。
 ここで御曹司との結婚を反故にしてしまうなど、今の美奈には許されない。
 家の為に・・・会社の為に・・・吉原コンツェルンに取り入り、高崎食品の経営をさらに磐石にする為に・・・

 「・・・吉原美奈?」
 「・・・・・。」

 誓います・・・美奈が震える声でそう告げようとした、その時だ。

 「・・・ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 「・・・っ!?」

 聞き覚えのある声がした。とても懐かしい声がした。
 そして・・・美奈の心が、とても安心させられる声がした。
 ここにはいないはずの・・・ここに来ることなど許されないはずの・・・美奈の大切な人の声が。

 美奈が振り向くと、そこにいたのは・・・扉の前で威風堂々と、スーツ姿で美奈をじっ・・・と見据えている安弘と・・・そして安弘の父と智沙の姿。
 そして安弘は周囲の者が止める暇も無く、美奈の下に物凄い勢いで走り出し・・・美奈と御曹司の間に割って入ってきた。
 まるで御曹司の魔の手から、美奈の事を守るかのように。
 予想外の出来事に、その場にいた誰もが驚きを隠せず・・・途端に大騒ぎになる。 

 「な・・・何なんだあの男は!?警備員たちは何をやっていたのだ!?」

 美奈の父が怒りの形相で怒鳴り散らすが、外の警備員たちは安弘たちが結婚式に乱入してきた事に、全く気付いていないようだ。
 まるで何事も無かったかのように、外の警備員たちは今も侵入者に結婚式の邪魔をさせない為に、会場の外へと目を光らせている。
 これこそが智沙の式神・アクリアの力。普通の人間には智沙が許可した者以外には、アクリアに触れている者を認識する事が出来ないのだ。

 「や・・・安弘さん・・・どうして・・・!?」
 「事情は智沙から聞いた。お前とこんなデブとの政略結婚なんざ、俺は絶対に認めねえよ。」
 「・・・でも・・・でも・・・!!」
 「こんなデブにお前は渡さねぇ。お前を心から愛しているのは俺だけだ。だから俺は・・・もう1度お前を、俺の女にする!!」

 美奈の父に怒鳴られてようやく異常に気付いた外の警備員たちが、慌てて教会の中に入って安弘を捕まえにやってきた。
 だがそんな警備員たちの前に、智沙が威風堂々と立ちはだかる。
 智沙の周囲を舞う無数の光翼鳥が、一斉に警備員たちに向かって飛んでいく。
 そして光翼鳥が警備員たちの体の中に融けていき・・・とても安らかな表情で、警備員たちは一斉に安らかな眠りの中へと落ちていった。

 「な・・・な・・・な・・・!?」
 「心配いりませんよ。私の『力』で少し眠らせただけですから。」
 「び・・・貧乏娘・・・お前は一体何者なんだ・・・!?」
 「安弘さんの邪魔はさせない・・・美奈先輩をあんなデブには渡さない!!」
 「ひ、ひいっ・・・こっちに来るな!!この化け物めぇっ!!」

 智沙の『力』に怯え、腰を抜かして後ずさる美奈の父。
 そんな周囲の喧騒など全く耳に入らず、安弘と美奈は穏やかな笑顔で、互いの事を見つめ合っていた。
 先程までの絶望と悲しみは、今の美奈からは微塵も感じられない。

 「美奈。お前は高崎食品と吉原コンツェルンの業務提携の為に、このデブと政略結婚させられる事になった・・・それは間違いじゃないんだな?」
 「・・・はい。」

 涙を流しながら、震える声で頷く美奈。
 その美奈の仕草だけでも、美奈がどれだけ辛く悲しい思いをしたのか・・・安弘には痛いほど伝わってきた。
 自分の会社の利益の為に、娘を好きでもない相手と強引に政略結婚させる・・・自分の娘の人生や幸せを奪うような非道な真似を、どうしてこうも簡単に行う事が出来るのか。
 そんな美奈をもう1度この手に取り戻す為に、美奈との幸せな人生を掴み取る為に・・・安弘は自らの決意と覚悟を、腰を抜かしている美奈の父にはっきりと告げた。

 「・・・おい、そこのクソジジイ!!」
 「ひ、ひいっ・・・!?」
 「だったらこんなデブなんぞじゃなく、この俺が美奈の政略結婚の相手になってやるよ!!アンタら高崎食品と・・・この俺が代表を務める事になった、松本グループの業務提携の為にな!!」
 「ま・・・松本グループだとぉ!?」

 まさに威風堂々。安弘の瞳からは一片の迷いも感じられない。
 松本グループ・・・この名前を聞いた来賓たちが、一斉に仰天してしまった。
 あの若杉グループに匹敵する、世界有数のグループ企業。昨年度の売り上げはグループ全体で4兆円を計上しており、これは吉原コンツェルンとは比較にならない金額だ。 

 「ば・・・馬鹿な・・・美奈はお前の事を警察官だと・・・」
 「警察ならもう辞めた!!親父の跡を継いで、松本グループの代表に就任する為にな!!」
 「な・・・な・・・な・・・!?」

 そう・・・これが安弘が先日、父に告げた事。
 美奈が大企業との業務提携の為に政略結婚させられるなら、自分がもっと大企業の代表になって、美奈の父を無理矢理納得させる・・・その為に安弘は警察を辞めて、父の跡を継ぐ事を決意したのだ。
 安弘の決意を知って、何て独りよがりで身勝手な理由なんだと、そう馬鹿にする者もいるだろう。
 だがそれでも、これが美奈との幸せを掴み取る為の、安弘の『覚悟』なのだ。

 「・・・おい、デブ。」
 「ぶ、ぶひひっ!?」
 「てめぇ・・・美奈と結婚しようってんなら、生涯を懸けて美奈を守り抜こうっていう『覚悟』は、ちゃんと持ち合わせてるんだろうなぁ?あ?」
 「か、覚悟って、意味が分からないでげす!!僕ちんは美奈ちゃんの可愛さに胸がズッキューーンってなったから、結婚を申し込んだだけでげす!!」

 覚悟の意味が分からない・・・その言葉を聞いた安弘は、失望交じりの溜め息を漏らした。
 こんな情け無い男に、美奈が無理矢理嫁に出されそうになっていたとは。
 これが・・・こんな物が、政略結婚という物なのかと・・・。

 「・・・てめぇの美奈への想いは・・・所詮はそんな程度だって言うのかよ・・・!?」
 「ぶひいっ!?」
 「自分の伴侶を生涯懸けて守り通す『覚悟』も無ぇ奴が、軽々しく結婚なんて考えるんじゃねえよこのカスが!!目障りだからとっとと消えちまえ!!」
 「ぶひひひひひいっ!!」

 安弘に怒鳴り散らされて、御曹司は泣きながら逃げ去ってしまった。
 所詮はこの程度・・・御曹司は美奈の事が気に入ったから結婚を申し込んだだけで、美奈を守ろうとか幸せにしようとか、そういう『覚悟』は持ち合わせていなかったのだ。
 安弘に怒鳴られただけで、美奈を捨てて逃げ出してしまった・・・それがその証だろう。
 だが、安弘は違う。美奈を生涯懸けて守る覚悟も、幸せを掴み取る『決意』も持ち合わせている。

 「・・・さ~て、邪魔者は消えた事だし・・・結婚式の続きをしようや。」
 「え?安弘さん、続きって・・・」
 「この俺、松本安弘は、健やかなる時も病める時も、松本美奈を唯一の妻として、生涯に渡って愛し続け事を誓ってやるよ!!」
 「・・・や・・・安弘さん・・・」
 「お前はどうなんだ!?美奈!?」

 一瞬、きょとんとした表情になった美奈だったが・・・
 すぐに満面の笑顔を浮かべて、はっきりと安弘に告げた。

 「・・・はいっ!!私も誓いますっ!!」

 言葉は言霊。誓いは誓約。
 美奈は自らの口から、自分の意志で、安弘への愛を誓ったのだ。
 そして誓いの証として美奈は安弘に抱きつき、そっ・・・と唇を重ねたのだった・・・。

6.大切な人・・・


 こうして、他人の花嫁を無理矢理強奪するという暴挙に出た安弘だったが、自分の方があのデブよりも美奈と深く愛し合っているという事、美奈を守る覚悟を持っているという事・・・そして何よりも松本グループの代表として、あのデブよりも政略結婚の相手として相応しいという事を主張し、美奈の両親はあっさりと安弘と美奈の結婚を認めてしまった。

 息子の結婚を妨害された吉原コンツェルンの会長だったが、息子が『傷モノの(安弘とキスした)美奈ちゃんなんか、もういらないんだぶー!!』などと言い出した上、何よりも松本グループを敵に回すのは好ましくないと判断し、あっさりと美奈を諦める事になってしまった。

 「安弘・・・今一度聞くが・・・本当に私の跡を継いでもいいのか?」
 「親父・・・。」 

 美奈と手を繋いで戻ってきた安弘に対して、父は複雑そうな表情をしていた。
 あれだけ苦労して、大変な思いをして、あこがれの警察官になる事が出来たというのに。
 それを安弘は、美奈との結婚を美奈の父に無理矢理認めさせる為に、その地位を自らの意志で捨ててしまったのだ。
 松本グループの代表となり、美奈との政略結婚の相手として相応しい存在になる為に。

 「親父、この間も言ったばかりだろう。確かに警察官は俺のあこがれだった。だがそれでも、美奈が俺の隣にいてくれないんじゃ、俺にとっては何の意味も無いんだよ。」
 「・・・安弘・・・本当にいいんだな・・・?」
 「大体なあ、もう青城警察署に辞表を出してきたっつーの。それにこうして美奈をあのデブから強奪しちまったんだしな。だから俺にはもう、親父の跡を継ぐしか道は残されていないんだよ。」
 「そうか・・・それがお前の『決意』と『覚悟』か・・・」

 大切な人である美奈との幸せの日々を掴む為ならば、あこがれだった警察官の地位でさえも、安弘は喜んで投げ捨てる。
 警察官の地位と美奈との幸せの日々・・・どちらかを選べば、どちらかを捨てなければならない。
 まさに究極の二者択一だが、安弘は何のためらいも無く美奈との幸せの日々を選んだのだ。

 「・・・安弘・・・本当にありがとうな・・・私の跡を継いでくれて・・・!!」
 「・・・何だよ、跡を継いで欲しかったってんなら、最初からそう言えよ。」
 「言えるはずが無かろうが・・・お前が自分の将来の夢に向かって、あれだけ真っ直ぐに進んでいたというのに・・・親としてそれを邪魔する事など、出来るはずが無かろうが・・・!!」

 安弘の父は、息子がどれだけ大変な思いをして警察官になったのかを知っている。
 そして警察官として安弘が、とても充実した日々を過ごしていたという事も。
 そんな息子に松本グループを継げなどと・・・親として到底言えるはずが無かったのだ。

 「・・・安弘さん。美奈先輩。ご結婚おめでとうございます。」
 「智沙。俺がこうして美奈と結婚出来たのも、お前とアッキーのお陰だ。感謝してるぜ。」
 「2人共、絶対に幸せになって下さいね。私はずっと2人の事を見守っていますから。」
 「おうよ。必ず美奈の事を幸せにしてみせるぜ。お前も早く素敵な男を見つけて、俺たちに紹介してくれよな。」

 充実した笑顔を見せている安弘を見て、智沙はとても穏やかな表情になる。
 大好きな美奈を安弘に取られてしまったのは、少し妬けてしまうけれど・・・それでも美奈の相手が安弘なら、智沙は満足だった。

 「・・・そう・・・私はずっと、2人の事を見守っていますから・・・」
 「・・・は?」
 「新婚旅行、確か北海道に行くとか言ってましたよね?楽しんできて下さいね。」
 「お、おう?」

 智沙は、美奈も安弘も大好きなのだから。
 だから智沙はこれからもずっと、美奈と安弘の傍にいる。
 父親は浮気が発覚して母親を捨てて離婚し、母親も心労が祟って病気で死んでしまった。
 今の智沙は、家に帰っても一人ぼっち。
 だから今の智沙には、如月智沙としての人生を終わらせる事に悔いは無い。

 誰もいない、ひっそりとした自宅。安弘と美奈が新婚旅行に出かけたのを見届けた智沙は自宅に戻り、お風呂に入って身体を清め、パジャマに着替え、布団の中で横になっていた。
 とても穏やかな笑顔で智沙はゆっくりと目を閉じ、安弘と美奈の事を考える。
 こんなにも穏やかな気分で転生するのは、一体いつ以来だろうか。

 如月智沙として生まれた今回の転生では、裕福とは言えない生活を強いられ・・・父親には捨てられ、母親は心労が祟って病死してしまった。
 だがそれでも美奈と安弘のお陰で短い間ではあったが、最期に幸せな大学生活を満喫する事が出来た。
 そして今度の転生では、今回とは一転して超金持ちの家に生まれる事になる。

 (次の転生先では、安弘さんと美奈先輩と、そしておじさんに、一体どんな名前を付けられるんだろう・・・そしてこの3人と、どんな幸せな人生を歩む事が出来るんだろう・・・)

 頭の中で3人と笑い合いながら過ごす光景を思い浮かべ、智沙はとても安らかな気分になる。
 如月智沙としての自分が死を迎える事で、安弘も美奈も・・・そして大学の弓道部のチームメイトたちも、とても悲しむ事だろう。
 智沙にとってはそれだけが心残りだったが、それでも智沙は美奈と安弘の傍にいたいから。
 美奈や安弘と同じ目線で、この2人との幸せの日々を過ごしたいから。

 だから今から智沙は、転生の術を発動させる。
 美奈の娘となって、新しい人生を歩み出す為に。

 (安弘さん・・・美奈先輩・・・さようなら・・・そして・・・また会いましょう・・・) 

 次の瞬間、智沙の体が金色の光に包まれ・・・智沙の魂が一羽の光翼鳥となって、アクリアに大事そうに守られながら、今は北海道にいる美奈の下へと飛んでいく。
 そして後に残されたのは・・・とても穏やかな表情で眠っているかのような、安らぎに満ちた表情の智沙の亡骸だった・・・。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、北海道への新婚旅行から帰ってきた安弘と美奈は、智沙が死んだと近所の人から聞かされて、さすがにショックを隠せなかった。
 死因は不明だが家の中に争った形跡が無く、遺体にも傷1つ無かった事から、警察は事件性が無い病死だと判断した。
 だが不思議な事に、死後数日が経っているにも関わらず遺体は全く腐敗しておらず、とても綺麗な状態を保っていたのだという。
 そして・・・その死に顔は何かに満足したかのように、とても安らかな物だったと・・・。

 原因不明の智沙の死に動揺した安弘と美奈だったが、それでも智沙のお陰で自分たちの今の幸せがあるのだという事を心に刻み込み、智沙の分まで必ず幸せになってやろうと・・・そう心に誓ったのだった。

 それから1年の時が流れ・・・青城病院で美奈が、新たな命を産み落としていた。
 とても慈愛に満ちた表情で、美奈が小さな赤子を抱きかかえている。

 「おめでとうございます。とても元気な女の子ですよ。」

 看護婦にそう声を掛けられ、安弘は安堵に満ちた表情をしていた。
 ベッドの上で赤子を抱きかかえている美奈に、安弘は優しく声を掛ける。

 「よく頑張ったな、美奈。お前に似てとても可愛らしい娘じゃねえか。」
 「ええ、安弘さんと私の、愛の結晶ですよ?」
 「こいつはきっと大物になるぞ。何てったって、俺とお前の娘なんだからな。」

 とても穏やかな表情で、安弘は赤子を大事そうに抱きかかえる。
 とても軽くて、少し力を入れれは壊れてしまいそうな・・・それでも安弘は目の前の小さな命から、とても大きな『重み』を感じていた。

 この小さな赤子が、自分と美奈との間に生まれた娘なのだと。
 そして自分と美奈がこうして子供を授かる事が出来たのも、智沙が自分と美奈を結びつけてくれたお陰なのだという事を。
 だから智沙の分まで、この子と一緒に家族で幸せにならなければいけないのだと。

 「それで安弘さん・・・この子の名前をどうするのか、もう決めてあるんですか?」
 「おう。俺も色々考えんだけどよ。俺とお前がこうして無事に結婚する事が出来たのも、全てアッキーと智沙のお陰だよな?」
 「そうですね・・・智沙とアクリアがいてくれなかったら、今頃私は安弘さんとは・・・」
 「だからその感謝の意味も込めて、お前と智沙の名前を組み合わせて・・・美沙っていう名前はどうかって思うだけどよ。美しいっていう字に、沙羅双樹の沙。」

 その名前を聞いて、美奈は少し苦笑いをした。
 安弘が心を込めて考えてくれた名前だというのは、美奈にも分かっているのだが・・・。

 「女の子の名前としては、悪くは無いと思うんですけど・・・沙羅双樹から名前を取るのは、縁起が悪いような気がするんですけど・・・」
 「そ、そうか?」
 「だって沙羅双樹って、お釈迦様が死んだ時に傍にあった樹なんですよ?」
 「・・お、おう?」 

 沙羅双樹のように、いつまでも美しい心の持ち主でいてほしい・・・安弘の伝えたい想いは分かるのだが、沙羅双樹の伝承には釈迦の『死』が関わっており、それがこの子の死期を早めてしまうのではないか・・・美奈はそう危惧しているのだ。
 沙羅双樹というのは仏教においては神聖な植物だとされているのだが、時じくの花を咲かせ、あっという間に枯れてしまったと伝えられている樹なのだから。

 「・・・ならば、美咲というのはどうだ?」

 そこへ安弘の父が、とても穏やかな表情で妙案を出してきた。

 「美しく咲く・・・と書いて、美咲だ。この子にはずっといつまでも、野に咲く可憐な花のような美しい心を持っていて欲しい・・・美奈と智沙ちゃんの名前も混じっておるし、悪くは無かろう?」
 「・・・おお!!凄えじゃねえか親父!!それは名案だぜ!!」
 「そうですね・・・美咲ちゃん・・・とてもいい名前だと思います・・・」

 赤子が安弘の腕の中で、きゃっきゃっと嬉しそうに笑っていた。

 「ようし!!今日からお前の名前は松本美咲だ!!これ決定事項な!?」
 「美咲ちゃん・・・これからもよろしくね。」
 「俺たちがお前の事を、必ず幸せにしてやるからな!!」
 「ええ、私と安弘さんを導いてくれた、智沙の分まで・・・」
 「あっはっはっはっは!!」
 「うふふふふ・・・」

 安弘に高い高いされながら、美咲と名付けられた赤子は嬉しそうにはしゃいでいた・・・。

 (・・・これからも、ずっと一緒ですよ・・・お父様・・・お母様・・・おじい様・・・)

7.後悔を誓いに変えて


 「・・・そうか・・・美咲のご両親の間に、そんな出来事が・・・」

 美咲から思い出話を聞かされた烏月は、何とも複雑な表情になっていた。
 その美咲の大好きな両親を・・・安弘と美奈を、烏月は自らの手で殺してしまったのだ。
 鬼に取り憑かれてしまった2人を救い、鬼による被害者をこれ以上出させないために。
 だからと言ってこの件に関しては烏月1人を責められる物ではないし、美咲も今更烏月を責めるつもりも無い。

 当時の烏月は鬼切り役に就任したばかりで、人を殺さずに鬼だけを殺す絶技・・・『鬼切り』を習得していなかったのだ。
 あの時の状況では安弘と美奈ごと鬼を殺す事以外に、他に2人を救う方法が無かった。だから烏月を責める事など筋違いという物なのだ。それは美咲も充分に承知している。
 だからこそ美咲は、シズネたち鬼の3姉妹を取り逃がしたあの時・・・烏月の忌まわしい過去を、自らの木刀で断ち切ったのだから。

 だが・・・もしあの時、烏月が鬼切りを習得していたら。
 きっと2人を殺す事無く、鬼だけを殺す事が出来ていたはずだ。
 それを思うと、烏月は悔やんでも悔やみ切れない。

 「・・・美咲。」

 それでも烏月は、その後悔の念を誓いの証に変える。
 自分が殺してしまった美咲の両親の分まで、美咲だけは絶対に守り抜いて幸せにしてみせると・・・そう心に誓ったのだから。

 「私は・・・そんな美咲の大切なご両親を、この手で殺した。」
 「でも烏月さん、それは・・・」
 「それでも私は美咲を守るよ。そして絶対に幸せにしてみせる。」

 美咲の胸に顔をうずめ、烏月は美咲の身体をぎゅっと抱き締める。
 大切な人である美咲が、今確かにここにいる・・・その感触を身体に刻み込む為に。

 「同じ過ちは、もう二度と繰り返さない。今の私は『鬼切り』を習得しているし、美咲の『神の血』も身体に取り込んで、あの頃よりも遥かに強くなった。」
 「・・・烏月さん・・・」
 「だから、いつまでも昔の事を悔やんでいても仕方が無い。その後悔をバネにして、私は前に進まなければならないんだ。」

 そう・・・それが烏月の美咲への誓い。
 過去の出来事に振り回されて、いつまでも後悔ばかりしていても始まらない。
 だからこそ前を向いて、美咲との幸せな未来の為に歩き出さなければならないのだ。
 それが安弘と美奈に対する、烏月の精一杯の償いだ。

 「・・・烏月さん。私も誓います。」

 美咲もまた、自分の胸に顔をうずめている烏月の頭を、ぎゅっと優しく抱き締める。
 大切な人である烏月が、今確かにここにいる・・・その感触を身体に刻み込む為に。

 「私は烏月さんと一緒に、必ず幸せになります。ええ、天国にいるお父様とお母様に、私たちのラブラブっぷりを存分に見せびらかしてあげますよ。」
 「ああ、2人で幸せになろう。美咲のご両親の分まで、必ず幸せになろう。」
 「・・・ねえ・・・烏月さん・・・」
 「・・・何だい?」

 とても慈愛に満ちた微笑みで、美咲は烏月にはっきりと告げた。

 「そんな烏月さんの事が、私は大好きです・・・!!」
 「私もだよ、美咲・・・貴方は私の物だ。誰にも渡さない・・・!!」
 「烏月さん・・・私も貴方の事を離しませんから・・・!!」
 「この世界で、2人で一緒に添い遂げよう。」
 「はい・・・ずっと一緒です・・・!!」

 その誓いを胸に秘め、烏月と美咲は互いの身体を抱き締め合い、その温もりを身体に刻み込み・・・そして自然に引かれ合うように、2人は優しく唇を重ねたのだった・・・。