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アカイイト・アナザーストーリー

★因縁


1.非情なる邂逅


 「あーーーーっ!!クソがムカつくぜあの野郎ーーーーーーー!!」

 ある土曜日の夕方・・・青城にある繁華街のゲームセンターから出てきた3人の男子高校生の1人が、怒りの形相で近くにあった自動販売機を思い切り蹴飛ばした。
 男の怒鳴り声と派手な打撃音に、周囲の通行人たちは誰もが怯えた表情を見せる。
 そんな彼らを、因縁を付けるかのように睨みつける男。

 「んだよてめぇら・・・何見てんだコラァ!?」
 「おいおい竹原。気持ちは分かるが少しは落ち着けって。」
 「だってあの野郎、俺がナンジェリアと戦ってる最中に乱入しやがって、しかもハメ技ばっか使いやがってよぉ!!これが怒らずにいられるかってんだよ!!もう少しでクラリンチェのエンディングを見れる所だったのに邪魔しやがって!!」

 頭に血が上っている竹原と呼ばれた男と、それをどうにか落ち着かせようとする2人の男。
 この3人は中学時代、桂の事をいじめていた男子高校生たちだ。
 繁華街のゲームセンターまで遊びに来たのはいいのだが、そこの格闘ゲームの対戦台でラスボスと戦ってる最中、しかももう少しでエンディングだという所で乱入され、全く歯が立たずに一方的な展開で負けてしまったのだ。

 だがいかにラスボスと戦ってる最中でエンディング目前だろうと、それが『対戦台』である以上は乱入された事に文句を言うなど、完全にマナー違反で逆恨みだ。
 これが一人用の台でプレイしている最中に不当に邪魔をされたというのであれば、竹原の怒りは限度を超えさえしなければ、極めて正当な物だと言えるだろう。
 だが竹原が遊んでいたのが『対戦台』である以上は、明らかに文句を言い出した竹原の方に非がある。むしろ対戦相手は何も悪い事などしておらず、それどころか完全な被害者だ。

 「あームカつくぜ!!誰か殴りてぇーーーーーーーっ!!」

 自動販売機の近くに置いてあったゴミ箱を竹原は思い切り蹴飛ばし、地面に転がったゴミ箱から大量の缶やペッドボトルが溢れ出てくる。
 その様子を通行人たちは怯えながら見て見ぬ振りをして、慌ててその場を去っていく。
 余計な面倒事に巻き込まれたくない・・・誰もがそう思っているのだ。
 それ故にこの3人を咎める者は誰もいない。誰もこの3人を止められない・・・。

 「・・・おい竹原。須藤。」
 「あ?どうしたよ笹崎。」

 笹崎と呼ばれた男がニヤニヤしながら、近くのゲームショップから出てきた桂を指差した。
 竹原たちが先程起こした騒ぎに気付く事無く、とても嬉しそうな表情で紙袋を鞄の中に入れて、柚明が待つマンションに帰宅する為に駅に向かおうとする。
 思わず顔を見合わせた竹原たちは、途端にニヤリとして・・・

 「・・・これも何かの縁って奴だ。久しぶりにあいつの事をからかってやろうぜ。」
 「そうだな。そりゃあいいや。ストレス解消には丁度いいぜ。」
 「ああ、ゲーセンでの鬱憤をあいつで晴らしてやらぁ。」

 ニヤニヤしながら、かつて自分たちが楽しそうにいじめていた桂を追いかけて行った・・・。

2.因縁の戦い


 「それにしてもタタタマの限定版があの店で売れ残ってたとは思わなかったよ。Yabazonで予約が締め切られた時はさすがに焦ったけど・・・駄目元で店員さんに聞いてみて本当に良かったね。」
 『その限定版とやらのどこに惹かれる要素があるのか、私には全然理解出来ないんだけど。』
 「だってノゾミちゃん、今回のタタタマ限定版の特典にはね・・・っ!?」

 携帯電話を手に楽しそうにノゾミと会話していた桂だったが、突然背後から嫌な気配を感じた。
 慌てて背後を振り向くと、そこにいたのは見覚えのある・・・忘れることなど出来るはずがない・・・桂が心の底から忌み嫌っている3人の姿。

 「・・・竹原君・・・須藤君・・・笹崎君・・・!!」
 「よう羽藤。久しぶりだなぁ。何やってんだ?こんな所で。」

 あっという間に桂を取り囲み、人目に付かない物影へと強引に連れていった3人。
 先程までの幸せ絶頂の笑顔から一転して、桂はとても厳しい表情になる。
 無理も無いだろう。桂の目の前にいるのは中学時代に桂の事を面白半分にいじめ、肉体的にも精神的にもボロボロになるまで傷つけたクラスメイトなのだから。
 そして・・・彼らに桂がいじめられていたせいで、真弓は桂の為に無理をして、桂を私立のお嬢様学校に通わせ・・・それが原因で風邪と過労が祟って死んでしまったのだ。

 桂は今でも真弓が死んだのは、自分の弱さが原因だと思っている。
 私が弱かったせいで、お母さんは無理をして死んじゃったんだと。
 だがそれでも真弓の死には、桂の事を傷つけたこの3人が少なからず関わっていると言っても、決して間違いでは無い。
 桂にとってこの3人は、まさに因縁の相手とも言うべき存在なのだ。

 今は夕方で陽の光が直撃しており、ノゾミが具現化して桂を助ける事は出来ない。
 だがしかし、今の桂は昔のいじめられっ子の桂では無い。
 剣道部の練習で肉体的にも精神的にも、毎日のように徹底的に美咲に鍛えられているのだ。
 かつて自分の事をいじめた相手・・・全く動揺していないと言えば、嘘になる。
 それでも今の桂は、いじめっ子たちに負けない心の強さを持ち合わせているのだ。

 「・・・私に何か用?」

 中学時代の桂であれば、この3人に囲まれただけで恐怖のあまり泣き叫んでいただろう。
 だが今の桂の3人を見据える表情は、昔のような泣き顔では無い。背筋を伸ばし、凛とした態度で、何の迷いも無い強い意志を秘めた、とても力強い瞳をしている。
 その桂の威風堂々とした、可愛らしさの中に凛々しさすら感じられる態度に、竹原たちは途端に不機嫌そうな表情になった。

 「何だてめぇ・・・その偉そうな態度はよぉ・・・羽藤のくせに生意気なんだよぉっ!!」

 真弓の葬式の時に竹原たちが桂の事をからかったあの日から、もう1年近くになる。
 その1年の間に、桂が泣き虫では無くなっていた。それが竹原たちには気に入らないのだ。
 羽藤のくせに、弱虫のくせに、父無し母無しのくせに・・・と。
 ちょっとお前の立場って奴を思い知らせてやる・・・須藤がそんな事を考えながら、桂が持つ鞄を無理矢理ひったくった。

 「・・・おっ、こりゃあXbox360版タタタマの限定版じゃねえか!!」

 先程桂が買ったばかりのゲームソフトを紙袋から取り出し、須藤はニヤニヤした表情になる。

 「こんなプレミア物、羽藤なんかには勿体無ぇよなぁ!!俺らが有効活用してやるからありがたく・・・」
 「・・・返してっ!!」
 「ぐあっ!!」
 「はっ!!」
 「おげっ!!」

 腰から抜いた鬼払いで、桂はゲームソフトと鞄を持つ須藤の両手を思い切り叩いた。
 剣道で言う所の『小手打ち』・・・だが競技用の武器である竹刀と、まがりなりにも白花の力が宿った霊剣である鬼払いとでは、その威力に雲泥の差がある。
 それに美咲に徹底的に鍛えられた桂の太刀筋自体も、護身用として充分通用する程の鋭さと威力を秘めていた。

 須藤の両手に激痛が走り、思わずゲームソフトと鞄を地面に落としてしまう。
 その予想以上の威力に驚きを隠せない須藤だったが、すぐにカッとなって桂に殴りかかった。

 「てめぇ・・・何だよその木刀は・・・羽藤のくせに生意気なんだよオラァっ!!」

 桂に迫る、須藤の右拳。
 それを桂は最小限の動きで避け、須藤の足に自らの足を引っ掛け、左手で押し倒し、あざやかに転倒させた。
 それはさながら、須藤を相手に華麗なるダンスでも踊っているかのうに。
 自分より腕力のある相手を、自分は腕力を一切使う事無く、相手の腕力を巧みに利用し、必要最低限の動きだけで桂はいなしてしまったのだ。

 剣道だけではない・・・桂は本格的な護身術も美咲から徹底的に学んでいるのだ。
 こういう有事の際に、自分の身を自分で守れるようにする為に。
 桂の大切な人たちを、桂自身の手で守れるようにする為に。

 「ぶっ・・・!!」

 受け身もろくに取れずに、派手に顔を地面にぶつけてしまった須藤。
 硬いアスファルトの上にまともに身体をぶつけた衝撃で、須藤は悶絶して起き上がれない。
 その想像もしなかった桂の華麗な、美しくすらある鮮やかな動きを見て、竹原と笹崎は驚きを隠せなかった。

 「な・・・何だこいつ・・・本当にあの泣き虫羽藤なのか・・・!?」
 「・・・力が無いのが悔しかった・・・」
 「あ?」
 「私を守って皆が傷ついて、私1人だけが足手まといになって何も出来なかった・・・それが私は凄く悔しかった・・・!!」

 鬼払いを正眼に構え、桂は力強い瞳で竹原と笹崎をじっ・・・と見据える。
 かつて自分をいじめた相手・・・それ故に桂の心に精神的なプレッシャーが重くのしかかっていた。
 だがそれでも桂は、竹原と笹崎を相手に決して引かない。怯まない。
 美咲が桂を鍛えてくれたから。美咲が桂を成長させてくれたから。

 「だから私は強くなったの!!守られてばかりじゃ嫌だから!!今度は私が皆の事を守れるようになりたいから!!」
 「てめぇ・・・ふざけやがって・・・俺のボクシングの凄さを見せてやるよ!!」

 シュッ、シュッ!!
 笹崎が桂の前で、派手なフットワークでシャドースパーリングを始めた。
 だが桂に言わせれば、フットワークが派手過ぎる。シャドーにしてもそうだが、動きに無駄があり過ぎるのだ。

 「見ろ!!このスピード!!俺の音速の動きがてめぇに見切れるか!?」
 「・・・・・。」

 音速の動きなどと自慢するが、それでも美咲の神速の太刀筋を何度も何度も食らっている今の桂には、笹崎の動きが全然大した速さには見えなかった。
 桂は毎日のように美咲と手合わせし、情け容赦なくフルボッコにされているのだ。
 その美咲の速く鋭く華麗な、美しさすら感じられる太刀筋に比べれば、笹崎のボクシングなど全然大した事は無い。

 「オラァッ!!」

 笹崎の視線、両拳の向き、パンチの軌道、体捌き。
 動きに無駄があり過ぎて、どこを狙おうとしているのか完全にバレバレだ。

 「・・・はっ!!」
 「ぐあっ!!」

 先程と同じように桂は必要最小限の動きだけで、まるでダンスでも踊っているかのように笹崎を派手に転倒させた。
 そのまま倒れた勢いで電柱に身体をぶつけてしまい、激痛で悶絶してしまう笹崎。

 「・・・て・・・てめぇ・・・!!」
 「竹原君。今の私は昔のような泣き虫じゃないよ。」
 「ざけんじゃねえぞコラァ!!羽藤のくせに生意気なんだよぉ!!」

 今度は竹原が空手の構えを取る。
 須藤君や笹崎君よりも強い・・・桂は構えを見ただけで、竹原の実力を肌で感じ取っていた。
 竹原は1年前の真弓の葬式の時に、凛に対して

 『空手3段を舐めんじゃねえぞコラァ!!』

 と脅していたのだが、ハッタリではなく本当に空手を・・・しかも本当に有段者クラスの実力を持っているようだ。
 竹原だけは、先程のように華麗にあざやかに勝つというのは難しそうだ。

 「・・・竹原君。こんな事をしていて楽しいの?」
 「あ?」
 「こうやって弱い人をいじめて、傷つけて・・・一体こんな事のどこが楽しいの?こんな事をしていて、竹原君は心が痛まないの?」
 「はぁ!?何訳の分からねぇ事言ってんだてめぇは!?」
 「私は痛いよ・・・心が痛いよ・・・こうして須藤君と笹崎君が痛がってる所を見てると、凄く心が痛いよ・・・」

 休日に男にナンパされて、月光蝶で軽く脅して追い払うという事は何回か経験があるのだが、それでもこうして絡んできた相手を、正当防衛とはいえ剣術と護身術を駆使して実際に痛めつけたのは、実は今回が初めてなのだ。
 受け身を取れずにアスファルトや電柱に派手に身体をぶつけ、激痛で悶絶している須藤と笹崎。
 これは、桂がやった事なのだ。桂がこの2人を痛めつけたのだ。

 かつて自分を散々いじめた相手。間接的に母を死に追いやった、因縁の相手。
 ざまあみろと思っても不思議じゃないのに。唾でも吐きかけてもいいはずなのに。
 それなのに今の桂は、心が痛い。胸が苦しい。
 竹刀を使って防具を着ている相手に気勢良く一撃を加える、あの剣道ならではの清々しさ、心地良さとは全然違う。
 鬼払いを握る桂の両手に残る、とても生々しい感触。

 自分の手で実際に人を傷つけた感触が、今の桂はとても気持ち悪く感じているのだ。

 「竹原君・・・一体こんな事のどこが面白いの!?」

 こんな事をして、どうして竹原君たちは何も感じないのか、どうして心が痛まないのか、一体何がそんなに楽しいのだろうか。
 人を傷つけ、苦ませて、泣き叫ぶ姿を見る・・・一体こんな事のどこがそんなに面白いのだろうか。
 須藤君と笹崎君を痛めつけた私は、こんなにも胸が苦しいというのに、凄く心が痛いというのに。
 だけど。

 「馬鹿じゃねえのかお前!?気に入らない奴をぶっ殺して何が悪いってんだ!?あ!?」
 「・・・竹原君・・・!!」
 「面白ぇに決まってるじゃねえかよ!!弱ぇ奴をなぶり殺して、泣き叫ぶ姿・・・ありゃあ最高だぜ!!強ぇ奴だけが味わう事の出来る特権って奴だよなぁ!!」
 「・・・やっぱり竹原君は、最低だよっ!!」

 理解出来ない。どうしてこんな事を笑いながら平気で言えるのか。
 弱い人を傷つける事が面白いだなんて・・・そんなのはもう人間じゃない・・・獣だよ!!

 「あなたのせいで俊也君は・・・あの優しかった俊也君が!!」
 「笹崎と須藤の仇だ・・・てめぇは徹底的になぶり殺しにしてやんよオラァ!!」

 竹原が桂に正拳突きを放った、その時だ。

 「・・・はっ!!」
 「何っ!?うおっ!!」

 騒ぎを聞きつけて颯爽と駆けつけた美咲が、竹原の正拳突きを木刀で受け止めた。
 ギシギシと、美咲の木刀に衝撃が走る。
 突然現れた正体不明の女に驚き、竹原は一旦桂から間合いを離して身構える。

 「美咲ちゃん!!」
 「羽藤さん大丈夫!?怪我は無い!?」

 桂を庇うように、美咲が竹原の前に威風堂々と立ちはだかった。

3.本当の意味での強さ


 突然現れた美咲の姿に、桂は驚きを隠せなかった。
 木刀を手に、威風堂々とした態度で、美咲は竹原の事をじっ・・・と見据えている。
 対する竹原は突然現れた美咲を警戒し、構えを取ったまま様子を見て動かない。

 「美咲ちゃん・・・どうして・・・?」
 「たまたまこの近くを通りかかったら、騒ぎになってたから駆けつけて来たのよ。でもまさか、こんな事になってるなんて・・・。」

 アスファルトの上で、電柱にうずくまって、受け身を取り損ねた激痛で悶絶している須藤と笹崎。
 そして、怒りの形相で美咲の事を睨みつけている竹原。
 この3人の様子を見て、美咲は全てを悟った。

 「・・・この3人に襲われたのね?で、羽藤さんが2人を倒したと・・・」
 「・・・うん・・・」
 「襲われた理由は?」
 「分からない・・・理由も無くいきなり絡んできて・・・」
 「そう・・・でも、もう大丈夫よ。」

 とても厳しい表情で、美咲は竹原の事を睨み付ける。

 「私が羽藤さんを守ってあげるから。」
 「何だてめぇ・・・羽藤の知り合いなのかよ!?」
 「うちの剣道部の大切な部員よ。で、私は最近部長になったばかりなんだけど・・・」
 「剣道部の部長だぁ!?・・・そうか・・・そういう事かよ・・・!!てめぇが羽藤に剣術を叩き込んだのか!?余計な真似してんじゃねえよ!!」

 『理由も無くいきなり絡んできた』という桂の言葉。地面に散らばってる桂の鞄とゲームソフト。そして竹原との僅かなやり取り。
 たったそれだけの材料だけで、美咲は桂とこの3人の関係を瞬時に理解した。
 以前、桂が美咲に話していた・・・今でも桂の心の傷となっている。最低最悪な男たち。
 美咲の木刀を持つ右手に、ぎゅっと力が込められる。

 「・・・成る程。貴方たちが中学時代、羽藤さんをいじめていた人たちなのね?」
 「み・・・美咲ちゃん・・・私まだ何も言って無いのに・・・凄い洞察力・・・」
 「私が来たからには、羽藤さんには指一本触れさせはしないわ。」
 「てめぇ・・・女のくせに偉そうな事を言いやがってよぉ・・・俺は空手三段なんだぞ!?強ぇんだぞ!?」
 「・・・・・。」

 竹原の言葉に、呆れたように溜め息を付く美咲。
 構えや立ち振る舞いを見ただけでも大体の実力は分かる。竹原が空手三段というのも、実力的には決して間違いでは無さそうだ。
 だがまさか、その力を己の欲望に身を任せて行使し、弱い者いじめをして悦びに浸るような愚物に段位が与えられるとは。
 しかも自分の能力に溺れ、自分が最強だと・・・何をしても許されるのだと・・・そんな歪んだ勘違いさえもしているようだ。
 一体どこの誰が、目の前の愚物に神聖な段位を与えたのか・・・美咲は心の底から呆れていた。

 「女の前だからって格好つけて死んだ奴を、俺は5人知ってるぜ!!」
 「あら、そう。」
 「光栄に思いやがれ!!今からてめぇが6人目だ!!」
 「ふうん・・・」
 「せいやぁっ!!」

 美咲に迫る、竹原の回し蹴り。
 だが次の瞬間、竹原の視界から美咲の姿が消えていた。

 「・・・え?」

 目にも止まらぬ速さで竹原の背後に回り込んでいた美咲が、耳元でそっ・・・と囁く。

 「・・・それは凄いのね。」
 「・・・・・!?」

 ドカッ!!
 反撃させる暇さえも与えず、竹原の後頭部に美咲の木刀が直撃した。

 「が・・・!?」

 どう・・・っ、と、派手に倒れる竹原。
 溜め息をついて、美咲は木刀を腰にぶら下げる。
 そして今にも泣きそうな表情の桂に、とても優しい笑顔で向き直った。

 「羽藤さん、もう大丈夫だから・・・ね?」
 「み・・・美咲ちゃん・・・」
 「ほらこれ、羽藤さんのでしょ?はい。鞄とタタタマ限定版。」
 「うん・・・ありがとう・・・本当にありがとう・・・!!」

 美咲が鞄とゲームソフトを桂に手渡そうとした、その瞬間。
 桂は美咲に叩きのめされた竹原が苦しそうな表情で起き上がり、懐からスタンガンを取り出したのを目撃してしまった。
 今の美咲は鞄とゲームソフトを持っていて両手が塞がっており、木刀を抜く事が出来ない。
 慌てて桂は鬼払いを手に、美咲を守る為に竹原に斬りかかった。
 守られるだけではない・・・今度は自分の手で、大切な人を守る為に。

 「・・・ざ・・・けんじゃ・・・ねえぞ・・・このアマァ・・・!!」 
 「美咲ちゃん!!危ないっ!!」
 「な・・・羽藤てめ・・・がはっ!!」

 ドカッ!!
 桂の鬼払いが、竹原の持つスタンガンを弾き飛ばした。
 乾いた音を立てて、スタンガンが地面に転がり落ちる。

 「このおっ!!」
 「ぶっ・・・!!」 

 そのままの勢いで、桂は竹原の顔面を思い切り鬼払いで殴りつける。
 美咲の一撃がかなり効いているのか、竹原は桂の一撃に全く反応する事が出来なかった。
 木刀で思い切り顔面を殴られた竹原はその場に倒れ込み、今度こそ本当に動かなくなってしまった。

 「羽藤さん!!」
 「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・!!」

 慌てて桂に駆け寄る美咲。
 桂の鬼払いを持つ両手が震えていた。
 人を殴った感触。人を傷つけた感触。それが桂の手に生々しく残っている。

 「羽藤さん・・・この人がスタンガンを取り出した事くらい、私は気付いていたのに・・・!!光翼鳥で返り討ちにしたのに・・・!!」
 「・・・美咲ちゃん・・・痛いの・・・」
 「痛いって・・・・やっぱりどこか殴られたの!?待っていて、私がすぐに治して・・・」
 「そうじゃなくて・・・心が痛いの・・・胸が苦しいの・・・!!」

 美咲を守る為に、桂は竹原を傷つけた。
 桂が、竹原をこんな酷い目に遭わせた。
 かつて自分をいじめた相手なのに。間接的に母を死に追いやった憎い相手なのに。
 それなのに、その竹原を自分の手で傷つけた事が、凄く苦しい。

 「この人たちは、中学時代に私をいじめていた人たちなのに・・・こんな奴等、死んじゃえばいいのにって、そう思った事もあったのに・・・それなのに、この人たちを傷つけた事が凄く苦しいの・・・凄く心が痛いの・・・!!」
 「・・・羽藤さん・・・」
 「私、情け無いよね・・・こんな事で本当に・・・強くなんか・・・」

 むぎゅっ。
 とても穏やかな表情で、美咲は桂を抱き締めた。
 桂の心を、安心させる為に。

 「・・・それでいいのよ。合格よ。羽藤さん。」
 「え・・・?合格って・・・」
 「人を傷つける事の『痛み』を知らない力なんてのは、所詮はただの暴力に過ぎないから。傷つけられる事の『痛み』を分かっている人は、それだけ他人に対しての優しさを持つ事が出来るから。」

 傷つけられた者の『痛み』を知らずに力を振るう・・・そんな物はただのチンピラに過ぎない。
 いや・・・竹原たちのように自らの力に溺れ、他人が苦しむ姿を見て面白がっているような愚者も、少なからず存在するのだ。
 それはただの暴力に過ぎない。本当の意味での強さではない。 

 今、桂は思い知った。
 力を持ったその時から、今度は自分が誰かを傷つける側に回るのだと。
 大切な人を守る為に力を振るうという行為には、傷つける方も傷つけられる方も、少なからず『痛み』を伴う物なのだという事を。
 その『痛み』を心の底から噛み締める事こそが、本当の意味で『強くなる』という事なのだと。
 そしてその『痛み』を知らなければ、本当の意味で大切な人を守る事など出来ないのだと。

 桂はこれまで『傷つけられる痛み』は自らの体で思い知っていても、『傷つける痛み』までは知らなかったのだ。
 だがそれを知った桂は肉体的にも精神的にも、これから本当の意味でどんどん強くなる。そして他人に対しての優しさと思いやりを、これからどんどん深めていく事が出来るだろう。
 桂は、それが出来るだけの心の強さと優しさを持ち合わせているから。

 「・・・羽藤さんは立派に強くなったわ。この人たちと違って『本当の意味で』・・・ね。」
 「み・・・美咲ちゃん・・・美咲ちゃんっ・・・!!」
 「羽藤さんは、この人たちのようになったら駄目だからね?」
 「うん・・・うんっ!!」

 美咲の身体にしがみつき、震える桂。
 そんな桂を優しく包み込むかのように、美咲は桂の身体をぎゅっと抱き締めていたのだった。