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アカイイト・アナザーストーリー

★文化祭


1.年に一度の祭典


 もうすっかり肌寒くなった11月・・・桂が通う高校で文化祭が行われていた。
 生徒たちによって派手に飾り付けられた学校の正門に、一般の客が次々と入ってくる。
 その客の中には、梢子たちが通う青城女学院の生徒たちの姿もあった。

 文化祭というのはどこの学校も文化の日である11月3日、あるいは11月の第一土曜日に行われる事が一般的とされている。
 実際に青城女学院も11月3日に文化祭を行ったのだが、同じ日に桂の高校も文化祭を行ってしまうと日にちがダブってしまい、客足が分散されてしまうという理由から、桂の高校では文化祭の開催日としては異例の、11月の第2土曜日に行う事にしているのだ。

 校舎の中ではクラス中で喫茶店や占いの店、果てはゲームコーナーやお化け屋敷といった店が、そしてグラウンドではたこ焼き、クレープ、たい焼き、焼きそば、そして射撃や水玉ヨーヨー、金魚すくいといった数多くの出し物が生徒たちの手によって開催され、学校中が活気に溢れている。

 「ちょっと百子。幾ら何でも食べ過ぎなんじゃないの?そんなに食べたらお昼ご飯を食べられなくなっちゃうわよ?」
 「何を言ってるんですかオサ先輩。この程度なら別腹ですよ。別腹。」

 焼きそばをガツガツ食べている百子を見て、呆れた表情で溜め息を付く梢子。
 そんな百子を保美と綾代とナミが、とても穏やかな笑顔で見つめている。
 残念ながら夏夜は仁之介の仕事の手伝いがあるという事で、文化祭を観に行く事が出来なかった。

 「そう言えば桂さんと美咲さんのクラスの出し物は、確か演劇でしたっけ?」
 「うん。この間美咲が話してくれたんだけど、完全オリジナルの演劇をやるそうよ。中世の恋愛物の物語なんですって。」
 「まあ、それは楽しみですわ。」
 「桂がお姫様役で、美咲が王子様役で、陽子が敵役で、凛がナレーション役だそうよ。」

 梢子の話を聞いて、綾代がとっても楽しそうな表情になる。

 桂のクラスの他にも簡単な演劇を行うクラスはいくつかあり、また演劇部もこれまでの部活動の集大成として、本格的な演劇を行う事になっている。
 予定では演劇が始まるのは午前11時から、桂と美咲のクラスの演劇は午前11時30分から、演劇部の演劇は昼休みを挟んで午後1時から行われる事になっている。
 他のクラスと同様に桂と美咲のクラスは、いわば演劇部の前座だ。

 演劇と言っても演劇部が行うような本格的な物ではなく、ほんの15分程度の短い代物でしかないのだが、それでも桂も美咲もクラスの皆も一週間部活を休んでまで、クラスの皆の思い出作りの為に頑張って練習に励んできたのだ。
 たった15分の演劇とはいえ、それでも皆の想いが詰まった、桂や美咲のクラスの皆にとっても観客にとっても、心に残る演劇になるはずだ。

 「梢子先輩。そろそろ行かないとまずいんじゃないですか?」

 保美が腕時計を見て、梢子にそう促す。
 時計の針は、既に午前9時30分を回っている。まだまだ時間的には余裕があるものの、それでも席を早めに確保しておかないと、立ち見という事になってしまいかねないのだ。

 「・・・そうね。少し早いけど、そろそろ行きましょうか。」
 「はぐがぐほごほごはが。」
 「全く、百子ったら本当に元気が有り余ってるんだから・・・。」
 「あがはがおげはが。」
 「その元気を、少しはナミにも分けてあげられたらいいのにね。」

 クレープを口の中に突っ込みながら喋る百子を見て、梢子は思わず苦笑いしてしまったのだった。

2.そして舞台は始まり・・・


 『・・・以上、3年2組の演劇「ハードボイルドは眠れない」をお送り致しました。』

 舞台のカーテンが閉まり、アナウンスの声と同時に観客が盛大な拍手を送る。
 梢子たちもまた、惜しみない拍手を閉まり切ったカーテンに向けて送っていた。

 「いや~、最後の社長がゴゴゴ13に死ぬほど愛されて射殺されるシーンは、中々迫力がありましたよね~。」
 「うん。まさかゴゴゴ13が依頼主の社長を死ぬほど愛して殺すなんてね。私もこの展開は読めなかったわ。」

 百子と梢子が楽しそうに感想を語り合っていたのだが、何だかナミが落ち着かない表情できょろきょろしている。

 「維己お姉ちゃん、どうしたの?」
 「あのね、すみちゃん。柚明さんの姿がどこにも見当たらないの。」
 「え?柚明さんが?」
 「うん。柚明さんなら、桂ちゃんが出る演劇に来ないはずがないと思うんだけど・・・」

 ナミに言われて、梢子たちも思わず辺りを見渡してしまう。
 だがナミの言う通り、確かにどこを見渡しても柚明の姿が見当たらない。
 体育館はそれほど広くは無く、柚明のような蝶の髪飾りを付けた青髪の女性なんてのは嫌でも目に付くはずなので、探そうと思えば簡単に見つかる物なのだが・・・。

 「・・・本当だ。姉さんの姿がどこにも見えないわ。」
 「珍しいですよね梢子先輩。あの柚明さんが、桂先輩の演劇を観に来ないなんて。」
 「確かにね。何か急な用事でも出来たのかしら?」

 柚明の性格なら、愛しの桂が主演の演劇が開催されるとなれば、どんな用事があろうとも桂の演劇を最優先に観に行くような物なのだが・・・。

 「もしかしたら、桂ちゃんの演劇を一番間近な場所で観たいの~とか言って、舞台裏に行ってるのかもしれないわね。」
 「あぁ、確かに柚明さんなら在り得るかもしれないですね。」
 「そうね。確かに姉さんなら本当にやりかねないわよね。」

 穏やかな笑顔でそんな事を語っていた梢子と保美だったのだが。

 『続きまして、2年1組の演劇「私の王子様」をお送り致します。』

 そうこうしている内に、桂のクラスの演劇が始まったようだ。
 アナウンスの声と同時に照明が落とされ、舞台のカーテンが開く。
 観客は一斉に静まり返り、全員の視線が舞台に集中する。
 そして凛のナレーションの声と同時に、桂と美咲が手を繋いで姿を現し・・・。
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 時は中世、場所はブリュンバルド王国。
 現在、この国と隣国のランドクラスト王国との間で、大規模な戦争が行われていました。 
 最初は本当に、ほんの些細な揉め事だったのですが・・・後にそれがきっかけとなって大きな争いとなり・・・それが戦争にまで発展してしまったのです。

 「はあっ、はあっ、はあっ・・・!!」
 「ラナ、頑張って。もうすぐ国境を越える事が出来るわ。」
 「セ、セシル様・・・」
 「国境を越えて、精霊の森の中に入りさえすれば、お父様の追っ手をどうにか振り切る事が出来るはず・・・だからそれまで頑張ってね。ラナ。」
 「は、はい・・・っ!!」

 ブリュンバルド王国の第1王女・ラナ(桂)。
 ランドクラスト王国の第1王子・セシル(美咲)。
 彼女達は国民を犠牲にして下らない争いばかり繰り返す自分たちの父親を見限り、2人で駆け落ちして静かな場所で穏やかに暮らそうと、戦争の真っ最中に逃亡を図っていたのです。
 しかし、仮にも彼女たちは両国の国王にとっての、可愛い娘たち・・・そう簡単に逃がしてくれるはずがありません。

 「あはっ!!ラナ様見~つけた!!」
 「セシル様、お父上が心配なさっております。私と共に国にお戻り下さいませ。」

 そこへ、ブリュンバルド王国の騎士団長・ヨーコ(陽子)と、ランドクラスト王国の騎士団長・レイ(加藤)が、互いに兵を引き連れて2人を取り戻しにやってきたのです。
 怯えた表情で、ラナはセシルにしがみつきます。

 「レイ。私もラナも、父上とアルヴィス様の暴虐ぶりに嫌気が差したのよ。」

 セシルは剣を抜き、強い意志を秘めた瞳で、真っ直ぐにレイを見据えます。
 しかしヨーコもレイも、互いの国王から『力づくでも連れ戻せ』という命令を受けています。そう簡単に引き下がる訳にはいきません。

 「仕方がありません・・・出来れば穏便に済ませたかったのですが・・・かくなる上は、力づくでもセシル様を連れ戻すまで!!」
 「やれるものならやって御覧なさい!!この際だから全員この場で稽古をつけてあげるわ!!」
 「いかに大陸最強の女剣士と謳われたセシル様といえども、この人数を相手に張り合おうなどと!!」

 断腸の想いで、レイは部下に号令を下します。

 「総員、セシル様をひっとらえよ!!ついでにセシル様を誑(たぶら)かしたあの女を殺してしまえ!!」
 「おっと、そうはさせないわよ!!お前たち、ラナ様を何としてでも取り戻すのよ!!ついでにラナ様を誑かしたあのセシルとかいう女も殺しておしまい!!」

 レイとヨーコの命令を受け、互いの騎士団の兵たちが一斉にセシルとラナに襲い掛かります。
 しかし・・・

 「はっ!!せやっ!!とりゃっ!!うりゃっ!!てやあっ!!」

 セシルの神速の剣捌きによって、あっという間に兵たちは一網打尽にされてしまいました。
 その圧倒的なセシルの強さに、ヨーコもレイも驚きを隠せません。

 「ば・・・馬鹿な・・・これだけの人数を相手に・・・こんな・・・!!」
 「レイ。私とラナは心の底から愛し合っているの。今更父上とアルヴィス様の政略結婚の道具として、振り回されるのは御免よ。」
 「くっ・・・政略結婚の道具であろうと、それが国の為、国民の為、そして王家の血筋の宿命だという事が、何故分かりませぬかぁっ!!」

 レイは剣を抜き、ラナに斬りかかります。
 しかし・・・

 「その女がいなければ、セシル様はあっ!!」
 「そんな事はさせないわ!!」
 「ぐはあっ!!」

 セシルの神速の剣閃を受け、レイはその場に倒れ伏します。

 「ラナには指一本触れさせはしない。ラナは私が守るわ。これから先、ずっといつまでも。」
 「このおっ!!アンタがラナ様を誑かしさえしなければぁっ!!」
 「愚かな・・・圧倒的な実力差がまだ分からないというの!?」
 「でやあああああああああっ!!」

 ヨーコは捨て身の一撃をセシルに浴びせますが、それでもセシルに触れる事すら出来ません。

 「はっ!!」
 「ぐはあっ!!」

 セシルの一撃を受け、ヨーコはその場に倒れ伏します。
 ふうっ・・・と溜め息を付き、剣を鞘に収めるセシル。
 そんなセシルに、ラナは不安そうな表情で駆け寄ります。

 「セ、セシル様・・・」
 「そんな顔をしなくても大丈夫よ。全員急所は外したから命に別状は・・・」
 「あの、そうじゃなくて、セシル様にお怪我は・・・」
 「・・・ああ、私なら無傷だから大丈夫よ。ラナ。」

 とても穏やかな笑顔で、セシルはラナを抱き締めます。
 そんなラナを、ぎゅっと抱き締めるセシル。

 「・・・あの・・・セシル様。凄く今更なんですけど・・・」
 「なあに?どうしたの?ラナ。」
 「どうしてセシル様は女性でありながら、『王子』などと名乗られているのですか?」
 「・・・ラナ・・・。」

 そう、セシルはランドクラスト王国国王の一人娘・・・本来ならば『王子』ではなく『王女』と名乗るべきなのですが・・・
 そんなラナの瞳を、セシルはその優しい瞳でじっ・・・と見つめます。

 「そうね・・・例えば地球温暖化よ。Co2排出量増加による地球温暖化は常識よね?」
 「常識?」
 「そう、常識よ。いや、常識だと多くの人々が思っている。だけど、実はCo2が地球温暖化の原因だという確固たる証拠は無いのよ?そもそも地球温暖化という現象自体が仮説に過ぎない…そう主張する人も少なくないの。」
 「はぁ。」

 いきなりセシルが訳の分からない事を言い出すので、ラナは返答に困ってしまいます。
 そんなラナを見て、セシルは思わず苦笑いしてしまいました。

 「ふふっ、どうも私は口下手で困るわ。つまり常識を疑えという事よ。物事を常識だけに捕われていてはいけないのよ。」
 「常識を・・・疑う・・・?」
 「そう、あなたの中の常識。女なのに王子様・・・綺麗な人だけど、女なのにセシル様は王子様・・・その『女なのに』の部分を疑うのよ。よく見てごらんなさい。考えてごらんなさい。女が王子を名乗る事がどうしていけない事なの?そして、女である私があなたを愛して、一体何がいけないというの?」
 「セ・・・セシル様・・・」

 何だかよく分からないけれど、それでも何となく言いくるめられたような気がしたラナでした。
 そんなラナを、セシルは穏やかな笑顔で優しく抱き寄せ・・・

 「ラナ・・・私に夢中になりなさい。下らない争いばかりする父上たちの事なんか忘れて、2人で静かな場所で穏やかに暮らしましょう・・・。」
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「ちょ・・・はと先輩と美咲先輩、マジでキスするんですか!?」
 「いや、そんなはずは無いわよ!?だって演劇なんだから、せいぜいほっぺとか・・・!!」
 「でも梢子ちゃん!!桂ちゃんと美咲さんの唇がどんどん近くなってます!!」

 百子とナミの言う通り、2人の唇がどんどん近くなる。
 その様子を見て、黄色い悲鳴を上げる観客たち。
 美咲に身を任せるかのように、桂は静かに目を閉じて・・・

 「ちょっと・・・まさか桂・・・本気で美咲と・・・!?」

 とっても不安そうな表情で、梢子は2人のやり取りを見つめている。
 幾ら何でも演劇なんだから、そんなはずはあり得ない・・・いやでも、美咲の事だから本気でやりかねない・・・だけど演劇の邪魔をする訳にはいかない・・・だけど桂の唇が美咲に奪われてしまう・・・そんな様々な思考が梢子の頭の中を駆け巡り、梢子をハラハラさせてしまう。

 だが、その時だ。
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「そんな事はさせないわ!!」
 「・・・っ!?」

 ラナの唇を奪おうとしたセシルに放たれた、無数の青く白く美しく輝く蝶。

 「桂ちゃんから離れなさい!!」
 「・・・ちっ!!」

 慌ててセシルはラナから離れ、無数の蝶を剣で斬り捨てます。

 「な・・・ゆ・・・ゆめ・・・」
 「・・・あらあら、わざわざこんな所にまで駆けつけてくるなんて。」
 「柚明お姉ちゃん!?」
 「貴方の羽藤さんへの献身ぶりには、呆れるのを通り越して敬意すら感じますよ。柚明さん。」

 セシルの前に立ちはだかったのは、物凄いジト目で自分を睨みつけるラナの従姉・・・『柚明お姉ちゃん』でした。

3.二転三転


 「な・・・ね・・・姉さ・・・えええ!?」

 唖然とした表情で、いきなり柚明が乱入した舞台に目が釘付けになる梢子。
 百子も保美も綾代もナミも驚きの表情になり、他の観客たちもまた、いきなりの出来事で大騒ぎになっている。
 まして柚明は『現代の浦島太郎』としてテレビに何度も出演し、全国的に顔と名前が知れ渡っている有名人なのだ。騒ぎになって当然だろう。

 だがこの状況下においても、演劇は何故かそのまま何事も無かったかのように、滞り無く進んでいた・・・。
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「美咲ちゃん。さっきから舞台裏で黙って見ていれば、随分といい気になっちゃって・・・幾ら何でもちょっとやり過ぎなんじゃないかしら?」
 「あら、やり過ぎだなんてそんな・・・私は『まだ』羽藤さんには何もしていないのに。」

 柚明お姉ちゃんは無数の青く白く美しく輝く蝶を生み出し、美咲ちゃんを睨みつけます。
 美咲ちゃんもまた無数の金色の小鳥を生み出し、柚明お姉ちゃんとは対照的に、とっても嬉しそうにニヤニヤしています。

 「ちょ、ちょっと、柚明お姉ちゃん、美咲ちゃん・・・」
 「美咲ちゃん。どうやら貴方とは術者として、はっきりと決着を付けなければならないようね。」
 「それはこちらとて望む所・・・私も柚明さんとは1度、術者として手合わせ願いたいと思っていた所でしたから。」
 「くっ・・・戯言を!!」

 2人の無数の蝶と小鳥がぶつかり合い、相殺し合い、青と金の火花が2人を包み込みます。
 いきなりの出来事に、桂ちゃんも驚きを隠せません。

 「中々やるじゃないですか。柚明さん。」
 「美咲ちゃん。調子に乗っていられるのも今のうちだけよ?」
 「何をご冗談を。この程度で全力だというのなら、私には到底勝てませんよ?」
 「なら見せてごらんなさいな。美咲ちゃんの全力とやらを。」
 「いいでしょう。なら、少しだけ本気を出し・・・っ・・・!?」

 その瞬間、何故か美咲ちゃんの体が硬直してしまいました。
 美咲ちゃんが生み出した無数の金色の小鳥が、突然消え失せてしまいます。
 愕然とした表情で、直立不動のまま動けない美咲ちゃん。

 「こ・・・これは・・・いつの間に私に束縛の術を・・・!?」
 「言ったはずよ美咲ちゃん。調子に乗っていられるのも今のうちだけよって。」
 「馬鹿な・・・これ程の大掛かりな術・・・詠唱無しで出来るはずが・・・!!」
 「あら?詠唱ならちゃんとしたわよ?私と美咲ちゃんが月光蝶と光翼鳥をぶつけ合っている間にね。と言っても慌ててやったから、聞こえなかったかもしれないけれど。」

 勝ち誇った表情で、ゆっくりと美咲ちゃんに歩み寄る柚明お姉ちゃん。
 驚愕の表情で、美咲ちゃんは柚明お姉ちゃんを睨みつけます。

 「ま・・・まさか・・・高速無音詠唱術・・・!?そんな高等技術を・・・!!」
 「美咲ちゃん、いい加減降参する気になったかしら?桂ちゃんの唇を奪おうとした事を反省してくれるというのであれば、すぐにでも解放してあげるけど?」

 柚明お姉ちゃんの術にかかり、追い詰められてしまった美咲ちゃん。
 美咲ちゃんは焦りの表情になりますが・・・しかし・・・

 「・・・ふ・・・ふふふ・・・うふふふふ・・・」
 「な・・・何が可笑しいの美咲ちゃん!?」
 「言ったはずですよ柚明さん。この程度で全力だというのなら、私には到底勝てないって。」
 「何を・・・馬鹿な事を・・・っ!?」

 今度は一転、柚明お姉ちゃんの体が硬直してしまいました。
 そのまま直立不動のまま、動けない柚明お姉ちゃん。
 いきなりの出来事に、柚明お姉ちゃんは戸惑いを隠せません。

 「な・・・馬鹿な・・・これは・・・!?」
 「ふうっ・・・中々楽しませて貰いましたよ。柚明さん。」
 「そんな・・・どうして・・・!?だって私は美咲ちゃんに完璧に術を・・・」
 「柚明さん・・・」

 先程までとは一転して、何事も無かったかのように美咲ちゃんは柚明お姉ちゃんに歩み寄り・・・そして柚明お姉ちゃんの綺麗な頬を、右手で優しく撫でてあげます。

 「・・・高速無音詠唱術を使えるのが、自分だけだと思って貰っては困りますよ?」
 「・・・っ!?」
 「私も柚明さんが月光蝶を飛ばしている間に、呪術返しの術をこっそりと掛けておいたんです。」
 「じゅ・・・呪術返しの・・・術・・・!?そんな高等な術を、あの短時間で!?」
 「私、どちらかというと剣よりも術の方が本職ですから。まあそんな事はどうでもいいんですけどね・・・」

 身動きが出来ない柚明お姉ちゃんを、美咲ちゃんは優しく抱き締めます。
 優しく優しく・・・柚明お姉ちゃんの髪を撫でながら・・・そっ・・・と、柚明お姉ちゃんをいたわるように・・・愛でるように・・・
 その美咲ちゃんの態度が、逆に柚明お姉ちゃんを焦らせてしまいます。

 「ところで柚明さん・・・クジラを知っていますか?」
 「・・・え?」

 いきなりの意味不明な質問に、戸惑いを隠せない柚明お姉ちゃん。
 それでも美咲ちゃんはニヤニヤしながら、柚明お姉ちゃんの耳元にそっ・・・と囁きます。
 身動き出来ない柚明お姉ちゃんの耳元に・・・そっ・・・と、そっ・・・と、子守唄のような優しい声で、優しく・・・優しく・・・

 「では、イルカを知っていますか?」
 「し・・・知ってるけど・・・」
 「では、クジラとイルカがどう違うか、説明出来ますか?」
 「どう違うって、それは・・・大きさ・・・かしら?」
 「そう、大きさが違います。他には?」
 「あの・・・えっと・・・」
 「思いつきませんか?」
 「・・・・・。」

 いきなりこんな意味不明な質問をされて、返答に困ってしまう柚明お姉ちゃん。
 戸惑いの表情で、柚明お姉ちゃんはゆっくりと頷きます。
 しかしここで美咲ちゃんは、とっても嬉しそうな表情になりました。
 柚明お姉ちゃんの瞳を、その優しくも神々しい瞳で、じっ・・・と見つめます。
 その美咲ちゃんの瞳に圧倒されて、柚明お姉ちゃんは目を逸らす事が出来ません。

 「そう・・・他に違いは無い・・・それで正解なんですよ。柚明さん。」
 「・・・え?」
 「クジラとイルカ、大きさ以外に違いは無いんです。大きければクジラ、小さければイルカと呼ばれます。」
 「はぁ。」
 「奥ゆかしい故、どうも私はストレートに物事を言うのが苦手でしてね・・・つまり私にとっては羽藤さんも柚明さんも、本質的に同じ存在だという事なんですよ。うふふ・・・」

 そのまま美咲ちゃんは柚明お姉ちゃんを、そっ・・・と抱き寄せ・・・2人の唇がゆっくりと・・・ゆっくりと近づいていきます。
 まるで柚明お姉ちゃんの心を焦らすかのように・・・ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・
 とても慈愛に満ちた瞳で、美咲ちゃんは柚明お姉ちゃんの瞳を見つめます。

 「柚明さん・・・」
 「み・・・美咲ちゃん・・・」

 ですが、その時でした。

 「・・・言ったはずだけど?調子に乗っていられるのも今のうちだけよって。」
 「・・・っ!?」

 美咲ちゃんの全身を、無数の青く白く美しく輝く蝶が包み込みました。
 反射的に、柚明お姉ちゃんから離れる美咲ちゃん。
 とても苦しそうに、その場にうずくまってしまいます。

 「うっ・・・うああ・・うああああああああああっ・・・!!」
 「ふうっ・・・中々楽しませて貰ったわよ?美咲ちゃん。」
 「馬鹿な・・・まさかこの状況で『あれ』を繰り出すなんて・・・っ・・・はあっ・・・はあっ・・・はあ・・・っ・・・!!」

 まるで何事も無かったかのように、柚明お姉ちゃんは頭を抱えて苦しむ美咲ちゃんに歩み寄り・・・先程美咲ちゃんにやられたのと同じように、右手で美咲ちゃんの頬を優しく撫でてあげます・・・優しく・・・優しく。

 「それにしても美咲ちゃん凄いわ。まさか私の『あれ』にここまで耐えてみせるなんて。三上さんと谷原さんなんか、あっけなくお漏らしまでしたというのに。」
 「くっ・・・この程度で・・・私の心を惑わそうなどと・・・っ!!」
 「別に恥じる事は無いのよ?美咲ちゃん。この私をあそこまで追い詰めたのだから。あの時、全身全霊による『あれ』を繰り出さなければ、私は今頃美咲ちゃんに唇を奪われて・・・」
 「・・・このおっ!!」
 「きゃっ!!」

 美咲ちゃんの神速の斬撃を、柚明お姉ちゃんは辛うじて後方に下がって避けます。
 そのままヨレヨレになりながらも、どうにか立ち上がった美咲ちゃん。
 どうやら柚明お姉ちゃんの『あれ』によって、かなり精神力を消耗してしまったようです。
 しかし強い意志を秘めた瞳で、じっ・・・と柚明お姉ちゃんを見据えます。

 「・・・驚いたわ。まさか私の『あれ』を打ち破るなんて・・・。」
 「はあっ・・・はあっ・・・この程度で勝った気になられては・・・困りますよ・・・。」
 「赤頭巾ちゃんはね・・・狼に食べられる運命にあるのよ?いい加減私に降参して、桂ちゃんの事を諦めて貰えないかしら?」
 「さて、逆に食べられるのはどっちでしょうかね?窮鼠、猫を噛む・・・追い詰められたネズミは何をしでかすか分からないんですよ?柚明さん・・・。」

 美咲ちゃんが柚明お姉ちゃんに剣で斬りかかった、その時でした。

 「やめてよ2人共!!私を巡って喧嘩だなんて!!」

 先程から困惑の表情で2人の戦いを見ていた桂ちゃんが、慌てて2人の間に割って入りました。
 慌てて2人は、互いの攻撃の手を止めます。

 「桂ちゃん!?」
 「羽藤さん!?」
 「例えば地球温暖化だよ。Co2排出量増加による地球温暖化は常識だよね?」

 いきなり意味不明な事を言い出した桂ちゃんに、美咲ちゃんも柚明お姉ちゃんも唖然としてしまいます。

 「桂ちゃん・・・常識って・・・」
 「そう、常識だよ。ううん、常識だと多くの人々が思っている。だけど、実はCo2が地球温暖化の原因だという確固たる証拠は無いんだよ?そもそも地球温暖化という現象自体が仮説に過ぎない…そう主張する人も少なくないの。」
 「はぁ。」

 桂ちゃんが言っている事の意味が全然理解できずに、呆気に取られてしまう2人。
 そんな2人に対して、桂ちゃんは自らの想いを一生懸命語ります。

 「その・・・私は口下手だから、上手く説明出来ないけど・・・つまり常識を疑えという事なんだよ。物事を常識だけに捕われていてはいけないんだよ。」
 「常識を・・・疑う・・・?」
 「そう、柚明お姉ちゃんと美咲ちゃんの中の常識。2人共私の事が好きだから、2人は恋仇・・・2人共私の事が好きだから、2人は互いに争わないといけない・・・その『2人共』の部分を疑うんだよ。私をよく見てよ。考えてみてよ。私たちが互いの事を好き合って何がいけないというの?一夫多妻制の一体何がいけないというの?」
 「け・・・桂ちゃん・・・」

 むぎゅぎゅっ。
 とても穏やかな笑顔で、桂ちゃんは美咲ちゃんと柚明お姉ちゃんを抱き寄せました。
 まるで女神のような、とても慈愛に満ち溢れた笑顔で・・・。
 その桂ちゃんの笑顔を見た美咲ちゃんと柚明お姉ちゃんは、何だかとても安らいだ気分になります。
 先程まで2人で争っていた事がまるで嘘のように・・・とても安らかな気分に・・・。

 「柚明お姉ちゃんも美咲ちゃんも、私という太陽を巡って争うあまり、互いに傷ついて私に近づく事が出来ない。だけど私は太陽。こうして2人を温かく包み込み、触れる事が出来る。」
 「・・・桂ちゃん・・・」
 「輝く太陽、青き空、緑の風がそよぐ。愛し合う3人を自然も祝福してくれているよ。もっとゆっくり愛をはぐくみたかったけど仕方ないよね。でも心配しなくていいよ。私の愛は素晴らしい物だから。」

 2人の耳元で、桂ちゃんはそっ・・・と優しく囁きました。
 柚明お姉ちゃんと美咲ちゃんへの・・・自らの精一杯の想いを。

 「柚明お姉ちゃん・・・美咲ちゃん・・・大好きだよ・・・。」
  ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 舞台のカーテンが閉まり・・・照明が付き・・・あっけに取られた観客に向かって、凛のナレーションが会場内に響き渡った。

 『出演・・・ラナ役:羽藤桂さん。セシル役:松本美咲さん。ヨーコ役:奈良陽子さん。レイ役:加藤玲さん。友情出演:羽藤柚明さん。そしてナレーション役は私、東郷凛でお送り致しました。皆様、最後まで私どもの劇を鑑賞して頂き、誠にありがとうございました。』

 一瞬の静寂の後・・・凄まじい大歓声と拍手が会場内を包み込む。
 感動のあまり、涙を流すナミと保美。
 ガッツポーズを作って異様に盛り上がる百子。
 とても穏やかな笑顔で拍手を送る綾代。

 「ふふふ、中々見ごたえがある演劇でしたね。梢子さん。」
 「な・・・な・・・な・・・」
 「特に最後の、桂さんが美咲さんと柚明さんを抱き締めるシーン・・・とても感動しましたわ。」
 「な・・・な・・・な・・・」
 「・・・あら?どうかなされたのですか?梢子さん。」

 きょとんとする綾代の目の前で、梢子は絶叫した・・・。

 「何これ!?何これ!?何これ!?何これ!?何これーーーーーーーーーーーーー!?」

4.舞台裏


 「ちょっと姉さん!!美咲!!これって一体どういう・・・!?」

 桂と美咲のクラスの劇が終わってから、他のクラスの劇に見向きもせずに、慌てて舞台裏までやってきた梢子だったのだが、そこで目にしたのは・・・。

 「柚明さん、お疲れ様です。」
 「美咲ちゃんこそ、お疲れ様。」

 とってもフレンドリーな笑顔でハイタッチしている美咲と柚明の姿だった・・・。
 一体全体、何がどうなっているのか、全然訳が分からない梢子。
 先程までこの2人は、桂を巡って壮絶なバトルを繰り広げていたというのに。

 「え・・・?あ・・・?あれ・・・?」
 「あ、梢子ちゃん。来てくれたんだ。私たちの劇、どうだった?」
 「ちょっと、桂・・・何でこんなに涼しい顔をしていられるわけ!?」
 「何でって・・・何で?」

 きょとんとした表情で、可愛らしい瞳で梢子を見つめる桂。
 その桂の落ち着き払った態度に、梢子は戸惑いを隠せない。

 「だっていきなり舞台に姉さんが乱入してきて、演劇を無茶苦茶にしたのよ!?よりによって美咲とマジバトルをしでかすなんて・・・!!」
 「うん。だって全部台本通りだから。」
 「・・・・・は?」

 梢子は一瞬、桂が何を言っているのか理解出来なかった・・・。

 「だから、柚明お姉ちゃんと美咲ちゃんの戦いはね、全部台本通りなの。」
 「だ・・・台本通りって・・・」
 「柚明お姉ちゃんが乱入してくる所から、私が2人を抱き締める所まで、何から何まで全部。」
 「・・・・・。」

 なんかもう、訳が分からないといった表情で立ち尽くす梢子。
 そんな梢子の姿を見て、柚明も美咲もクスクスと笑っている。

 「それにしてもお客さん、凄い盛り上がってくれたよね~。」
 「な・・・な・・・な・・・」
 「私の一番のお気に入りの場面は、月光蝶と光翼鳥がぶつかり合うシーンなんだけどね。」
 「な・・・な・・・な・・・」
 「あれ?どうしたの梢子ちゃん?」

 とっても可愛らしい笑顔を見せる桂の目の前で、梢子は絶叫した・・・。

 「何それ!?何それ!?何それ!?何それ!?何それーーーーーーーーーーー!?」