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アカイイト新章・神の化身の少女

番外編・卯奈坂での邂逅(前半)


1.出会いと再会


 文化の日が絡んだ、11月の3連休。
 もうすぐ冬が訪れようかというこの時期に、遥と渚は卯奈坂まで旅行に来ていた。
 卯良島の祭司・・・遥と渚にとって因縁の相手でもある、根方宗次に会いに行く為に。
 真夏の強い日差しが照りつける夏場なら、卯奈坂の海や祭りを目当てに観光客もそれなりに訪れるのだが、さすがに肌寒くて何のイベントも無い11月となると、観光客など誰も訪れはしない。

 だが遥と渚は、『だからこそ』この時期を選んだのだ。
 卯良島の祀り事・・・これまで馬瓏琉に騙されて行われてきた生贄の儀式などではなく、安姫の知識を受け継いだナミが根方に伝えた、これから将来に渡って行われていく事になる『正しい儀式』・・・その一切の最高責任者である根方にとって、今が一番暇な時期なのだから。

 そう・・・根方と落ち着いて腰を据えて話をするために、遥と渚は観光客が誰も訪れないこの時期を敢えて狙って、卯奈坂に行く事を決めたのだ。
 夏から秋にかけてだと、祭司である根方は卯奈坂や卯良島での祀り事に引っ張りだこで無茶苦茶忙しくて、満足に会う事も出来ないだろうから。

 「渚、大丈夫か?疲れてないか?」
 「うん、私は大丈夫よ。姉さん。」

 11月となると、日が沈むのが非常に早い。
 まだ夕方の5時なのだが既に日は沈みかけ、夜が訪れようとしている。
 咲森寺へと連なる階段を、遥と渚は手を繋ぎながら、ゆっくりと上っていく。
 3年前に両親と共に、ここに訪れた時と同じように。

 今回もあの時と同じように事前に鈴木和尚に連絡を入れて、咲森寺に2日間泊めさせて貰う事になっている。
 その時に和尚が電話で遥に話していたのだが、遥と渚の滞在予定日には、丁度都内の女子高の剣道部も合宿に来るらしい。
 そして、祀り事ではなく私用で咲森寺に泊まる予定の根方も。

 約束の時間より5分程早く、遥が咲森寺の門を開ける。
 ゴーンゴーンゴーン・・・
 その瞬間、心が洗われるような鐘の音色が、寺中を包み込む。
 遥と渚が鐘のある場所に向かうと・・・そこには鐘を鳴らし終わった和尚と根方がいた。

 「お久しぶりです。鈴木和尚。根方さん。」

 遥が声を掛けると、2人共とても穏やかな笑顔で2人を出迎える。

 「お2人ともお久しぶりですな。元気そうで何よりですわ。」
 「良く来てくれたね。遥君も渚君も、随分と立派に成長した物だ。」

 遥と根方が、がっちりと握手を交わす。
 女性特有の細くて華奢な遥の右手を握る根方の右手は、とても大きくて力強くて・・・それでも遥はその右手から、まるで父親のような優しさと温かさを感じ取っていた。

 「あれから3年か・・・君たちのご両親の件に関しては本当に申し訳無く思っているよ。私が馬瓏琉に騙されてさえいなければ・・・」
 「過ぎた事をいつまでも引きずっていても仕方がありませんよ。それに馬瓏琉なら私が経観塚で倒しましたから。」
 「ああ、知っているよ。先日コハク殿が私の家に来た時に自慢げに話していたからね。しかし、まさか君達が太陽神天照の子孫だったとは・・・コハク殿から聞かされた時は驚いたよ。」

 とても和やかな表情で会話をする遥と根方だったが、その時だ。

 「和尚様、お久しぶりで~す!!」

 とても聞き覚えのある声がした。
 まさか・・・と思いながらも、遥と渚が振り向くと、そこにいたのは・・・

 「んな・・・!?」
 「あああああああああああああああああああああああああ!!」

 制服姿の桂だった。
 遥と渚の姿を確認した桂は、慌てて駆け寄ってくる。

 「桂・・・!?」
 「遥ちゃん・・・それに渚ちゃんも・・・!?」

 全く予想もしなかった出来事に、遥も渚も桂も驚きを隠せない。
 そう言えば先日電話で和尚が、当日は都内の女子高の剣道部の合宿も行われる予定だと言っていたのを、遥は思い出したのだが・・・。

 「まさか・・・今日からこの寺で合宿する予定の剣道部というのは・・・!!」
 「そういう遥ちゃんと渚ちゃんも、何でここにいるの!?」
 「ああ、私たちは根方さんに会って色々と腰を据えて話がしたくて、卯奈坂まで旅行に来ていたんだが・・・それと私は明日の朝、根方さんと試合をする事になっていてな・・・。」
 「そうなんだ・・・こんな所で会うなんて、奇遇だね・・・。」

 まさに想定外の再会。まさかこんな所で再びこの3人が会う事になろうとは。
 そして他の剣道部員も、続々と寺の敷地内へと入ってくる。
 制服を着た少女たちの集団・・・そしてその中で一際目立つ、スーツ姿の女性。
 見た目は20代後半・・・桂の高校の剣道部の顧問だ。
 彼女は和尚の元に歩み寄り、礼儀正しく一礼する。

 「鈴木和尚、初めまして。剣道部の顧問を務めております、立花由香と申します。」
 「お初にお目にかかります。鈴木祐介と申します。以後お見知りおきを。」
 「青城女学院の葵先生からの紹介で、今日から3日間お世話になる事になりました。騒がしくて申し訳無いのですが、よろしくお願いしますね。」
 「いやいや、賑やかなのは大いに結構。何も無い田舎ですが、どうぞ遠慮せずにゆっくりしていって下され。」

 とても和やかな笑顔で会話をする和尚と先生。
 桂が所属する剣道部は秋の県大会が終わった後に、葵に咲森寺の事を紹介されて、毎年恒例の秋合宿の宿泊施設として使わせてもらう事になったのだ。

 「羽藤さんどうしたの?こんな所で。」
 「あ、美咲ちゃん。」

 そこへ、美咲が桂の元にやってきた。
 桂が先に行ったまま全然戻ってこないので、不審に思ったのだろう。

 「そう言えば羽藤さん、1年前にもここに来た事があったんだっけ?」
 「それもあるんだけどね、美咲ちゃんに以前話したでしょ?星崎遥ちゃんと、星崎渚ちゃん。」

 とてもにこやかな笑顔で、桂が遥と渚を美咲に紹介する。

 「・・・ああ、彼女たちが・・・初めまして。剣道部部長の松本美咲よ。羽藤さんから色々と話を聞かせて貰ってるわよ?達人クラスのフェンシングの使い手だって。」
 「ファルソック経観塚支部所属の星崎遥だ。こちらは双子の妹の星崎渚。私達も咲森寺に2日間泊まる事になっているんだ。」
 「そうなの・・・折角こうして会えたんだから、お互い仲良くしましょうね。」
 「ああ、こちらこそ。」

 とても穏やかな笑顔で、がっちりと握手を交わす遥と美咲。
 剣道部の合宿と同伴という形になる事は事前に和尚から聞いていたが、まさか桂が所属する学校だとは思わなかったようで、遥は苦笑いしていた。
 だがそれでも遥は、こういうのも賑やかで楽しそうで、悪くは無いと思っていた。
 それに遥も渚も、合宿に来た桂たちが邪魔だとは少しも思っていないし、それ以前に咲森寺に無償で泊めて貰っている立場上、和尚や根方に文句を言う訳にもいかない。

 「ところでお嬢さん方・・・こんな所で立ち話も何ですから、そろそろ中に入りませんかな?」

 和やかに話をする遥たちに、和尚がそう切り出した。
 確かにもう薄暗いし、他の部員たちをいつまでも外で待たせておくわけにもいかない。

 「そうですね和尚様。もうこんなに暗くなりましたし、夕食も作らないといけませんしね。」
 「部長さんが作る料理はとても美味しいと、由香さんから聞いておりますぞ。」
 「うふふ、楽しみにしていて下さいね。それじゃあ皆、行きましょうか。」

 美咲に促されて、遥たちは寺の中へと入っていった。

2.合同合宿


 今回の合宿はいわゆる強化合宿ではなく、部員たちの親睦を深めるのが目的だ。なので基本的に自由参加という事になっている。
 それ故に3年生の中で合宿に参加しているのは、既に剣道の特待生として青城女子大学と北斗院女子大学に内定している、桂と美咲の2人だけだ。

 他の3年生は受験が控えているという理由から、全員が辞退・・・もしくは剣道部そのものを退部していた。これは桂の高校では、別に珍しい事では無いらしい。
 1年生と2年生にも何人か辞退者がおり、今回の合宿に参加しているのは先生も含めて16人。これは桂の学校の剣道部の半分程度の人数だ。

 「さてと、早速だけど今日の仕事の役割分担をしないとね。」

 全員の部屋割りが済んだ後、先生が部員たちを大広間に集めていた。
 合宿の初日・・・最初にやらなければならないのは寺の掃除・・・そして夕食の準備だ。
 以前、青城女学院が合宿に来た時と同様、自分たちで自炊する事になっているのだ。
 とは言え料理担当の美咲は、保美や柚明にも匹敵する程の料理の腕前の持ち主だ。特に心配するような事など何も無いのだが。 

 「取り敢えず夕食は松本さんに任せるとして・・・松本さん、手伝って欲しい人とかはいる?」
 「いえ、この人数なら私1人で充分です。」
 「そうなの?根方さんたちも含めて20人分だけど、本当に大丈夫?」
 「はい。今日のメニューは人数分まとめて作ってしまえる物ばかりですから。」

 とても穏やかな笑顔で、美咲は先生にそう告げる。
 合宿中の料理のメニューやレシピなどは全て美咲に一任されており、取り敢えず今日は簡単な物で済ませる予定なのだ。
 先生も料理に関しては美咲に全て任せると決めているし、美咲に対して全幅の信頼を寄せている。美咲が1人で大丈夫だと言うのであれば、本当に大丈夫なのだろう。

 「それじゃあ他の皆は寺の掃除に回りましょうか。私は鈴木さんや根方さんと今後の打ち合わせがあるから、羽藤さんは皆の指揮を・・・」

 先生が言いかけた、その時だ。

 「なら、美咲さんの料理は私が手伝います。」
 「それじゃあ私は寺の掃除を手伝うとするか。」

 大広間に入ってきた渚と遥が、突然そう名乗り出てきた。
 いきなりの事に、先生は驚きを隠せない。

 「自慢じゃないですけど、私も料理は得意ですから。それにこのお寺に無償で泊めさせて頂いていますから、何かさせて頂かないと居心地が悪いですし。」
 「働かざる者食うべからずということわざもありますしね。渚の料理の腕は本物ですから、何も心配はいりませんよ。立花先生。」 

 とても穏やかな笑顔で、渚と遥は先生にそう告げる。
 いきなり降って沸いて出てきた話に最初は戸惑った先生だったが、それでも断わる理由など何も無い。それに料理のサポートに回る者がいてくれれば、美咲も随分と楽になるはずだ。

 「・・・分かったわ。松本さんもそれでいい?」
 「はい。異論はありません。」
 「それじゃあ料理は松本さんと渚さんに任せるわね。他の皆は寺の掃除に回って頂戴。」

 はーい。
 部員たちは元気に返事をして、桂の指示を受けてそれぞれの持ち場についていく。
 美咲は渚を連れて、調理場へと向かう。 

 「さてと・・・桂。私はどこを掃除すればいいんだ?」
 「それじゃあ遥ちゃんは私と一緒に、この部屋の掃除をやってもらおうかな。」
 「だがしかし、まさか私がお前にコキ使われる事になるとはな。」

 苦笑いしながら、掃除機で手際良く床のゴミを吸い取る遥。
 桂はバケツに水を入れて、テーブルに雑巾で水拭きと乾拭きを施していく。
 遥と桂によって、瞬く間に大広間が綺麗になっていく。

 「ところで桂。柚明の姿が見えないが・・・この合宿に同伴していないのか?」
 「さすがに柚明お姉ちゃんは身内とはいっても、部外者だから・・・。」
 「そうか。私は柚明の性格ならお前の事を心配して、無理矢理同伴を申し出てもおかしくないと思っていたんだがな。」
 「それでね、柚明お姉ちゃんったら1人じゃ寂しくて眠れないとか言い出してね・・・私が合宿で留守にしている間、梢子ちゃんに柚明お姉ちゃんとの添い寝をお願いしたの。」
 「・・・は?」

 遥は一瞬、桂が何を言っているのか理解出来なかった・・・。
 そして桂の言葉の意味を理解した後・・・何とも言えない表情になって、呆れたように深い溜め息を付く。

 「全く、情け無いというか何と言うか・・・あの富岡を打ち破った程の術者が・・・」
 「えへへ、梢子ちゃんは添い寝くらいなら幾らでも付き合うって言ってくれたけど。」
 「まあ、私もいつも渚と同じベッドで寝ているから、柚明の事を馬鹿には出来ないがな。」

 桂は敢えて遥には話さなかったが、柚明が1人で眠れないのは10年間オハシラサマとしてずっと1人ぼっちで、桂がいない寂しさ・・・孤独の恐怖にずっと耐え続けてきたからだ。
 だから柚明は、1人で眠るのがどうして怖くて仕方が無い・・・桂が隣で寝ていないと、安心して眠れなくなってしまったのだ。
 暗闇に包まれながら1人で眠っていると、何だか桂がこのまま消えて無くなってしまいそうで、不安になってしまうから。
 だから桂がこの合宿で自宅を留守にする2日間、桂の代わりとして梢子に泊まりに来て貰い、柚明の添い寝の相手をお願いする事になったのだ。

 その後も些細な雑談を楽しみながら、遥と桂は大広間の掃除を手際良く進めていく。
 やがてこの2人の手によって、大広間は新築同様にピカピカになっていった。

 「・・・よし、こんな物だろうな。」
 「うん、綺麗になったね。遥ちゃんお疲れ様。」

 掃除を終えた他の部員たちも、続々と大広間に入ってくる。
 合宿中は、この大広間で食事をする事になっているのだ。
 そして調理場から出てきた美咲と渚が、テーブルに続々と夕食を並べていく。
 とても香ばしい匂いが大広間を満たし、遥たちの食欲を刺激する。

 「松本さん早いわね。もう作り終えたの?」

 打ち合わせを終えて根方や和尚と共に大広間にやってきた先生は、まさか美咲がこんなにも早く夕食を用意するとは思わなかったようで、少し驚いていた。
 とても穏やかな表情で、美咲は先生に心からの笑顔を見せる。

 「はい。渚さんが手伝ってくれたお陰です。それに今日のメニューは物凄く簡単に作れる物ばかりですから。」
 「それでも松本さん凄いわよ。いいお嫁さんになれるんじゃない?」
 「うふふ、どうもありがとうございます。」

 やがて全員が席に付き、それを確認した先生が穏やかな笑顔で、夕食の開始を告げた。

 「それじゃあ、冷めない内に頂きましょうか。松本さん、部長として皆を代表して・・・」
 「ええ、それでは。」 

 美咲が両手を合わせ、高々に宣言する。

 「合掌!!・・・頂きます!!」

 他の部員たちも、遥も渚も和尚も根方も、同じように両手を合わせて美咲に続いた。

 「・・・頂きま~す!!」

3.穏やかな夕食の一時


 今日の夕食のメニューは、合宿の定番とも言えるカレーライス・・・そしてサラダとコーンスープだ。
 美咲が言っていたように、いずれも簡単に作ってしまえる物ばかりだ。
 それでも味に一工夫がしてあるようで、美咲と渚が作った料理はとても評判が良かった。
 皆、とても美味しそうに美咲と渚の手作りの料理を口にする。

 「ほっほっほ。由香さんは花子さんやサクヤさんと同じで、中々いける口ですな。」
 「和尚こそ、中々の飲みっぷりで・・・。」

 飲酒を咎める部員たちに対して、和尚は『これは泡般若じゃ』と胸を張って主張しながら、先生と豪快にビールを飲んでいたのだが・・・

 「ほらほら、根方さんもどうぞどうぞ・・・」
 「申し訳無いが、私は遠慮させて貰うよ。」

 コップにビールを注ごうとする先生を、根方は丁重に制した。
 そんな根方の反応に、とっても残念そうな態度を見せる先生。

 「え~!?根方さんってばぁ!!付き合いが悪いですよぉ~!!」

 既に出来上がってるのか、先生は何だか物凄い表情で、根方に馴れ馴れしく接していた・・・。

 「桂君。済まないがお茶のお代わりを貰えないかな?」
 「は~い。」

 根方の隣に座っていた桂が、先生がビールを注ごうとしたコップにペッドボトルの烏龍茶を注ぐ。

 「明日は朝から遥君と試合をする事になっているのでね。万全の体調で相手をしなければ、遥君を侮辱する事になってしまうんだよ。」

 だからアルコールを身体に残すわけにはいかないと・・・申し訳無さそうな表情で、根方は先生にそう主張した。
 遥は自分と戦う為に、はるばる経観塚から足を運んでくれたのだ。そんな遥と、身体にアルコールが残った状態で戦うなどというのは、全力で自分との勝負に挑む遥に対する、最大の侮辱だ。
 人間はコップ一杯のビールを飲んだだけで、反応速度が0.2秒鈍ると言われている。
 いかに根方と言えども遥ほどの達人クラスが相手だと、その0.2秒というのはあまりにも大きなハンデになってしまうのだ。まして遥は神速の剣の使い手だから、尚更だろう。

 「ところで美咲。今日の料理は精進料理じゃないんだな。」

 桂の前の席に座る遥が、桂の隣に座る美咲に何となくそう聞いてみた。
 寺での合宿という事で、肉類が一切入っていない料理が出てくる物だと思っていたのだ。
 実際には遥が現在食べているカレーライスにはちゃんと牛肉が入っていたし、サラダにもベーコンの切り身が添えられていた。

 「ああ、このお寺では肉食を咎めるつもりは一切無いからって、事前に羽藤さんから聞いていたから。・・・不服だったかしら?」
 「いや、凄く美味いよ。大した物じゃないか。」
 「渚さんにアドバイスして貰って、味に一工夫してみたの。気に入って貰えて嬉しいわ。」
 「だから言っただろ?渚の料理の腕は本物だってな。」
 「それに遥さんは明日の朝、根方さんと試合をするんでしょう?だったら精進料理なんか食べてたら駄目よ。ちゃんとバランスの取れた料理を食べて、丈夫な身体を作らないと。」

 とても穏やかな笑顔で、美咲は遥を見つめる。
 1年前に青城女学院が合宿に来た時は、保美と柚明が寺での合宿だからという理由で精進料理を作ったせいで、百子が『肉』を連呼して梢子に怒られてしまったのだが。
 それを思い出した桂は、思わず苦笑いしてしまう。
 今回の合宿では百子のような食いしん坊はいないし、美咲も精進料理を作るつもりは微塵も無いので、あの時のような騒ぎになる事は無さそうだ。

 そう言えば今回の合宿も、あの時と似ている。
 1年前のあの時は、たまたま卯奈坂まで旅行に来ていた自分と柚明が、宿泊先の咲森寺で青城女学院の剣道部の合宿に偶然鉢合わせしてしまい、これも何かの縁という事で合宿に一緒に参加する事になった。
 そして今回もまた遥と渚が、そして根方までもが自分達の合宿に偶然鉢合わしてしまい、今こうして合宿に一緒に参加する事になったのだ。

 何にしても、楽しい合宿になりそうだと・・・桂は心の底からそう予感していた。

4.死闘・・・遥VS根方


 そして翌日の朝・・・当初の予定通り、寺の道場で遥と根方が試合を行う事になった。
 警備会社の制服に着替えた遥が鞘からアポロンを抜き、根方をじっ・・・と見据える。 
 その遥の姿はまさしく中世の騎士のようで凛々しく美しく、部員たちの多くがそんな遥に見惚れてしまっていた。

 それに対して根方が手にするのは、咲森寺に代々伝わる霊剣・蜘蛛討ち。
 1年前に根方はこの剣を手にした梢子と戦い、敗れた。
 その剣を、今度はこうして自分が使う・・・根方はどんな想いを抱いているのだろうか。

 「根方さん。事前に姉さんから聞いてると思いますけど・・・」
 「分かっている。このバラを守りつつ、遥君のバラを散らせばいいんだったね?」
 「はい。それと武器を飛ばされても負けですから。」

 渚が遥と根方の胸に、一輪の白いバラを付ける。
 さすがに蜘蛛討ちとアポロンでまともに殴り合って、大怪我でもしたらシャレにならないという事で、今回の試合は剣を弾かれて手から離すか、胸のバラを散らされた方が負けという変則ルールで行うことになっているのだ。
 最も今回は桂が傍にいてくれているので、多少の怪我なら桂の『力』で治して貰えるのだが。

 そして剣道部一同も、この2人の戦いを観戦する事になった。 
 目の前で繰り広げられる達人同士の試合を観る事で、部員たちに何か得られる物があるのではないかと・・・美咲が先生にそう提言したのだ。

 「では根方さん。行きますよ?」
 「全力でかかってきたまえ。君がどれだけ強くなったのか、見せて貰うとしよう。」

 互いにアポロンと蜘蛛討ちを構え・・・皆が見守る中、先に遥が動いた。
 いや、動いたというよりも、いつの間にか遥が根方を間合いに捉えていた。
 千羽妙見流奥義・縮地法。
 一瞬にして遥のアポロンが、根方の胸のバラに迫る。

 「・・・はっ!!」

 常人には目で捉える事すら出来ない、遥の神速の斬撃。
 だがそれさえも、根方は的確に対応する。

 「ふんっ!!」
 「何・・・!?」

 まるで精密機械のような正確無比な剣捌きによって、根方は遥の斬撃を受け流す。
 体勢を崩した遥に迫る、根方の蜘蛛討ち。

 「ぬうん!!」
 「ちいっ・・・!!」

 根方の蜘蛛討ちが、空を切る。
 いつの間にか遥が後方への縮地法で、根方から間合いを離していたのだ。
 いや・・・通常のフェンシングのステップではなく縮地法を使っていなければ、根方の剣は間違いなく遥のバラを捕らえていただろう。
 それ程までに、根方の剣閃は凄まじかったのだ。 

 「3年前の栞君もそうだったが・・・」
 「はあああああああああああっ!!」

 それでもめげる事無く、遥は根方に突進する。
 まさにフェンシングならではの縦横無尽の動き。一瞬で間合いを離したかと思えば、一瞬で間合いを詰めてくる。
 アポロンと蜘蛛討ちが何度もぶつかり合う。2人の周囲に無数の糸状の閃光が走る。

 「君の太刀筋は、確かに剛直さと精密さを合わせ持っている。その歳でよくぞこれ程までの域に達した物だ。」
 「くっ・・・!!」
 「だが、いかに君の太刀筋が剛直で精密であろうとも、君の太刀筋はあまりにも直線的過ぎる。」

 またしても根方は、まさに精密機械のような正確さで、遥の剣を受け流す。
 それでも遥は強靭な足腰でもって、崩される事無く即座に体勢を立て直す。

 「くそっ・・・!!」
 「それ故に私には、君の動きを容易に先読み出来る。確かに速さだけならば、君は私を上回っているようだが・・・」
 「くっ・・・貫けーーーーー・・・っ!?」

 まるで初めから打ち合わせでもしていたかのような絶妙なタイミングで、根方は遥が攻撃するよりも一瞬早く、回避行動を取っていた。
 遥の奥義・ライジングフォースさえも、根方には通用しないのだ。 

 「・・・ふんっ!!」
 「ぐあっ・・・!!」

 振り下ろされた蜘蛛討ちを、遥はアポロンでどうにか受け止めた。
 そしてライジングフォースと根方の斬撃の威力を利用し、遥はそのまま根方を通り過ぎるかのように間合いを離し、体勢を立て直して身構える。

 「動きを先読みさえ出来れば、君の速さが私を少しばかり凌駕していようとも、事前に君の動きを予測して対応すれば済むだけの事だ。」 

 そもそも根方クロウ流の極意は『後の先』によるカウンターだ。相手の動きを先読みして対応する技術に関しては、他の流派と比べても群を抜いている。そして根方宗次のそれは、まさに『究極』と呼べる程の域に達しているのだ。
 それに対して遥の剣術の真髄は、根方クロウ流とは真逆・・・その圧倒的な剣速での凄まじい連撃によって、相手に抵抗する暇も与えずに叩きのめすという物だ。
 それは遥が警備員として凶悪犯罪者を取り押さえ、力無き人々を守るのに一番適した戦い方だと判断し、極限まで磨き上げた戦い方だからだ。

 だがそれ故に、遥の太刀筋は直線的・・・『後の先』によるカウンターを極意とする根方クロウ流・・・その達人の極みにまで到達した根方は、遥にとってまさに天敵と言っても生ぬるい程の相手なのだ。
 戦いには相性と呼べる物があり、どうしても得手不得手がある。こればかりはどれだけ技を磨こうとも、最早どうにもならない代物だ。

 そして剣は人の心を体現する物。
 とても穏やかで心優しい桂と綾代、美咲の太刀筋は、まさに流水。
 とても誠実で真っ直ぐな梢子と烏月、夏夜の太刀筋は、まさに剛直。
 そして、時として口八丁な百子と汀、コハクの太刀筋は、まさに変則。

 そう・・・太刀筋というのはどうしても、剣を振るう者の性格まで出てしまう物なのだ。
 遥の剣が、まさに梢子と同じで剛直であるのと同じように。
 根方にとっては、まだ汀とコハクのようなトリッキーな戦い方をする相手の方が、余程戦いにくい相手だと言えるだろう。それは遥も充分に理解していた。

 だがそれでも、遥は諦めない。
 遥は根方を倒した梢子を、一度は破っているのだから。
 そう・・・梢子が1年前に根方を倒した時と同じ。
 正攻法で倒せないならば、奇策でもって挑めばいい。

 「・・・ならば根方さん、今から貴方に見せましょう!!」
 「ぬ・・・!?」
 「真っ当な剣の道のみを歩んできたこの私が、馬瓏琉との戦いの後に編み出した・・・この私の唯一の『奇剣』を!!」

 遥の構えは先程と同じ、ライジングフォースの構え。
 だが根方は、遥の微妙な左手の動きを見逃さなかった。
 無意識の内に遥の左手が、先程よりも微妙に鞘に寄っていたのだ。
 そんな微妙な『癖』さえも、瞬時に敏感に察知する・・・これもまた根方クロウ流の『真髄』を極めた根方だからこそ出来る芸当だ。

 (虎噤みか・・・随分と器用な真似をする物だ。)

 虎噤み・・・根方は以前、この技で梢子に敗北しているのだ。
 だが1度食らっているからこそ、対処法は充分に承知している。
 アポロンは根方の注意を引く為の囮・・・鞘による本命の一撃にのみ注意すればいい。

 「はああああああああああああああっ!!」

 遥が根方に突進する。
 まさしく突貫力のみを追及した、究極なまでの突き。
 だが根方は遥の太刀筋を事前に予測し、最小限の動きで遥のアポロンを避け・・・

 「そこだあっ!!」
 「何っ!?」

 遥の鞘が、根方の蜘蛛討ちを弾き飛ばす。

 「一撃目が鞘・・・!?」

 遥の真の狙いは、虎噤みとは真逆・・・鞘で相手の武器を弾き飛ばし、無防備になった相手にアポロンでの本命の一撃を加えるという物だ。
 これが馬瓏琉との戦いの後に編み出した、虎噤みの派生技・・・『ライジングフォース・スティル』。
 元々は拳銃などの武器を持った凶悪犯罪者を、より効率良く捕らえる為に編み出した技だ。

 まさに『鞘が本命の一撃だ』という、根方の思い込み。
 事前に梢子の虎噤みを見てしまっていたからこそ、根方は見事に引っかかってしまったのだ。
 それでも根方は蜘蛛討ちを弾き飛ばされはしても、敗北条件である『蜘蛛討ちを落とされる』事までは許さない。その驚異的な握力でもって、しっかりと蜘蛛討ちを握り締める。
 だがしかし、元々虎噤みは二段構えの技なのだ。

 「もらったああああああっ!!」

 ガラ空きになった根方のバラ・・・そこにアポロンによる本命の一撃が迫る。
 勝った・・・遥はそう確信した。
 蜘蛛討ちを弾き飛ばされたこの状況からでは、どうあがいても回避行動は間に合わ・・・

 「ふんっ!!」
 「何・・・!?」

 だがしかし根方の左手が、まさしく精密機械のような正確さと絶妙なタイミングで、遥のアポロンの刀身をしっかりと掴んでいた。

 「龍牙・・・だと・・・!?」

 龍牙と呼ばれる技がある。
 丸腰になった時に相手の刀を指で掴んで防ぐという物なのだが、一歩間違えば指を斬り落とされてしまうという、あまりにもハイリスクハイリターンな技・・・それが龍牙だ。
 それ故にこの技は、生涯でただ一度しか使う事が出来ないと言われている。
 無理も無いだろう。指を斬り落とされてしまったのでは、その指はもう二度と使い物にならないのだから。 

 だが遥のアポロンは、人を殺傷する為の剣ではない。凶悪犯罪者を捕らえ、力無き人々を護る為の剣・・・指を斬り落とす刃など最初からついていないのだ。
 そして・・・真の龍の牙は、決して折れないのだ。 

 「くっ・・・動かない・・・!!」

 根方の驚異的な腕力と握力によって、遥のアポロンはびくともしない。
 そして。

 「胸のバラを散らされた方が負け・・・そうだったね?遥君。」 
 「しまっ・・・!!」
 「ぬうんっ!!」

 遥が弾き飛ばした蜘蛛討ちが、振り下ろされる。
 次の瞬間、遥の胸のバラが見事に散っていた。
 呆然とする遥。驚嘆の声を挙げる部員たち。
 根方は、遥に勝ったのだ。