Q6

    
Q.同じ表現が何度も出てくるような気がするけど?

A.AIRでは同じような言葉を別々の場面で使うことにより、一見無関係な二つの場面、二人の人を結びつけたりする。「転生」や「記憶の継承」をほのめかすために使われる。

その代表例が「さようなら」。オープニングの最後に浮かび上がる「さようなら」の文字、その直後に往人が応えて「誰かが呼んだ気がする」。誰かとは、もちろんAIR編ラストシーン、「さようなら」と告げた少年だ。

この「さようなら」の言葉一つで、ラストシーンが実は、DREAMの開始時点(7/17)だったと気付くことができる。

他にも「目覚めはまぶしい」「目指して」「ずっと」「じっと見ていた」「無限」「どうして…みんな…わたしだけ…残して…」などの言葉が、転生先の別人物によって何度も、形をわずかに変えながら繰り返されていく。

余談。以下の二つの場面に直接の関係はないが、似たような構造を意識して書かれていることが伺える。

SEEN217.TXT

【美凪】「…でも…なるべく遠野とお呼びください」
【往人】「名前で呼ばれるのは嫌いか?」
ぷるぷるぷる。
首を何度も横に振る。
【美凪】「………」

SEEN180.TXT

【少女】「神尾観鈴。観鈴って呼んでほしい」
【往人】「神尾じゃ嫌か」
【少女】「ううん。嫌ってことないよ。でも、観鈴がいい」

名前で呼んで欲しいという観鈴。強引に親しい関係を演出しようとしているのだろうか、それとも家庭の問題を思い出させるがゆえに名字が好きではないのか。

名字で呼んで欲しいという遠野。家庭の問題を抱えているせいか、好意を抱いているはずの往人からですら「美凪」と呼ばれることに抵抗を示すところに複雑な心理的葛藤がうかがえる。

結果として、観鈴編では「観鈴」「往人さん」というように名前で、美凪編では「遠野」「国崎さん」と名字で呼び合うようになる。

キャラクターの設定や性格を実は全て「名前の呼び方」一つで表現していたことが、再プレイ時に理解できるようになっている。

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