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「矢上爽一郎の肖像」


「あのー!」
連れて来ていた麗華はいきなり素っ頓狂な声をあげた。
「どうした?」
「ここ、ハイマイル区画ですよー」
「そうだな」
俺は250年前の漫画のように「計画通り」と笑い出したい衝動を抑えて、極力冷静を装った。
ハイマルなどACE以外では早々これるものではない。
俺ですら来るようになったのは株を始めてからだ。
「珍しいだろう?ウィンドウショッピングには最適だ……と思う」
まあ、俺はハイマイル以外にウィンドウショッピングに向いたところなど知らないわけだが。
「ソウイチローさんがいるから入れたのかな?」
「そうだな……ま、たまにはな」
そう、たまには仕事以外でハイマイルを歩くのも悪くない。
RB戦とは違った意味で、株取引は神経を消耗する。
まったく、こんなことなら花見のときの知恵者の言葉を真に受けるんじゃなかった。
帝國軍だけでも激務だというのに、何で俺は株トレーダーの真似事までしているのか。
「まぁ、これたんだから、せっかくだし、楽しみましょう」
まあ、そんな普段の苦労も連れて来た麗華は嬉しそうなので、まあいいかと思う。
我ながら単純だが……

/*/

俺たちはウォーターサイド区画を道なりに歩きながら、あちこちの店を物色した、
今まで仕事で何度か来ているおかげで、幸いどこに何の店があるか程度は知っている。
おかげで俺のような無精者でも、店を探して迷うということはない。
それに、今日は知恵者の姿もない。
当たり前だ、奴はここに入ったら不審者としてつまみ出されるのが落ちだろう。
そう、俺は知恵者とは違う。くくく……本当に笑いをこらえるのが大変だな。
「あ」
「どうした?」
歩いていた麗華が唐突に足を止めた。
宝飾店の前だ。
……何か宝石でも欲しいのだろうか?
「綺麗ですねー、でもさすがにハイマイル区画。お買い物は出来そうにありませんよ」
指輪のウィンドウに目を落としながら、麗華が言う……そうか指輪か。
「買おうと思えば何とかなるものもありますが、ある程度のマイルは有事の際に残しておかなければなりませんしねー」
「50くらいなら出してやる」
なかなか殊勝なことを言う。しかし、指輪くらいは俺から送れなくてどうする。
先週帝國軍のほうの給料が出たから、個人口座にはまだ余裕があったはずだ。
流石に100とかは無理だが、50程度ならどうにでもなる。
しかし、麗華は。
「うーん、私は『指輪』は欲しいんですけど別に値段はどうでもいいんですよ」
そんな殊勝なことを言って。
「だからこんなに高価なものは…でも、ありがとう。気持ちだけでも嬉しいです」
静かに微笑んだ。
季節に咲く梅のようなその表情に、自分の口元がほころんだ。
それが気恥ずかしくて、俺は話題を少し強引に変えた。
「あー。じゃ、どうする?四月兎の高いケーキでも食べるか?」
「今日はソウイチローさんにお任せします。あなたが行きたいところに連れて行ってください」
そう来たか。しかし俺の行きたいところといわれてもな……
繰り返すがハイマイルにそれほど詳しいわけじゃないし、別に好きできているわけでもない。
となると……
「ソウイチローさん、和菓子は苦手でしたよね?洋菓子にしましょうか?」
「ま、桟橋歩いてもいいか」
ハイマイルから見える軍港の景色は、嫌いではない。
麗華が退屈に思わないかが、心配だが。
「私はどちらでも」
「……」
まあ、笑ってるし。海を見せてやるのもいいか。


おまけ(要点とは関係ないですが、帝國軍の軍服なのに世界貴族で株トレーダーな爽一郎氏について想像をめぐらせて見ました)


真夜中でも光が消えることのない帝國の不夜城―――ハイマイル区画。
慢性的不況の帝國にありながら、ビッグ7の主要区画にも匹敵する輝きを放つ街である。
マイルという個人通貨の過剰発行が咲かせた仇花とも言えるこの地にも、路地裏はある。
そこの古びたベンチに、帝國軍の礼装に身を包んだ一人のヤガミが腰掛けていた。
彼の名は爽一郎。数あるヤガミの中でも「地味」といささか不名誉な風評を持つ人物である。
「――――以上が黒麒麟での騒動の顛末になります。おそらくこれで」
「共和国内戦は不可避、ということか」
「ええ、ほぼ間違いなく」
「わかった、報酬はいつもどおり旅行社に振り込んでおく」
そう言って黒服の男との背中合わせの会話を打ち切り、爽一郎は立ち上がった。
真夜中にきらびく摩天楼へ静かに歩を進めながら、彼はニューワールドの今について考える。
ビッグ7を始めとする共和国天領が、最終的にはテラ領域全土の制圧を狙っているのは間違いない。
解せないのは何故国力において圧倒的に勝る彼らが、ここまで執拗にテラに拘るかだが……
まあ、それはフィーブル新聞社か海法氏あたりがいずれ回答を出してくれるだろう。
そう考えて爽一郎は思考を切り替えた。
自分は自分の手持ちのカードでゲームに挑むしかないのだ。
そうなると、やはり……

瞬間。
ひゅん、と風を切る音がした。

戦闘反射で身をかわし振り返ると、そこには黒服の男が投擲用の短刀を指に挟んで佇んでいた。

「どういうことだ」
「あなたより良い雇い主が見つかったということですよ。矢上爽一郎さん」
「……マイルに目がくらんだか。これも個人リソースの弊害だな」
「何とでも言うがいい!私は貴様を殺して電話付きの家を買うんだっ!」
余りにも切ない叫びを上げながら、黒服は短刀を三本同時に投げた。
爽一郎は帯刀していた帝國軍の軍刀を抜き放った。
神速、としか言いようのない速さで白刃を振るい、ダガーを叩き落す。
枯葉が落ちるような冷たく乾いた音が、光届かぬハイマイルの路地裏で静かに響いた。
「今ならすべて見なかったことにしてやる。俺の目の前から消えろ」
「ぐっ……おのれっ!だが、私には奥の手がある!!」
最後通告とも言える爽一郎の言葉は果たして、その耳に届いたのか。
それはもはや知る由もない。なぜなら黒服の男は……
「職業4、竪穴に封印されし化け物か」
もはや人間でない姿へと、変貌を遂げたのだから。
「ふはははは、これでHQB込みで俺の白兵評価は25!ACEといえど、RBもない貴様では敵うまい!!」
蟷螂としか言いようのない姿で、勝ち誇るもはや黒服ではない男は勝ち誇った。
その腕が振るわれ、斧が爽一郎の頬をかすめる。
「どうだ、恐ろしいか!ヤガミめ、ヤガミめぇぇっ!!しねぇぇぇ」
だがそれでも。爽一郎は余裕を崩すことはなかった。
「舐めるな。俺が何故イエロージャンパーを脱いだか……」
そういって、軍刀を鞘に収め。
「教えてやる。火星で死神と呼ばれた、その本当の理由を」
爽一郎は笑った。
「ぐがぁぁぁぁぁ!」
叫びを上げる化け物の手刀―――そう、文字通り「手刀」だ――をかいくぐりながら、その懐へと接近する。
「俺はアリアンだったから、パイロットだったから強かったんじゃない」
「ぐががぁぁぁっぁ」
空を切った斧が道路にめりこむ。
「俺には追いつきたい人がいた。跡を継ぎたい人がいた」
思い出すのは、熊本の小さなビルでの記憶。
どこかの誰かをゲームで幸せにするという、理想というには余りに儚いユメを見ていたあの場所。
「その背中があったから―――俺は負けない!」
そう言い放った瞬間、爽一郎の居合いが一閃した。
続けて二度、三度と剣花が閃き。
次の瞬間、化け物は崩れ落ちた。

「矢上少佐、ご無事でしたか」
「ん?ああ、ご苦労」
しばらくして、爽一郎の元へ一人の犬士が駆けつけてきた。
服装とアイドレスからすると、帝國軍のものらしい。
「接触されている情報提供者が…」
「そいつなら向こうで倒れている。殺してはいない、職4をはがして適当に尋問しろ」
「イエッサー!」
そういって犬士は路地裏へと駆けていく。
「あ、少佐はどちらへ」
「俺はこれから人と待ち合わせがある。後は頼む」
「わかりました!」
何事もなかったかのように、爽一郎は再び摩天楼へ足を進めはじめた。
しかし、その顔にはさすがに憔悴の色が雨漏りのように滲んでいる。
「やれやれ」
実際、こうやって狙われたのは初めてではない。
思えば2月くらいからこうして狙われっぱなしだ(その大部分は実は彼の勘違いなのだが)。
「いい加減に、絵札の切り時か」
そう、こうやって影で動くのはもはや限界だった。
外交主体の共和国テラ領域にあわせて今までは黒子に徹してきたが。
会戦が不可避となったのであれば、もはや遠慮の必要はない。
仕込みはすべて整った。
共和国天領が直接帝國に仕掛けてこないうちに、大規模な経済的介入―――経済戦争を仕掛ける。
決意を胸に、爽一郎は摩天楼へと消えていった。