再び動く戦況に
三つの人影が所狭しと駆け抜ける
相変わらずの凄まじい戦いは一見、先ほどと変わらない様相を呈していた

だが、、

「ち、ぃ!」

今、明らかに槍兵の表情に余裕が無くなっている

頭上に落ちる紫電の太刀を寸の見切りで横に流そうとするが
その両脇に打ち込まれるフォトンランサー
軸移動を封じられ、まともに受ける羽目になった烈火の将の最強奥義

ギリリ、と歯を食い縛る男――
両足が膝下まで地面にめり込む

その両の足を、これまた執拗に狙うフェイトの魔法射撃

「よいしょっとぉ!!」

全身のバネで埋まった両足を引っこ抜き
アスファルトを撒き散らしながら豪快に跳躍するランサー
そこに打ち落とされるフェイトの斬戟も、先ほどまでとは明らかに勢いが違う!

(気づいたか……やっぱり子供騙しは通用しねえな)

ド単純なトリックだ
今時こんなので煙に巻けるのは少年兵くらいだろう

流石は自分が見込んだ敵だけの事はある
相当の手錬れなのは今更言うまでも無い
いつまでも騙し通せるはずがないのだ

先に記した、連携であるが故に生じる隙は
互いの技量を心の底から信じる者同士において
その信頼の度合いが大きければ大きいほど、小さい

男のやった事はすなわち1+1を2にさせないという事
多数を相手にする時の基本だ
だがそれに対して心の通じ合ったベストパートナーは
1+1を5にも10にもしてくる

―――それは小細工など入り込む余地のない黄金の連携

要は互いの覚悟と信頼が連携を完璧なものへと近づける要因になるという事だ
聞くほどに基本的なことなのだが――それを実行に移せる者は意外なほど少ない
やはりこの二人のように数年、数十年と心を通じ合った者同士でないと至れぬ境地である

がっぷり四つにて激しく激突するシグナムとランサー
下から切り上げようとする将の二の腕を蹴り付け、後方に飛翔する

後ろに目がついているのかと疑うほどに正確なタイミングで
旋回して背中を向けたフェイトに今一度襲い掛かる蒼き死神

「おぉりゃっ!!!」

飛ぶ鳥を堕とす獣の咆哮と共に繰り出される渾身の一刺しが
フェイトの背中――脊椎を貫き通そうと唸りを上げて迫るが、

瞬間、、

「ソニックムーブ」

黒衣の背中を隠す白いマントまでが
一瞬でランサーの視界から掻き消えた

目を見張る槍兵
刹那とはいえ、この最速の英霊のお株を奪う爆発的な速度で
ロケット砲の様な男の突きを見事透かすフェイト

「野郎………誘いか!」

サーヴァントは確かに4、50mの高度を一瞬で潰す跳躍力を持つ
それは時に空を駆ける猛禽すら一撃で仕留める凄まじさであろう
だが、、、、やはり、当然の事ながら――


――― まともにやれば、羽を持つ相手に空で適うはずがない ―――

ことに飛び上がって放った一撃を外してしまった時は最悪だ
中空へと舞い踊るその肢体――エアハイクが終わるまで数秒
しかしてそれはコンマの位を奪い合う戦場において気の遠くなるほどに長い時間であった

「くそ………俺としたことが、みっともねえ…!」

フェイトもシグナムも、もはや相棒が凶刃に狙われようとちょっとやそっとでは崩れない
敵に倒されても構わないと、そういうつもりで戦っている?

否――違う

いかに敵が強かろうと、その凶刃に狙われようと
相棒がそう簡単に堕ちる事はないと思い直し、再認識したに過ぎない
そうなればもはや彼女らには微塵の隙もない
それどころか、こうしてこちらの隙を狙い打つ余裕すらある

そして今の自分はまるで餌に釣られた魚だった
無様に晒した横っ腹――
飛来する猛禽の爪を、牙をただ黙って貰い続けるサービスタイムの始まりだ!

「「ブレイクッッ!!」」

共にデバイスに全開魔力を叩き込んだ炎と稲妻
その中心に位置する蒼いサーヴァントに刻み込むようなクロスラインを描く

「が、ぐっっ、、」

何度も何度も、対象が地に落ちるまで何度も描く
ギィン、! ギィン、!という炸裂音が間断なく響き渡り
その度に槍兵の肉体が弾け、飛び、のけぞり
中空で、きりもみしながら地面に向かって堕ちていき――
受身も取れずにコンクリの地面に盛大に落下した!

「ぐ、は―――」

何かが潰れる鈍い音と共に叩きつけられた肉体
影すら踏ませぬを信条とするこの英霊が
瞬く間にボロ雑巾のような肢体を晒していたのだった

「ぐ、がああああぁぁあッッ!!」

地に伏せるを断固拒否するその肉体が咆哮と共に跳ね起きる
一瞬たりとも背中を泥に塗れさすなど男のプライドが許さない
しかして受けた傷から大量の血飛沫が吹き出して、、足元をぐらつかせてその場に佇む槍の魔人

地を這う獣が空を舞う鳥に空中戦を仕掛けた報い――

「こ、りゃ……次からは迂闊に跳べねえな、ぁ――」

負傷した側頭部からどろりと流れる赤い液体
それを拭おうともせずに槍兵は
大地に突き立つ槍を抜き放ち、、憤然と構える

(………戦果は?)

(クリーンヒットは左大腿と脇腹、背中
 受身を取れずに右肩から落下したようです)

本来ならばこれで決まりだろう
どう考えても動けない負傷を与えた筈だが――

(まだやるつもりらしいな……丈夫な男だ)

(見習いたいものです)

共にこの槍兵の凄まじさを体感した騎士と魔道士である
これで終わりとは到底思えなかったし、ここで気を緩めるような事もない

引き続き、周囲を旋回し、揺さぶりを続けるフェイト
可能ならばまた上空に打ち上げて――今度こそ止めを刺す算段だ
ここまで来たらもはやノイズはない
冷徹に着実に詰めていくだけだ

「流石にきついか…」

大口を叩いたが、敵は予想以上にやるようだ
千の軍勢、過酷な退却戦などあらゆる絶望的な戦場に身を置いてきた彼をして
そのどれよりも厳しい手応えに武者震いを禁じえない

仕方が無い……
もともと味方などいない戦いだ
一対ニのこの状況は仕方が無い……

しかしながら両者とも刃を交え、その技量を測り
何とかやれるだろうと踏んだ見積もりを遥かに超えてくる相手の連携

先も記したようにベストパートナー同士の連携は1+1=2ではない
単純な数字で測れるものではない事くらい、男にも分かっている
だが敢えて大きな計算違いを指摘するならば
これほどの連携の精度は彼の生きた時代では常識的にあり得ないという事

それは科学的、論理的に突き詰め
あらゆる計器を元に叩き出したデータによって構築され
それに沿って修練を積んできた完璧なるコンビネーション

神話の時代にはこれほどの精度の連携は望むべくも無い
実際の数値に裏付けされた理想の挙動
これは近代に至るまで進化を重ねたニンゲンの業――研鑽を積んだ戦技の結晶なのだ

「何の、まだまだ……これくらいで丁度良い!」

無事なはずが無い
軽装がゆえに最速である彼、最速たらんと軽装である彼は
即ち一発の被弾も許さぬ彼岸の域に自己を置く事によってその身のこなしを手に入れた

それがこうして敵の攻撃を受けた以上、ただで済むわけがない
男が未だ、口元に笑みを浮かべながらに構えるが
莫大な損傷を負った事は傍から見ても明らかだった

「………」

その槍に蛇のように巻きつく鉄の鞭はレヴァンティンのシュランゲフォルム
刃を合わす事すら至難だった真紅の魔槍をこうも容易く捕らえられる
やはり明らかに効いているのだ

「………自業自得もいいところだぞ」

武器を奪おうと、それをさせじと互いに渾身を以って引き合う両者だったが
まるで無表情に淡白に呟くシグナム
苦渋に満ちた、どこか男を責めるような思いは決して外に出さない

むざむざ自分から窮地に落ち込んだ愚か者を淡々と仕留めるだけの作業だ
騎士同士の決着としては下の下の部類に入るが、、それもまた致し方なし

「………戻れ!」

相手をこちらに引き付けておいて
再び刀剣に姿を変えたデバイスを持って彼女は突進
その足元おぼつかぬ相手に容赦なく叩きつける

「いいんだよ……これでいい」

その打ち込んでくる剣士に
後方からこちらを牽制する魔道士を相手にしながら
男はこの期に及んで獰猛な笑いを崩さない
彼にとっては劣勢すらも愛すべき戦の一つであるのか、、?

いや、違う……決してそれだけではない

男は英霊
此度のようにこの魂がニンゲンの呼びかけに応じ
奇跡として顕現し怪異の前に立たされる事も一回や二回ではない(本人に記憶を引き継ぐ事は出来ないが)

だが現世のニンゲンの御業で英霊を完璧に召還する事は出来ない
そこには確実に生前の自分とは異なる――
酷い時になると全くの別物としか言えない器が用意されているのだ

そうした中で彼が一番初めにする事は決まっていた
それは自分が生前と比べて何が出来て何が出来ないか、今の自分の器を量る事だ

練磨――器と意識の軸合わせ
いわば性能テストのようなもの

フレームは? エンジンは? トルクは? 武装は?
その正確な数値を実際に一つ一つ試す事が
男の愉しみであり、また試運転を兼ねたオーバーホールであった

確か……今回は酷かった
あの糞神父に下らない制約をつけられ
全力で戦える機会など与えられなかった
オーバーレブ付近でリミッターがかかり、失速するこの身を何度歯痒く思った事か
いっそこのまま自刃してやろうかと思い至ったくらいだ

それが今、劣勢に立たされているとはいえ――こんなに切れているのは何時以来だろう?
たとえあのセイバーやバーサーカーが相手でも微塵も負ける気がしないほどに今の自分は充実していた

もっと試したい――!
もっと強大な力をぶつけて欲しい――!

痛みなど感じなかった
栄えある戦いに身を投じられた歓喜の前では
あらゆる苦痛が快楽へと変わっていく

しかし―――

(そろそろ―――潮時かもな)

敵は思った以上に強かった

これ以上、槌を叩きつけられてはいかに丈夫な剣とて折れる
もっともっと愉しみたいが、残念ながらこちらが持ちそうもない

さて、どうするか――

悲しいかな、意中の相手は空の猛禽
やはり地を駆ける者とは決定的には交わらない
もっともっと戦り合っていたかったが、、交わらない以上
この先は簡単な図式の勝負になってしまうだろう

「仕方ねえ――これで負けたら、いくら何でもマヌケ過ぎるからな…」

打ち込まれた刃の痛みを燃料に変えて
クランの猛犬がその覚悟を決める

―――だんだんに読めてきた、敵の動き

そう、彼とてあんな子供騙しの策頼りで無謀な戦いを挑んだわけではない
むしろあれは敵を十分に観察するに足る時を稼ぐ、その程度の役割を果たせればよかったのだ

今の今まで何も考えずに猛攻を受けていたわけではない
相手が精巧なデータや発達した計器で戦術を練るのなら
こちらは卓越した感覚、刻み込まれた相手の刃によって敵を測る

旗色が悪くなってはいるが、ことここに至るまでが彼の戦の全てを形成する要因だった
そして今、槍兵の目にはやはり勝利しか映っていない

―――槍を片手に持ち変えるランサー

左手を前方に、指を立てて添える
その様はまるで狙撃手が相手に定める照準のようだった

狙いはただ一つ

相手の空中での軌道、
恐らくは何千と訓練を重ねてきたのだろう
そのリズムは正確で一糸乱れぬ見事なものだった

――― だからこそ、読みやすい ―――

その炎と雷が交わり重なるポイントは確実にいくつかある

その対角線上、、
二人が交わった時、、

同一軸線上にその身を置いた瞬間――

「狙い撃ちだ―――心躍るじゃねえか……
 久しぶりに心底、熱くなってきたぜぇ!」

男の言を受け、真紅の槍は三度吼える

今やその二敵を射抜く確率は針の穴を通すほどしかないが
それを通すのが面白いのだ

見せ損なったその牙を
クランの猛犬の切り札を
再び轟の一文字を以って起動させる

(構えが……変わった?)

男と熾烈な剣戟を重ねてきた将が今
槍兵の佇まいの変化に険しい目を向けていた

(シグナム……)

(ああ、気をつけろ)

フェイトも気づく――相手の体重移動、シフトの変化に

常に前傾でこちらの距離を潰そうとしてきた男が
今はサイドステップを含んだ歩法でフェイトの射撃を往なし
シグナムと切り結ぶ事も避けて距離を測っている

何かを狙っている――明らかに

敵の持つ槍から発する殺気
それは本能に訴えてくるレベルの危険、、恐怖
この強力な敵が満を持して抜き放つ真剣――
どれほどの脅威を含んだ代物なのか、想像も出来ない

だが、、

(何の――こちらとて止めの図式は見えている…!)

相手の切り札を待つ気も出させる気もない
勝負において敵の切り札など切らせないに越したことはない

こちらにはその筋のエキスパートがいる――
相手が少しでもタメの長い挙動などを見せたら
その行動ごと斬って落とす最速の魔道士が!

「その」瞬間―――

クイックシフトで前衛とサポートが入れ替わりフェイトが前衛になる
そして彼女が最速の踏み込みで相手の技を潰して斬り抜ける

後方支援に終始していたフェイトの突然のチャージに対応できる者はいない
何か大きな仕掛けを取る瞬間なら尚更だ
敵は目にも止まらぬ雷光の凄まじさを今一度知ることになるだろう

そして――切り札はこの手に、、
今、剣の騎士のもう一つのカード
隠し持っていた「隼の爪」を解放する準備を終える将

抜き放てば……一撃だ
敵がどれほど強力な耐久力を秘めていても耐えられるはずがない

共に激しい動きにて相手を牽制し、その機会を待つ両雄

地を蹴る音
空を裂く音だけが場に響き
静寂とは程遠いというのに――場の空気が静まり返っていく

それはサーヴァントかライトニングか
どちらが先に必殺の牙を叩き込むかに息を呑む
場の空気の緊張の高まりに他ならない

今が勝負をかける時
双方がその思考に達した今――

決着の刻を遅らせるクロノスの神など、もはや無力な長物である


その戦場が終局を迎えようとする最中、、
後はどちらかの躯が場に横たわるのみ

そんな未来の姿を幻視させる
今まさに全ての決着がつく、その時――



――― 三者が予想だにせぬ ―――


世界を覆う紅き鮮血の帳と共に―――――


異変は起こった


――――――

足を掬われた――という表現が一番しっくりくるのだろう
「ソレ」に一番初めに犯されたのがフェイトだった

流星の尾のように金色の魔力を引きながら彼女は
クラウチングスタートからのダッシュを敢行し、敵に斬り込んでいくはずだった

その発射直後―――
まるで何かにつまづいたようにフェイトは空中でつんのめってバランスを崩し
黒衣の肢体が急激に制御を失い、ランサーへの軌道を大きく外れて、地面に勢い良く墜落したのだ

「な、、なにっ…!?」

彼女の後方、フェイトに次いで
槍の男に切り札を打ち込むはずだったシグナムが声を詰まらせる

失敗………!?

あのフェイトテスタロッサハラオウンがスタートをミスった?
馬鹿な――!?

初めは目の前で起こった光景が理解できずに上げた驚愕
しかしその異変はすぐに、この女剣士の身体をも侵食する

「……、は、、! な、んっ!?」

突如、足に重りを付けられた鳥のように
ゆっくりと空より堕ちゆく体

「何……こ、これは……?」

フェイトもまた地面に堕ちた体勢のまま両手を付き、周囲を見渡す
奇襲を失敗したのもさる事ながら、その突然の異変に焦燥を隠せない


―― それは血の様な一面の赤に彩られたセカイ ――

重くヤスリのように絡み付いてくる毒々しい空気
その血のようなアカに触れているだけで、まるで肌を焼かれるような感覚に襲われる

(………AMFか!?)

その重苦しい感覚に二人は覚えがあった

魔道士殺し―――
アンチ・マギリンク・フィールド (通称A・M・F)

先のJS事件にて猛威を振るった
スカリエッティサイドの使用した特殊フィールドである

リンカーコアを出力に変える時空管理局局員の文字通り天敵となった装置
魔力を減退させて打ち消す狂気の兵器だった
それを張られた状態では魔力総量、魔力運用、魔力効率全てが減退し
魔力によって全ての行動を担う者にとっては致命的な状況を作り出す

ニアSランククラスになればその凄まじい出力によって、中でも力任せに行動する事は可能だ
しかし、もしそのフィールド内で自分と同等かより強い敵と出会ってしまった場合……言うまでも無いだろう
―――詰み、である

(計られたか……?)

今更、という感は強いが彼らがジェイルスカリエッティの送り込んだ刺客ならば当然在りえる展開だ

とはいえ、何故今になって――? 
これを張るのなら初めからそうしておけばよいというのに

だが、しかしてそれは大いなる勘違い
二人もすぐに誤りだと理解する――否、させられる

「こ、これは……違う!?」

フェイトが寒さに震えるように両肩を抱きしめて言う

急激に荒くなる息――
内蔵が迫り出すような感覚――

この体に掛かる負荷
それは、AMFなどより遥かに…!

「何だ……!? これは魔力を減退するどころか…」

――― 吸い取られている? ―――

まるで全身から搾り出されるように
今、己が魔力が強制的に外に放出してしまっているのだ

すぐに眼前の敵を睨み据える騎士と魔道士
疑うべくも無い
この異界を施した張本人は間違いなく、目の前にいる二人の敵に他ならないのだから

「――――、」

だが男は今の相手の致命的な隙を突くどころか
構えを解き、二人と同様に呆と虚空を見上げている
今の現象が己が与り知らぬものだと証明するかのように

「あの野郎……………俺ごとか」

低く唸るような声で、彼は空を――
否、自身の頭上にある木々の闇を見据える

「ライダーッ!!!!」

そして男は叫んだ
怒気を含んだ声を張り上げて

その視線の先――
木々の間に、腰まで伸びる長髪をなびかせて彼女は枝に立っていた

この女怪こそかの異変の仕掛け人――サーヴァントライダ

「おや? ランサー……いたのですか?」

「空気の読めねえ馬鹿女が
 舐めた真似をしてくれる――」

これは……囮作戦!?

片方が残って敵の気を引き片方が囲う
ライトニングのお株を奪う見事な連携――コンビプレイ…!?

これならばランサーが無理をしてまで一人で残った理由が全て説明がつく
まんまとしてやられたというしか言葉が出てこない

…………もっとも普通に逃げ遅れている槍の男の、怒り心頭のあの態度

囮の同意を得ていたのかは激しく疑問だが――

フェイトとて森の中からいつライダーが仕掛けてきても良いようにあらゆる防衛網を張っていた
だが、流石に味方ごと犠牲にする投網を放たれてはどうしようもない

警戒もクソも無い
あのサーヴァントが10の分を刻むほどの時間を費やして行ったこの現象は
もはや間合いとか隙とかが介入するレベルにはなく、

敵はこの戦場全体を己が胎内へと変貌させ――
フィールドそのものを飲み込んでしまったのである


――――――

空間を覆う紅い空気が視力すら遮ってくる
まるで人の住めぬ熱砂の惑星の中にいるかのようだ

いや、、地面までが不気味に躍動しのたうつような感覚は
いわば生物の胃の中と言った方が近い

満を持してライダーが切り出してきた
これぞ彼女の切り札――他者封印

鮮血神殿・ブラッドフォート・アンドロメダ―――

かつてギリシャ神話において
人々を震え上がらせた悪神の住処を現世に蘇らせる彼女の結界型宝具
耐性のない並の人間がここへ落とし込まれた場合、ものの数十分と持たずに衰弱し、体を溶解させられてしまう
生物の生息出来ぬ毒の沼、酸の海、いわば邪悪なる人喰いの封絶結界

「下品な棲家だ……お前にゃ相応しいがな
 しかし10分やそこらでポンと出せる代物だったか? コレ」

「―――、」

ランサーがうんざりしながら問うた質問は
むしろそれに関して一番驚いているのがライダー本人であった

正確には10分そこそこではなく
シグナムの剣から逃れた際に些細な違和感を抱いた時から森を駆けずり回りつつ用意したものである

それでも、これほどの規模を持つ大呪法だ
神話に記される懐かしき我が住処を顕現させるほどの大呪法
これは言うなれば異界の召還である

当然、それを現世で行うには膨大な魔力と何より「地盤」が必要であった

現在のヒトが住まう土地の基盤は
彼女らが存在していた頃に比べ、魔的な要素が見る影もないほどに薄い
今を生きる人々が神秘を忘れ、営みを起こして久しく穢された大地たち

精霊、地霊、幻想種――
あらゆる神秘的な要因を排他し遠ざけてしまった現代という荒んだ時代
だから……かつて冬木の地でライダーがこの結界を張るには大掛かりな下準備が必要だった

家を建てる時、基盤となる土壌にコンクリートを流し込んで下地を作るように
土地の根幹に自身の魔力をふんだんに送り込み
寝かせて、地ならしをするところから始めなければならなかった

だというのに、、
ライダーがこの地に身を溶け込ませて改めて驚愕したのがそれ

下地が――初めから整っているのだ…

信じられない事だった
この大地は神話の時代のそれと比べて遜色の無いほどのマナとオドに満ちている
どこかで見たような風景が垣間見える世界でありながら
これは昨日まで自分が立っていた聖杯戦争の地とはまるで別物であったのだ

何という舞台―――まるであつらえたかのような、、

いわば伝説の存在である自分たちが何不自由なく戦うために形成されたバトルフィールドのような、、

嬉しい誤算であった
そこに追求の念を抱くのは後で良い
木の枝に悠然と立っていたライダーがふわりと、三人の立つ地面に優雅に降り立つ

「……ライダー」

重き重圧に苛まれながら
新たな警戒と共に彼女に向き立つフェイトとシグナム

そして怒気の孕んだランサーの視線もどこ吹く風の騎兵
彼女がゆっくりと、金髪の魔道士に向かって歩を進めようとした

「下がれテスタロッサ!」

フェイトを庇い手に前を遮るシグナム
そして、その前に更に動く影が一つ

敵であるはずの男の真紅の魔槍が
悠然と歩くライダーの首筋に突きつけられる

「貴様―――俺の戦の邪魔をしたな?
 笑えねえぜ………三度も宝具をしくったのは流石に初めてだ
 そんなに死にてえかライダー」

「フ、――まさに宝具詐欺ですね
 しかし先に好きにやらせてもらうと言ったはずですが?
 下賎な歩兵に気を使ってやる義理など私にはありません」

「――――――ほう、」

槍が危険な光を灯して女の喉に突き立つ
その穂先を片手で掴み、捻り挙げようとする騎兵の右手

唖然としつつも成り行きを見据える女剣士と魔道士を前に
サーヴァントニ隊は互いに狂おしいほどの殺気を放ち、その場で力比べを始めるサーヴァント二体

「よく言った――ならば貴様が先に死ね」

両者の足が地面に亀裂を作る
ランサーの二の腕、ライダーの手の甲に浮かぶ青筋が
その凄まじい膂力のかかりようを現している

「神殿の中で私に勝てるとでも?
 お望みならば貴方を先に引き裂いてしまっても良いのですよ?」

「たわけ――この程度の結界でサーヴァントを縛れるとでも思っているのか」

ギィ、と口元を吊り上げて嗤う狂犬
人を食らう赤熱の大気など何するものぞと気勢を放つ蒼き肢体が
この汚らわしい胎内を、その創造主諸共に食い破ろうと猛り狂う

「なるほど………さすがは三騎士
 他人の家に招かれて行儀の悪い事この上ない
 ならば私も―――それなりの持て成しをせねばなりません」

「………?  な、貴様っ!?」

槍兵が、、あのランサーが
互角の睨み合いをしていたとは思えぬほどに――
今までのふてぶてしい態度からは想像もつかぬほどに血相を変えた

敵に対し押し切るのみだった槍を、男は始めて引き
その場から飛び退ぼうとする

だが得物の穂先を彼女に握られて動けない
この恐れ知らずの戦場の魔犬が――
今、明らかに騎兵を前に焦燥していたのだ

ならば彼の前に立つ女こそそれに見合う脅威でなければならず
それに足るものの開放こそ―――真の地獄の始まり

「―――――ブレイカー」

子を安らかな眠りへと誘うような歌姫の如き声で
謳い上げるはその真名

決して急く事なく、優雅な仕草で
彼女は目に装着した眼帯に手をかける

「ぐ、!」

息を飲む男
ただならぬ気配を感じるライトニングの二人も彼らの間に咄嗟に介入する事が出来ない

そして全てが―――


「―――  ゴルゴーン  ―――」

――― 凍 り つ く 、、、


「「「!!!??」」」

三者の声にもならぬ声が場に揃い
しかしそれが世界にカタチになる事はなく――

先ほどのランサーと同じく沸き立つ力の解放に喜び勇む騎兵のサーヴァント
その相貌――
ついに美しき魔性の全貌を現した女怪の笑み以外に、、

その場の空気を震わせるモノは残っていなかった


――――――


止まる、、トマル、、全てが静止する―――


後ろで成り行きを見守りつつ、いつでも動けるように身構えていた二人の四肢が
心臓が、呼吸が、、止まって動かず、

カチカチで、莫迦みたい―――


「――――フェイト」

そしてその静止した紅いセカイで一人
行動の自由を許された化生の女が誘うような声で囁く

「森での続きをしましょう
 何……苦しいのは最初だけ
 もう決して―――逃がさない」

静かでそれでいてぞっとするような声は
この瞬間、全ての者の生殺与奪を握る絶対者の響きを以って
場にいる三者の耳に響く

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最終更新:2009年11月11日 11:16