新しい年が明けてもう5日ほどたっている。この5日ほどと言う曖昧な曜日感覚は
年末から続いている昼夜逆転の生活、それに拍車をかけるような新年会のためだ。
新年会と言っても学生である彼女たちはおおっぴらに騒ぐことはできない。
だが、教師や寮母の目を盗んでは夜な夜な各々が隠し持っているお菓子や
甘いジュースなどをそっと運び出しては真紅と雛苺に与えられた部屋へと
もっていく毎日がここ数日間ほど続いていた。

「ん、んん~~ン」

散らかったテーブルを中心に4人の少女が寝息を立てている。その中の1人、
真紅はカーテンの隙間からゆるりと入ってきた陽光に目を覚ました。
まだ頭がぼんやりしたままゆっくりと上半身だけ起こすと、床で横になっていた
ために硬くなった体をほぐすように大きく背伸びをする。
そして寝ている友人を起こさないよう窓側まで足を進めるとカーテンを開けて
みるが、ガラス窓には結露が付着し、外の景色が水に濡れている。
まるで半分沈みかけの船内から外を見ているようだと思った真紅は窓を開けた。
真紅の腕の動きに合わせて日の光が濃くなっていく。
窓が開くたびにひんやりとした外気が室内に侵入し、昨夜の何度目かの
パーティーの残り香を消し去り、今日という新しい色に塗り替えていく
ようだと感じた。

すぅ~~~、はぁぁ~~

その新鮮な空気を真紅は胸いっぱい吸い込んだ。その時、寝息を立てている中から
ひょこっと頭をもたげて1人の少女が起き上がってきた。

「おはようですぅ~、何してるですかぁ真紅ぅ?」
「あら、起きたのね、翠星石」

翠星石と呼ばれたその少女は腰まである長い髪をゆっくりかき分け、2~3回パチパチとまばたきすると、真紅同様に大きく背伸びをした。
そしてまだ眠いのか、ふわぁぁ~~っと大きく口を開けてあくびをすると、同時に涙が一筋こぼれて
艶のある翠星石のほほを静かにつつ~っと伝って落ちていく。

「んんっ」

と呟きながらうるんだ瞳を右手でごしごしと擦る仕草は艶のある肌と、床にちょこんと座っている
姿勢といい、彼女たちの年齢がまだ10代半ばであろうことは容易に想像できた。
先ほど真紅が窓を開けたためであろう、冷たく乾いた空気が部屋に流れ込み、翠星石は小さく
ゴホンゴホンと咳をすると、テーブルに置かれたグラスを一口ごくりと喉に流し込む。

「うげぇぇ~~、なんですかぁこれはぁ~~マズイですぅ~~」

そう言うと近くにあった水の入った容器を持つと、勢いよく飲みだす。
真紅は翠星石が口にしたグラスに鼻を近づけてみる。

「うっ、何このにおい?翠星石、あなたよく飲めたわね」
「寝起きでよく判らなかったですぅ~、ところでこれは誰のグラスですぅ?」
「それは私のよぉ~」

今まで翠星石の隣で寝ていた少女はグラスに手を伸ばすと、ぐいっぐいっと飲む。
そしてふぅ~~とため息を付くかのように大きく息をはきだすと真紅と翠星石の
ほうを見た。

「これのどこがマズイのよぉ~?美味しいじゃないぃ」
「それは何ですかぁ?」
「これはグラーンツの実から取ったジュースよぉ、お腹にいい菌が入ってるのよぉ」」
「よくこんなの飲めるわね、水銀燈」
「こんなのとは何よぉ、ま、真紅や翠星石には大人の味は少し早いかもね?うふふ」

水銀燈と呼ばれた少女は軽く口元に笑みを浮かべ、もう一口グラスを傾けると、
真紅と翠星石を見てクスッと笑い、綺麗に整えられた銀色に近い髪を細く華奢な指先で
弄ぶように躍らせていく。
その余裕めいた仕草は彼女がこのローラシア大陸のほぼ中央にある都市でも名うての
魔法学園で優秀な成績をたたき出しているからに他ならない。
この魔法学園とはローラシア大陸には40の大きな町があり、その中から名家やら貴族やら王族と
言った人たちの娘が魔術や神秘を学ぶために入学する名門校である。
水銀燈はこの名門校の中でとりわけ大気を駆使した攻撃型の魔術が群を抜いて飛びぬけていた。
その為の余裕が先ほどのセリフと笑みに現れていたのだろう。
そんな水銀燈の余裕を翠星石は鼻でふふっんと笑いながらこう言う。

「物をブッ壊すだけの水銀燈が大人なはずねぇですぅ、大人のレディー、そう、
翠星石みたいな淑女は壊したものを治すですよぉ~」

そう自信たっぷりに言った翠星石は水銀燈とは反対に大地に宿る植物の神秘を理解し、
生命の源である水を駆使した魔術でキズを治す治癒力に長けていた。
そのため、この学園ではカゼなど簡単な病気などは町の医療魔術師ではなく翠星石が
自ら調合した薬で治している。もちろん擦り傷、切り傷などは短い呪文詠唱で傷口を
ふさぐ事も可能なほどの腕前である。
ただ、いたずら心と言うか、ちゃめっ気が多い翠星石はよく自ら考え出し調合した
魔術薬を実験台としょうしてクラスメイトに飲ませて問題を引き起こしていた。
その実験台によく使われている少女が目を覚ます。

「うゆぅぅ~、ふわぁぁ~~~」

彼女も真紅たちと同様に起き上がると大きく背伸びとあくびをする。
彼女たちの中でも一番小さな体を精一杯に伸ばすと元気な声で挨拶した。

「おはようなのぉ~!!今日もいい天気なの~~」
「相変わらず朝から元気ね、おはよう雛苺、さっそくだけど紅茶が飲みたいわ
用意して頂戴」
「うゆぅ~、真紅ったら朝から人使い荒いのよぉ~」
「私の分も煎れてねぇ~」
「翠星石もほしいですぅ~、早く用意するですよ」
「うぅ、ヒナ朝から大変なの~~」

一度に3人から朝のお茶を言い渡された雛苺はブツブツ言いながらもお湯を沸かし始めた。
この一見幼く幼稚にも見える雛苺だが、彼女もれっきとした学園の生徒で真紅と同じ部屋
にすむクラスメイトであり、能力的にも優れたものを発揮する。
その力の源は翠星石と同じなのだが、方向性はまったく違うもので、危害を加えようと
する相手を束縛したり、大地から力をかりて直径5メートルほどの範囲に結界をはる遮断魔術を
得意とした。ただこの遮断魔術は寝ている時に翠星石にいたずらされないように必死で会得した
ものであり、もともと雛苺が得意とする能力は動物の話がある程度理解できると言う学園でも
雛苺しか持ちえていない珍しいものである。
そんな雛苺は沸いたお湯をテーポットに煎れながら窓枠に止まった1羽の小鳥の声に耳を傾けると、
少し怪訝な表情のまま真紅たちがまっているテーブルにお茶を持ってきた。

「まぁ~た動物の話を聞いていたのぉ?」
「なんだか冴えない顔ね、小鳥さんは何て言ってたの?」
「ふにゅ~、危ない危ない、黒い、備えろって言ってたのぉ~」
「なぁに、危ない、黒い、備えろってぇ~、どういう意味なのぉ?」
「それはきっと、危ない水銀燈に備えろって意味ですぅ~ヒッヒヒヒ~~」
「なぁに?それぇ~?もう一度言ってみなさよぉ~、風の刃で切り刻むわよぉ~」
「ほぉ~ら、やっぱり危ない水銀燈に備えろですぅ~」
「ちょっと2人ともケンカは止めなさい、紅茶が不味くなるわ」

紅茶を口に運びながら真紅は水銀燈と翠星石に声をかけるが、別段あわてた様子では
ない。この水銀燈と翠星石はいつもこんな調子で言い合っているのだ。

「じゃ、真紅お得意の占いで当ててみるですぅ」
「イヤよ、朝からめんどくさいわ」

翠星石の提案をものの見事に跳ね除けた真紅は言われたように占いを好んでいた。
だが当たると言うより予想に近いものであった。
そんな真紅の力は占いではなく時間の流動、すなわち刻が流れていく先を
少しだけ感覚的に判るというハンパなものである。
よって真紅は本気で刻の神秘を探ろうとは考えていなかったし、刻が流れていく先を少しだけ見えても、
その結果を占いと称している。
よって真紅はその力をただあまり役に立たないものと考えているから学園では幻影魔術を専攻し、腕前
もかなりのものを持っている。幻影魔術とは自然の摂理と知識の輪廻を探求し、強大な催眠術にかける
ようなものである。
以前その力を見くびった翠星石は真紅とケンカをした際に幻影魔術にはめられ3時間ほど自身を
犬と思い込み、大変おおきな恥をかいたことがあった。
よって真紅の「イヤよ、めんどくさいわ」の一言で翠星石は引き下がるしかなかったのだ。

「真紅の占いもいいけどぉ~、明日からいよいよ遠征試験よねぇ~」
「ちょっとワクワクする反面、少し不安ですぅ~」
「ヒナ、怖いのよぉ~」
「そうね、私も不安だわ」

彼女たちは明日に控えた遠征試験のことを話しながら紅茶を飲む。
遠征試験とは地方の人々から魔法学園に寄せられた依頼に答えるといったものである。
例えば土地の養分が足りないから大地と緑の魔術で肥えた土を作ってほしいだとか、
流行病にきく魔法薬を調合してほしいとか、家畜が獣に襲われないように結界をはって
ほしいとかの要望を聞き、それをどれほど完璧にこなしたかを村人の満足度で判断する試験である。
そんな依頼を寄せるのは魔術師がいない地方の小さな村がほとんどで、その村まで行くのに数日かかる
ことから彼女たち魔法学園の生徒は遠征試験とよんでいた。
もちろん村にたどり着くまでの時間も評価に入っているので準備は数日前から行っているのが普通なの
だが、真紅たちは連日のパーティで大した用意はまだできていなかった。

「ねぇ、私たちにはどんな依頼が来ているのぉ?」
「さぁ、分からないわ、たしかもうすぐ依頼が分かると思うけれど」
「簡単なやつがいいですぅ~」
「ヒナも簡単なのがいいの~、行く所も近いほうがいいのよぉ」
「そうねぇ~、用意をしようとしたら真紅がパーティだって言い出したから大して
用意ができてないのよねぇ~」
「ちょっと、水銀燈、なに?私がパーティって騒いだとでも言いたいの?貴女のほうから
言い出したんじゃなくて?」
「はぁ?真紅がケーキを焼いたから一緒に食べようって言ってきたんじゃない」
「そうよ、私はケーキを焼いたから食べようって誘っただけだわ、それを貴女が勝手に
お酒やらお菓子やらを持ち込んだのだわ」
「はぁ?よく言うわねぇ~、食べ物が無くなったら真っ先に顔色を変えて雛苺に料理を
買いに行かせたのは誰だったっけぇ~~?」
「えぇ~~い、2人ともケンカは止めるですぅ!!」

真紅と水銀燈の言い争いに翠星石が割って入った時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
一番ドアに近いところに座っている雛苺がそっとドアを開けると、そこには紺色の魔術師正装服を
着た学園の教師がたっていた。その教師は懐から1枚の紙を取り出すと、低い声で読み出した。

「真紅、雛苺、水銀燈、翠星石、各4名は当学園に寄せられた依頼を果たすために明日の朝から
出発し、ワイヤード草原の東にあるジターバグー村で家畜の病気を治されよ、以上」

それだけ言うと依頼書を雛苺に渡し、クルリと背を向けて部屋を後にした。
真紅はそれを聞くと、すぐさまローラシア大陸の地図を広げ、ワイヤード草原を探し出した。

「ここから北に向かって5日って所だわ」
「結構な距離ですねぇ~」
「でもぉ、このス・ライダの森を抜けたら3日くらいで行けちゃうわよぉ~」
「ス・ライダの森って獣や魔獣が出るですよぉ」
「魔獣っていってもせいぜい一角ウサギかオオツノコウモリよぉ~、楽勝だわぁ」
「ほえぇ~、オオツノコウモリさん、怖いのよぉ~」

怖がる雛苺を横目に真紅は地図を見ながら考えてみる。確かにこの森は獣や魔獣が出没するが、
大した用意もしていない彼女たちは5日間も移動することは得策ではない。
それに先ほど水銀燈が言ったようにオオツノコウモリや一角ウサギが出た所で大して脅威では
ない。それにきちんとした道を通ったとしても町から外れたらスライムやゲンコツモグラくらいの
魔獣なら出るであろう。

「いいわ、水銀燈の提案どおりス・ライダの森を抜けていくのだわ」
「ま、それが妥当な判断ねぇ~、そうと決まれば部屋に戻って旅の用意よぉ~」
「あっ、待つですぅ水銀燈、翠星石も用意するですぅ~~」

水銀燈と翠星石が慌しく部屋を出て行くのを見届けた真紅も雛苺に向かって
声をかける。

「さぁ、明日にそなえて私たちも旅の用意だわ」
「分かったなの~~」

その日の夜は遅くまで各々が旅の用意に時間をかけていた。
水銀燈は風の精霊の言葉が刻まれた短剣を丁寧に磨いている。
翠星石は得意の魔法薬を調合する薬草や薬剤を種類別に分けている。
雛苺は素早く結界が張れるように聖水やら祝福を受けた金色の砂を用意していた。
真紅はブツブツと独り言をいいながら大量の荷物を鞄に詰め込んでいる。
いよいよ明日はジターバグー村に向けて出発である。
夜がふける頃、荷物を整えた彼女たちは高鳴る胸を暖かいミルクで抑えると、フッと
小さな明かりが灯るランタンの火を消してベッドに入る。
真紅はカーテンの隙間から覗く夜空に目をむけている。

明日、目覚めたら旅の始まりだわ!

その時、キラリと一筋の流れ星に気づいた真紅は両手を合わせて旅の無事と
遠征試験の成功を祈って目を閉じた。

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最終更新:2008年01月07日 21:15