とある街の賑やかなメインストリート、その片隅に実に古ぼけたお店がありました。
お店の名前は『薔薇華園』
第7話【大食い電波発信中】後編
『お待たせしました~!!!商店街主催!大食い大会決勝戦~!!!!』
威勢のいい司会者のアナウンスの中、僕は妙な不安が止まらなかった…
『ですから、私がジュン様をサポート致しますわ』
漸く落ち着いた真紅達を前にして雪華綺晶が自信満々に言ってのけた。
「サポートってどうするんだよ?言っとくけど、僕は並みの胃袋だから優勝なんてできっこないよ」
『大丈夫。私がイヤリングになりますから、身につけて頂きます。そうしますとあら不思議!大食いチャンピオンに早変わり!ですわ♪』
『なるほど!その手があったね!それならジュン君でも優勝できるかもしれないよ!』
「どうしてだよ?」
『カナ達が物に姿を変えられるのはわかるわね?その状態のカナ達を身につけると、つけた人はその能力を共有出来るかしら』
『つまり、私であるイヤリングをつければ…という事ですね』
『私達が元の姿で居られるのはこの店の中だけだしぃ、ジュンしか居ないわねぇ』
『そうね…優勝すれば30万円とあるわ。ではジュン、大食い大会とやらに出場なさい。そして優勝すること。いいわね?』
こうして、本人をよそに話はトントン拍子で進み、あっという間に2日後。
『ジュン…お願い…優勝して私達に…ご飯を食べさせて…』
『あいと…あいと~…』
『しっかり稼いでくるですよ…』
もはや死人のようなみんなに見送られて僕と雪華綺晶(イヤリング)は店を出た。
どうやら大食い大会は商店街のお祭りの余興らしい。
会場に着きエントリーを済ませ選手控えのテントで待っていると、突然雪華綺晶の声が頭に響く。
『ジュン様、落ち着いて下さいね?私がついてますからどーんと構えていて下さいな』
「テレパシーとかってこんな感じなのか…なんか変な感じだよ」
そうこうしていると司会者らしい人がAグループの人を集め出した。
AB2つのグループの上位3名が決勝に進み王者を決めるシステムらしい。
僕はAだから行かないと。
覚悟を決めると、雪華綺晶であるイヤリングをつけて…
うわ、似合わねえ…
『こんな素敵な私が似合わない訳有りませんわ!それとも私では不満とでも仰いますの!?』
ガンガン頭の中に響く雪華綺晶の叫びを無視して会場に足を向けた。
『ふふふ、負けるとも知らずに息巻くとは…愚かな連中ですわ』
何故だか腰に手を当てて勝ち誇る雪華綺晶が頭に浮かんでくる。
20程の選手が一同にテーブルに着いているが…
正直、なんか怪物みたいな人達ばっかりかと思ったら普通な人がほとんどだ。
『甘いですわ、古来より【痩せの大食い】と言いますし。ざっと見回しても何人かは…できる方のようです』
神妙な声が珍しいだけに不安になってくるな…
そんな不安をよそに司会者が大会の開始を宣言。
「それでは始めましょう!大食い大会予選!椀子蕎麦レース!ルールは簡単、制限時間5分間に沢山食べた選手3名の勝ち抜けとなります!!!」
『ジュン様?参りますわよ?』
「こうなりゃヤケだ、ドンと来い!」
「それでは参りましょう、椀子蕎麦レース!よおい………スタート!!!」
ザワザワ…なんなんだ、あの青年…ザワザワ
ザワザワ…まるで機械みたいなペースよ…ザワザワ
かぱっ…お代わり!…かぱっ…お代わり!…かぱっ…お代わり!…かぱっ…お代わり!…(ry
『う~ん♪打ち立てのお蕎麦はたまりませんわ~♪』
なんか…自分が自分じゃないみたいだ…
まるで他人事のような感想しか出てこない。
横目で山と積まれたお椀を見ながら蕎麦を呑み込む。
強いて言うなら米粒一つずつ食べている気分なんだが…これが雪華綺晶の食事の感覚なんだろうか。
「タァ~イムア~ップ!予選1位通過は…桜田選手の135杯だぁ~!!!」
圧倒的な差をつけての予選抜け…ここでふと気になった。
「なあ。食べた物はどうなってるんだ?」
『勿論ジュン様の胃に収まってますわ。私にも味・食感・喉越しなどは伝わって来てますけど』
僕大丈夫なんだろうか…後で胃薬飲んでおこう。
Bの予選が終了し、遂に決勝戦が開始される。
選ばれた選手は皆自信をのぞかせているが…何故だろう、僕は妙な胸騒ぎを感じていた。
なんだろう?何かを忘れている…
『ジュン様!始まりますわよ!』
「ん…ああ、悪い」
雪華綺晶に急かされて掴みかけた何かは逃げてしまった。
まあ…良いか、大した事じゃないだろう。
「決勝戦はざるそば10分間大食い対決~!それではレディ~~ゴォ~!!!」
カーン!
ゴングが響き目の前に10段重ねのざるそばが運ばれてくる。
頭の中に雪華綺晶の声が轟いた。
『暫しの間、お身体拝借仕りますわ!』
な、僕の腕が勝手に!?
蕎麦が流れるような動作ですくいとられ、つゆを経由した後口へと雪崩れ込む!
恐ろしいことにこの間僅か2秒。
しかもペースは全く変化する事無く、それどころか加速しているかのようだ。
呼吸なんか5枚食べる毎に1回位しかしてないぞ!?
みるみるうちに笊版バベルの塔ともいうべき物が築き上げられていく。
他の選手は食べる事を忘れ、司会者も黙り込んだ。
その結果…10分で117枚という前代未聞の記録が打ち立てられたのだった…
カララーン
「ただいま~」
『おかえりなさぁい♪』
『どうだったかしら~?』
『その荷物からすると優勝したようね』
「ぶっちぎりで優勝だ。あれだけ食べてまだ食べれる自分が怖いよ。まあ、賞金30万円は手に入ったから食料を買ってきた」
『ああ…愛しの食材達…今すぐ食べてあげる…』
『お腹と背中が引っ付いてしまいそうですよ…早速飯の支度ですぅ!』
手早く準備している姿を見ていると、耳のイヤリングから声が聞こえる。
『これで万事解決ですわね。では元の姿に…』
目の前に雪華綺晶の姿が現れると同時に、腹に強烈な衝撃が走った。
「ひでぶ!!!」
『きゃ~!?ジュンが蕎麦を吹いてぶっ倒れたかしら~!?』
『ジュンのお腹がまん丸なの~!』
『ジュン君!?しっかりして!ジュン君!?』
…あの時の不安はこれだったのか…そりゃ雪華綺晶の能力が消えれば、椀子蕎麦135杯にざるそば117枚が僕如きの胃袋に収まる訳無いよな…
薄れゆく意識の中、そんな事が頭をよぎっていったのだった…
つづく