懐かしき思い出
日本によくあるだろう住宅地の一角。まわりに溶け込んでいない一つの家があった。
家の主は僕。桜田ジュンだ。これはそんな僕の中学の夏休み中に起きたお話。
「迷子の少女」
暇だ。こんな怪しげな家に誰か尋ねてくるはずもなく、僕も外に行く気がない。そのためとても暇だ。何か起きてはくれないだろうか…。
「って起きるわけないか…。」
惨めな今の状況を口に出すとさらに惨めになってくる。……そう言えばちょうどお昼時だ。冷蔵庫の中身でも確認しておこう。
「え~っと…」
冷蔵庫の中は空っぽ。なぜかヤクルトが一本だけある。僕はその一本のヤクルトをポケットに入れる。
しかたないここはインスタントラーメンで我慢か…。
僕はコンロの火をつけ水を沸騰させる。水が沸騰するまで待っているとめずらしくこの家の呼び鈴が鳴った。
「誰だろう?…こんな家でもセールスマンは来るからなぁ。」
別に期待する意味もないので僕は無関心で玄関まで行き扉を開けた。
「えっ?」
そこに居た人物に僕は驚いた。小学四年生くらいの少女が半べそかきながらたっていたのだ。
「ど、どうしたんだい?この家に何か用?」
半べそかいている少女にこれはないんじゃないのか?という反応だが僕にはこれくらいしかできないわけで…。
少女をよく見れば綺麗な銀髪。服は黒を基調としたものだ。
「お、お父様と…ヒグ…はぐれてしまって…ヒグ…どうすればいいかわからずに…ヒグ…」
どうやら迷子のようだ。
どうしたものか…。迷子の相手なんてしたことないし…。この場合まず名前を聞くべきか?
「あ~泣かないでくれよ。とりあえず名前は?」
「…ヒグ…な…まえ?す、水銀燈…」
「そうか水銀燈。僕は桜田ジュンだ。まあジュンでいいよ。それでまず何がどうなっているか説明してくれるか?」
水銀燈は深く頷き涙を拭いた。そしてどうして僕の家に来たのか話はじめた。
「私はお父様と散歩をしていたの。いつもより遠くに行くって聞いて少し怖くなったけどお父様とひっついていたら怖くなかったわ。」
そこまで話し少し休憩して再び水銀燈は話しはじめた。
「安心仕切っていた私は少しお父様から離れて走っていたの。少し疲れるくらい走った後振り向いたらお父様がいなくなっていて…それで…」
「ちょ、ちょっと泣かないでくれよ。そうだ!」
僕はまた泣きそうになった水銀燈にポケットのヤクルトを出し手渡した。
「…く、くれるの?」
「ああやるよ。だから泣くのは止めてくれ。」
「あ、ありがとう…」
水銀燈はその小さな手でヤクルトを受け取ると泣きだしそうになった顔を元に戻した。
普通に可愛いな。このままほっといて変な奴に誘拐されても困る。仕方ない。家に入れるか…。疾しい気持ちは一切ないぞ。
「水銀燈。家に入るか?信用できないならいんだけど…」
「入れさせてもらう。ジュンは信用できるもの。」
ヤクルト一本でかなり懐かれたな。いやもともとこうだったのか?
「ってお湯湧かしてたんだった!?」
水銀燈を家の中に入れてすぐに僕はインスタントラーメンを作っていたことを思い出す。
「あちゃ~。火事にはならなかったけどお湯が無い…。」
空っぽになった鍋を見ながら途方に暮れる僕に水銀燈がゆっくり近づいてくる。
「あ…あのジュン?お腹が…」
「んっ?どうしたんだ痛いのか?」
「えっ?ち、違うの。その…私まだお昼食べてなくて…」
つまりは腹ペコか…。仕方ない。あるのはインスタントラーメンだけだからな。口に合うかわからないが二つ作るか。
「おーしできたぞ水銀燈。」
僕はできたばかりのインスタントラーメンを器に入れ水銀燈の前に置く。
「いただきます。」
お~結構礼儀正しい。っと思った矢先。
「熱!?あつい」
「出来たてのラーメンだぞ?いきなり口に入れるのは無理だよ。ほら水」
勢い良くラーメンを口の中に入れた水銀燈はその熱さに舌を巻いた。仕方なく僕は水を差し出す。
「ありがとう…」
少し恥ずかしかったのか。水銀燈は顔を赤くしながら水を飲む。そこら辺は子供らしいな。
「それで?これからどうするんだ?お父さんとはぐれた場所はわかってるのか?」
僕はラーメンを啜りながら重要なことを聞いてみる。暗くなったところを見ると覚えていないようだ。それほど必死だったということだろうな。
「これを食べ終わったら一緒に探しに行ってやるよ。」
「本当?」
「ああ本当だよ。」
「ありがとうジュン」
これはノックダウンものの笑顔だ。これが見たくて助けてるわけじゃないけど…やっぱり可愛いな。
「久しぶりに外に出るからな。ちょっと準備してくる。じっとしてるんだぞ水銀燈」
「わかったわ。…でも早くしてねジュン」
そう言われた僕は素早く二階に行き出かける時用の服を手に取り着替え始める。
今回の着替えは今まで着替えをした中で一番早かったかもしれない。それほどまでに素早く着替えは完了した。
「着替えたぞ水銀燈」
「ジュン。…遅いわよ。」
どこか涙目になりながら水銀燈は僕にしがみ付いてきた。
さすがに懐きすぎかな?急いだつもりだけどやっぱり一人は淋しかったのか。
「ほらほらいつまでもしがみ付いてないで行くぞ。」
「ごめんなさいジュン。」
別に謝るところではないけど…。まあいいか。さっさとこいつのお父様とやらを見つけて安心させてやるか。
「水銀燈はどうやってここに来たんだ?」
「たしか…あそこを曲がって…」
水銀燈の思い出せる範囲で僕の家から親とはぐれた場所までを進んでいく。
「どうだ水銀燈?」
「ここじゃないわ。もっと向こう。」
走りだす水銀燈。実際元気バリバリの子供の体力に長い間スポーツなどしていない僕の体力がかなうわけもなく水銀燈と僕の差は広がっていく。
わかっていた今水銀燈を見失ってはいけないと…しかし物理的に無理なことはどうやっても無理なのである。
水銀燈は後ろを振り向かず走っていく。
それはたぶん僕がついて来てくれていると信じているからだろう。
「…ハァハァ。我ながら情けない体力だ。」
少し止まり息を整える僕。次に前を見たとき水銀燈の姿は無くなっていた。
「まったく…どこまでいったんだろう?」
この地区は曲がり角が多く土地勘が無いものは進めば進むほど迷ってしまう場所。子供ならなおのこと迷ってしまうだろう。
「子供の体力恐るべしだ。どこに行ったんだよ水銀燈…」
とりあえず直感で水銀燈が行きそうなほうに進み捜し回る僕
それから少しの間走り回りついに道端で踞る水銀燈を発見した。
「…ヒグ…ジュンもいなくなった…ヒグ…お父様も…ヒグ…どこにいるの…ヒグ…」
「あ~泣くなよ水銀燈。僕はここだ。はぐれて悪かったよ。」
「ジュン…。私…私怖かったんだから…ヒグ…ジュンが突然いなくなって…」
僕はいなくなったんじゃなくて置いていかれたんだけど…。まあいいかそんなことは。
「ごめんよ。もういなくならないから。ほら涙を拭いてお父さん探すんだろ?」
「…わかった…わ。もう離れないで…ね。」
涙を拭きながらそう答える水銀燈。
「なら手を繋ごう。そうしたら大丈夫だろ?」
水銀燈はそれを聞いて少し戸惑ったが僕が差し出した手をその小さな手で強く握り締めた。
僕も少し照れ臭かったが言いだしたのは自分。小さな手をやさしく握る。
「あっ。猫…」
そんな僕らの前に突然黒猫があらわれた。
「黒猫か…。不吉な感じだな。」
「違うわよジュン。この猫は…」
水銀燈が何か言おうと僕を見上げた時黒猫は駆け出し僕達から離れていく。
「あの猫を追ってジュン」
「えっ?まあいいけど…」
水銀燈に言われるままに黒猫を追い掛ける僕達。普段ならすぐに見失うではずの猫。しかしこの黒猫は僕達からつかず離れず一定の距離を保ちながら進んでいった。
十分程度黒猫を追って走った僕達だが僕の家の近所にある公園に入るとそれまでのことが嘘のように忽然と姿を消した。
「あれ黒猫は?」
いなくなった黒猫を探す僕。しかし水銀燈の目線は一点に集中していた。
「…お、お父様…」
「えっ?」
黒猫を探すのを止め公園を見渡すと頭を抱えながらベンチに座る一人の男の姿を発見した。たぶん水銀燈の父親だろう。
「お父様!」
大きな声でそう叫びながら水銀燈は男が座るベンチに駆け出していった。
「水銀燈…どこに行っていたんだ?離れてはダメだろう?」
そう怒ったようなことを言いながらも水銀燈を抱き締める父親。それを泣きながら受ける水銀燈。
僕の役目はここまでか…水を差さないうちに帰るとしよう。
「おっ?ここにいたのか猫?」
公園から帰る途中寝ている黒猫を見つけた。まあ今となってはどうでもいいことか…。
僕は寝ている黒猫を起こさないように家に向かって歩いた。
「水銀燈…もう会うこともないかな。」
僕はそんなことを呟きながら家の扉を閉めた。
…………
さて現在はあれから六年経ったわけだが…
「ジュン何してるのぉ?さっさとこっちに来なさいよぉ。」
もう会うこともないと思っていた水銀燈。だが…その行動力は人並はずれており迷子になった年の夏休みの間。何度も僕の家を探し。そして見つけだしたそうだ。
僕が社会人になった今でも暇さえあれば家に来る始末である。
「はいはいわかったよ。なんのようだ?」
「今日もねぇ真紅が…」
ヤクルトを片手に喋りだす水銀燈。あれからヤクルトがかなり気に入ったのか僕の家に来る時はかならず一本は持ってきている。今日も真紅とのケンカの愚痴を聞かされるらしい…