バキン!!
パンッ!!

由「きょうも調子いいね」
蒼「んーでもなんか馬手に力入るなぁ」
由「じゃあ弓上げる?・・・と言っても蒼星石もう15kgだよね?」
蒼「うん・・・もう少し押手を効かせてみるよ」

秋期大会を終えた道場の一幕・・
狙いより3時に外れた矢は、彼女の技量ではなく、心の乱れからなのだった・・・

射-Lapislazuli-

蒼(最近押手効きにくいなぁ・・どうしちゃったんだろ・・)
秋期大会で好成績を修め、1月に控えた全国選抜に向けて練習をしている真っ最中。まだ少し時間があるからいいのだが、早めに治したい嫌な感触だった・・
由「ねぇ蒼星石、もう一本引いてみて?」
蒼「へ?いいけど・・」
僕は彼女に言われるがままにもう一本引いた。
打ち起こし、大三、会・・・
バキン!!
蒼(・・・エッ!?)
由「やっぱり・・・」
蒼「ねぇ・・もしかして・・」
由「もしかして。早気よ」
やってしまった。別に的中にそこまで執着はないが、今一番出て来て欲しくない症状が出てしまった。


蒼「どうしよ・・・」
由「どうしよって・・蒼星石が私に教えてくれたでしょ?早気は心の病気だって」
蒼「そうだけど・・」
由「だから今は道場で引かない方がいいよ?巻藁からやり直そ?」
蒼「うん・・そうするよ」
タカをくくっていたワケではないが、自分をしっかりと持ち、引いているときは体と的、そして弓に意識を配っていた。
が、ここの所的ばかりに意識を向けていたのがまずかった。秋期大会の時、団体も一本競射で八寸に個人戦では八寸で決着が着かず、なんと四寸的までもつれ込んでしまった。
その時の余韻がまだ体を支配していたようで、的への意識が強くなりすぎていた。
由奈ちゃんは僕の練習に付き合ってくれて試合はいつも同じチームにいた。彼女が大前で僕が落ち。
今度の個人選抜も一緒に出場する予定だ。
しかし、今のままでは出場なんてとんでもない。
なんとかしなければ・・・
僕は焦りだけでその日の練習を終えてしまった。
帰宅すると、翠星石がいつものように出迎えてくれた。
翠「おかえりですぅ。今日は蒼星石の好きな里芋の煮っころがしがあるですよ?」
蒼「わぁ、嬉しいな♪」
翠「食べ物の好みがおじじとおばばそっくりですぅ」


蒼「だっておいしいもん」
翠「老後に洋食に走り出しても知らないですからね」
蒼「大丈夫だよきっと」

やっぱり家は落ち着くなぁ・・
翠星石は双子の姉。僕らは今有栖学園に通うために祖父母の家に居候している。
居候とはいえ、とてもよくしてもらっている。この家のご飯はとてもおいしい。
元「おや?蒼星石、煮っころがし食べないのかい?」
翠「いらないなら翠星石がもらうですよ?」
蒼「・・・えっ!?あぁ!?食べる食べる」
マ「さっきから箸が進んでないけど、調子が悪いのかい?」
蒼「そ、そそんなことないよっ」
翠「わかりやすいやつですぅ」
蒼「姉さん!!」
翠「ホントのことですぅ」
蒼「僕なら大丈夫だよ?・・・って僕の分の煮っころがしとらないでよ」
翠「ごめんですぅ。うっかりとっちまったですぅ」

夕食も和やかに終わり、風呂に入って勉強することにした。
でも・・その日は集中できなかった。
翠「さっきから何回その単語見てるんですか」
蒼「へ?」
よく見ると30分全く何もしていないようだった。
翠「何かあるなら翠星石に言いやがれですぅ。隠し事はなしですよ?」
少しでも話せば気が楽になるのかな?と思い、僕は翠星石に話してみることにした。
一通り話終えると・・
翠「ちょっと待ってろです」


翠星石は部屋を出て、店の方へ降りていった。
翠「ほれ、翠星石特製のイチゴスィドリームですぅ。これでも食べてスッキリしやがれですぅ」
蒼「ケーキかぁ・・そう言えば久しぶりかも」
翠「蒼星石は和菓子しか食べないですからね。たまには洋菓子も食べるですぅ」
蒼「ありがと。いただきまーす」
味はとてもよかった。
ホントに・・下手なケーキ屋なら土下座するだろう‐とは言え彼女はまだ見習いであったりする。
蒼「おいしい・・」
翠「あったり前ですぅ。この翠星石のケーキが不味いわけないですぅ」
蒼「あはwそうだね」
翠「いいですか?蒼星石は少し張り詰め過ぎですよ?」
蒼「そうかな?」
翠「弓道が生活の一部になるのは構わないですけど、生活までピンピン張り詰めてたらそら疲れて病気にもなるですぅ」
蒼「・・・」
翠「だから一週間休めですぅ」
蒼「・・へ?」
僕はポカンとした。相変わらず姉の言うことには驚かされる。
翠「へ?じゃねーです」
休め・・・か。
弓だけ持って帰って来て一週間ほど休むのもいいかもしれない。
僕は姉の言う通り、一週間ほど休むことにした。


翌日、僕は由奈ちゃんと顧問の先生に1週間の休むと伝え自分の弓を持って帰ることにした。
弓を持って帰らないとなんだかすごく不安になるから。

翠「・・・ったくおめぇの頭ん中は弓道のことしかないんですか?」
蒼「だって1週間も丸々空けるとなるとちょっとしんどいし・・・それにこの弓先輩が使ってた大事な弓だから・・・」
翠「そんなことだとなおりませんよ?その・・・早漏でしたっけ?」
蒼「は・や・け!!!」
翠「そそ、そうですぅ。翠星石はそう言おうとしたんですぅ」
なんともわかりやすい、単純な姉である。
翠「そういや弓っていくらぐらいするもんなんですか?」
蒼「姉さんが考えてるような値段じゃないと思うけどね。これだと・・・」
僕の弓は直心Carbon2の15kgだからとりあえず5万近くはする。これが4寸伸びなら限りなく5万円に近くなる。
翠「ごごごごごごごご5万円~!?」
蒼「だから言ったのに・・・」
翠「なんでそんなおもちゃみたいなもんが5万もするですか!」
蒼「おもちゃじゃないよ。これは立派な武器なんだから」
翠「どっちも一緒ですぅ!で、蒼星石の矢はいくらするですか?」
蒼「えーっと・・・」
正直言うと今使ってる矢は自前じゃない。
ある大会で優勝したときに猪○弓具店にシャフトから羽根から何から何までオーダーしてくれと言われ、前々から気になっていたKCのカーボン矢をオーダーしてみた。
羽根は白鷹か黒鷲かで迷ったが黒鷲の尾羽に決めた。
何気なく注文してしまったがよくよく考えると軽く6万近くなるよね・・・・
翠「いくらなんです?」
蒼「これは副賞品だからお金はかかってないけど、実際払ったら5万は越えると思う・・・」
翠「・・・・蒼星石」
蒼「・・・何?」
翠「借金だけはしちゃだめですよ?」
蒼「しねーよww」
次の日からは素引きだけで道場に行く事もなく、生活に余裕ができた。反面、あるはずのものが無い淋しさも覚えた。


その代わりと言えば何だけど、翠星石がバイト(というか手伝い)をしている家のケーキ屋で一緒に手伝いをすることになった。
僕は専ら洗い物や掃除、買い物に勤しんだ。楽しくないと言う事は無かったが、弓道に代わるものではないのは確か。
でも、大分落ち着けたとは週の中ごろに感じられた。

その次の日・・・
なんとなく授業をサボって屋上に行きたくなり、いつもならサボるなんてとんでもないなんて感覚が支配するのに今日はそれがない。
なので担任の授業ではあるが仮病を使って屋上に来た。
すると・・・そこには同じクラスのJUNくんがいた。
僕に気付いたのかぽかんとした表情を浮かべて僕に話しかけてきた。
J「・・・サボリ?まさかねw」
蒼「そのまさかだよ?」
J「mjsk」
蒼「たまには僕だってサボりたい時ぐらいあるよ」
J「僕の中では優等生で真面目と書いて蒼星石と読むって感じのイメージしかないんだけどw」
蒼「そんなことないよ・・・僕だって人間なんだから」
J「ごめんごめん」
蒼「気にしないで?で・・・JUNくんは何してるの?」
J「蒼星石と一緒。めんどくさいから出ない」
蒼「それだけ?」
J「それだけ」
蒼「他には?」
J「他?・・・・他ねぇ」
彼は少し考えてこう言った。
J「寝転がって、上見てごらん?」
僕は彼の言うとおりに寝転がって上を見てみた。
J「な?空しか写らないだろ?」
そう言えば・・・確かに一面の青空しか写らなかった。
蒼「空しか見えないね」
J「そうすれば何も考えなくていいからな。空だけを見る」


蒼「何も?」
J「そう。何も。あまり重苦しいのはよくないから」
蒼「重苦しいのはよくない・・・か」
J「どした?」
蒼「部活でちょっとね・・・」
J「そっか。まぁなんとかなるよ」
蒼「他人事だね」
J「言ってしまえばそうなるね」
蒼「まぁ・・いいけど」
J「今くらいは何も考えないで済むようにしようよ」
蒼「そうだね」
僕は何も考えないまま、彼の傍で寝転がって上を向いていた。

何も考えない時間を過すため、僕は次の日から必ず屋上に行くようになった。

週も半ばから終わりに入り、そろそろ復帰しようかと準備をしていたら翠星石に呼び出された。
翠「誕生日でもクリスマスでもねーですけど、これやるです」
彼女は弓を持っていた。
綺麗に弓巻きに巻かれたその弓はものすごく綺麗でしなやかな感じがした。
翠「さぁ、さっさと受け取るですぅ」
蒼「え?あ、ありがと・・・開けていい?」
翠「勿論ですぅ」
弓巻きをほどいていく。
そこには綺麗な深緑色をした弓があった。
蒼「これ・・・真翠だ」
真翠・・・直心3とは違う竹弓だ。
翠「こんなもんが5万超えるとかわけがわかんねーですけど、蒼星石のためです。翠星石がやったんですから、ちゃんと早気とやらを治すですよ?」
蒼「ありがと・・・姉さん。」


僕は姉と同じ文字が入ったこの弓を持って部活に出た。
真翠の17kgを持って入った時はみんながみんな食いついてきた。
由「蒼星石、この弓どうしたの!?」
蒼「姉さんがいきなり使えって買ってくれたみたい・・・」
ス「ほほぅ、真翠か」
蒼「あ、スネーク先生。1週間も空けてしまってすみませんでした」
ス「それはかまわん。その弓でどこまでいけるか、楽しみにしてるからな」
蒼「はいっ」

それからしばらくは真翠の弓の強さに慣れるために素引きと巻き藁を中心に練習した。
この練習にまた1週間ほど費やしたが、かなり中身の濃い1週間になったと思う。
そして・・・
由「そろそろ、道場で引いてみる?」
蒼「うん」

道場の立ちに入り’ゆう’をして足踏みをする。
矢を番えて、打ち起こし。呼吸を整える。
続いて大三。弓に全てを委ねる。
引き分け。背中と肩を思いっきり開く。
そして会。狙いを定めて思いっきり伸びる。

バキン!!
パンッ!!

由「すごい・・・一週間で元に戻ってる」
蒼「本当?」
由「本当!前と同じ5秒ある!」
蒼「よかった・・・」
僕は本当にホッとした。早気が治らなければどうしようという不安もあったが、JUNくんが屋上で【何も考えない時間】というのを教えてくれたのも1つあるだろう。


次の日、僕はJUNくんにお礼を言ってついでにお昼ご飯を一緒に食べた。
何も考えない時間があって、その空白を余裕として使う。
そのスキルはまだ僕には備わってないが、最後の春の大会にはそれができてるといいなと思いながら・・・
そして、姉さんにもお礼を言った。
姉さんと同じ名前の弓。一緒に戦ってると思えば、何も怖いものは無い。
あるとすれば・・・
翠「イッヒッヒッヒ。今年のクリスマスは蒼星石に奮発してもらうですぅ」
多少、怖い。けど気にすることはなかった。

そんな恐怖のクリスマスも終わり、年が開け全国選抜当日・・・

翠「頑張るですよ?翠星石も学校サボって見に行くですからね?」
蒼「ダメだよ学校行かなきゃw」
翠「そんなこと言ってらんねーです!さ、いいから早く行くです!それと、忘れ物ないですね?」
蒼「うん。じゃあ、行ってきます」
翠「後で行きますからね」
蒼「はいはい。じゃ、行ってきます」
翠「行ってらっしゃーい、ですぅ」

僕は、その日の大会で優勝することが出来た。
これは自分だけの力じゃない。皆に支えられてできた結果なんだろうと思う。

だからこそ、僕は次の最後の春の大会に向けて邁進しようと心に誓った。
One for All, All for One.
自分の為だけじゃない。僕を支えてくれたみんなの為にも・・・

おしまい

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最終更新:2007年02月14日 17:51