まだ残暑厳しい9月の朝・・・
「サボろっかな・・・」
僕はそんな事を露骨に口に出し、実行するようになっていた。

Barrister-Mercury-

夏休みのグータラペースを引っ張っていた僕は今まで授業をサボらずに受けていたが、ついにそれを破り捨ててサボるようになった。
今日で5回目―もう罪悪感の欠片もない。
僕の学校―私立有栖学園―は小学校から大学院まであり、学園都市を形成している。
自然に囲まれた敷地の目と鼻の先に大きな湖があるにも関わらず、交通の便はよく立地条件はとてもよかった。
そんな僕は自宅から自転車通学をしている。サボるための足には充分だった。

J「今日も行くか・・・」
朝からサボる時には決まってある店に顔を出していた。
普段からよく行くのでもう常連といってもいいだろう。
僕はその店へと足を向けた。


「おはようございます」
元気のいい挨拶が僕の耳に届けられる。なんだか心地いい。

「おはようございます。まだまだ熱いわねぇ。」
いつも朝来ると必ずいる彼女―綺麗なアッシュブロンドと抜群のスタイルを持ち合わせ、紅い瞳が神秘的なバリスタの彼女・・・
黒い服が、ホントによく似合う。

名前はまだ、知らない。

「ホントにw異常気象ですよw」
「じゃあ、今日は何にしますか?」
「アイスラテを、ショット追加で」
「はぁい♪ところで学校は?(・∀・)ニヤニヤ」
「そこは突っ込まない約束ですよ」
「そうだったわねぇwじゃあ、お作りしますのであちらの黄色いランプの下でお待ちください」


黄色いランプの下で待っているとすぐにラテを渡され、僕の指定席へと向かう。
この時間、まだ誰もいない。
僕はここに居るときは決まって読書をしている。今日は中島らもの"西方冗土"を読もう。

「何読んでるのぉ?」
「中島らもですよ。多角的に物を見るためには必要じゃないかなって思って」
「そればっかりだと逆にせまくなりそうねぇw」
「確かにw」
「ところであなた名前は?いつも来てくれる人には聞いてるんだけど・・・って私から言わなきゃね
私は水銀燈。この店の看板バリスタよぉw」
「水銀燈さん・・・覚えました。僕は桜田JUN。グータラ高校生ですw」

ここから、全てが始まった。


銀「グータラでも来てくれて嬉しいわぁ」
J「そう言われるとサボってよかったって思いますよw」
銀「ダメよぉwサボっちゃ」

彼女の笑顔は、僕の網膜に残暑の原因よりも眩しくその画を写していた―同時に高鳴る心臓が、蝉の音を掻き消していく。
正直、かなりドキドキしてる。
J「いいんですよ。ここの方が居心地いいですから」
銀「あらぁ、そんなんで単位大丈夫なのぉ?」
J「大丈夫ですよwもう大学も決まったようなもんですし」
銀「え?あなた有栖学園高校?」
J「そうですよ」
銀「へぇ~。有栖学園高校にうちの妹がいるのよ」
J「そうなんですか。じゃあ探してみますね。」
銀「見つけたら教えてよぉwじゃあそろそろ戻るわね」
J「わかりましたw」

彼女は戻って行った。
僕はここに来るようになってからよく喋るようになった。と言っても、水銀燈さんとだけだが。


ただ、そのお陰でなんとなしに自分の視野が広がったような気もする。僕にはそれが嬉しかった。

(・・・そろそろ行くかな)
僕は席を立ち上がる。心地よく感じる時間の流れはとても早い。もう既に2限が終わろうとしていた。

銀「ありがとうございましたぁ」
僕は軽く頭を下げて蝉の音が響く外へと出た。
(やっぱり暑いわ・・・)
僕は学校へと向かった。

学校に付くとクラスメートのベジータが話しかけてくる。正直、空調が聞いた室内にも関わらず室温と湿度がグーんと上がった気が・・・いや、実際上がった。
ベ「よう桜田。重役出勤か?」
こいつは何でこんなに汗をかいてるんだろう。
J「ほっとけ。てか、次の授業何?」
ベ「政経だ」
J「スネークか!!危なかった・・」
僕は政経の授業だけは出るようにしている。何せ相手が悪い。


スネークは元傭兵。授業をサボると偉い目にあう―その割に寝てる奴には寛容だ。
彼曰く、眠れるときに眠っておけと。何とも傭兵らしい。
ベ「今日の授業は視聴覚教室らしいぞ」
J「そうか。ありがとな」
ベ「いいってことよ。あ、蒼嬢ぉぉぉ」
その後直ぐに殴打されたのは言うまでもない。
ふぅとため息をつくと何かを背中に当てられる感覚―足元をみるとプリントを丸めて作った紙玉が3つ。

「・・・気付いた?」
J「薔薇水晶・・・だっけ?」
薔「その通り(グッ」
児〇清の真似は要らないよと心の中でツッコンだ。絶対要らない。
J「で、何の用?」
薔「・・・これ・・・梅岡に頼まれた」
梅岡とはクラスの担任である。
彼女がプリントを差し出す。1・2限で使われたモノだろう。
J「わざわざありがと」
薔「・・・無問題」
アンタはツッコンで欲しいのかと小一時間問い詰めたいところだったが、時間もないので僕は直ぐに教室を出ていった。


視聴覚教室に着くとスネークが出席を取り始める。今日は国際政治がらみで中東の諸問題に関するビデオを"本人の実体験を交えつつ"見るらしい。
だが、スネークには悪いが寝ることにする。空調の聞いた部屋でビデオなんか見てたら眠くなるのは必至なわけで、もう既に何人か戦死者が出ている。
(メディック・・・)
「・・・呼んだ?」
呼んでません。てか読心しないそこ。
薔「・・・反応して?」
J「少なくともお前は呼んでない」
薔「・・・メディックって言ってたから」
無意識のうち口に出してたようだ。
J「無事ですからご安心を」
薔「・・・いえっさー」
何なんだろうこの空気は・・・決して嫌じゃないんだけど、なんとなく見透かされてる感じがして・・・
いや、あまり考えない方がいい。寝るとしよう。


「・・・ぁ・・・らだ・・・桜田!!」
J「・・ベジータか?」
ベ「いつまで寝てんだよ?とっくに授業終わってるぜ?」
ベジータ呼び声で目を覚ますと重たい身体に鞭を打って起き上がる。
J「あ、あぁ・・・次何だ?」
ベ「次は・・・俺休むわ・・・」
J「梅岡かw」
ベ「屋上行ってるわ・・・」
J「わかったw」

僕は教室に戻った。
何があるわけでもない。ただ、そこにいたらいいだけ。
本でも読んでよう・・・さっきの続きでも。
・・・それにしてもいつからこんなに無気力なったんだろう。
何だか、少し虚しくなった。
虚しさから、集中力を欠いてしまい読んでても何が書いてあるのかわからない。
(僕ってなんなんだろ・・・)
空虚な時間が流れていった。


流れ行く時間にはそれぞれの早さがある。空虚な時間はとても早い。
気が付くともう6限が終わっていた。
(・・・帰るか)
帰っても誰もいないのだが。
僕は一人暮らしをしている。
両親は海外で仕事をしていて、姉は留学へ行ってしまった。なのである程度のことはできる。仕送をもて余し一時期は株に手を出してた―もっとも、見事に失敗してしまったが。
鞄に教科書をぶち込み帰ろうとすると蒼星石に呼びとめられた。
蒼「JUMくん~」
J「どうした?」
蒼星石はクラスメート。真面目と書いて蒼星石と読む。これくらい真面目な子だった。
蒼「今日掃除だよ?」
J「え・・・」
蒼「帰ったら・・・わかっt」
J「わかってる。教室だよな?」
蒼「うん。じゃあ掃き掃除お願いね」

なんで今日に限って掃除なんだよと思いながらも仕方なく掃除をすることにしよう・・・


(ったく何で今日に限って・・・)
適当に掃除を終わらし、家路についた。今日は買い物をしなくちゃいけない。
スーパーで適当に材料を見繕って今日の献立を決める。今日は鰻が安い。

J「久々に鰻でも食うか」
僕は半額シールが張られた鰻の蒲焼きを籠に入れてレジへと向かった。その途中で水と紅茶を籠に入れ、最後にレジの所のガムで締める。
夕方の忙しい時間―レジはどこもかしこも込み合っていた。
比較的空いているレジへと滑り込み、あとは会計を済ますだけ。
(・・・あれ?)
ふと前に目をやるとどこかで見たことのある綺麗なアッシュブロンドの女性が一人。
J「水銀燈さん?」
彼女が振り向く。やっぱりそうだ。
銀「あらぁ。JUN君じゃなぁい。お買い物?」
J「えぇ。晩飯を買いに」


銀「今日は鰻みたいねぇ・・・それにしてもあなた嗜好品ばっかりねぇ」
J「まぁ、紅茶は自分で入れますからね。コーヒーは自分じゃうまく出来ませんし、美味しいエスプレッソを入れてくれる人がいますからw」
そう言って彼女に微笑みかける。彼女はもう会計を済ませているが、まだ会話の流れを止める積もりはないようだ。
銀「ふふっ。ありがとねぇ。でも誉めてもワンドリンクサービスはないわよぉ」
J「わかってますよwところで水銀燈さんは、何を買いに?」
銀「私も晩御飯のお買い物よぉ。今日は私が作る番でねぇ・・・めんどくさいけどサボると妹が怖いのよぉ」
J「大変ですねwその点僕は一人で気が楽ですけどw」
銀「え?あなた一人暮らし?」
J「そうですよ。両親も姉も今は海外にいますから」
彼女はキョトンとしていた。


僕も会計を済まして、晩飯の鰻やらを袋に詰めるとスーパーを出た―会話は、止まらない。
銀「偉いわねぇ。何でも一人でやるなんてぇ」
J「慣れたら大した事ないですよ。それに自分自身で全てを管理できるんで気が楽ですしね」
銀「そぉ?聞いてるだけだと楽には思えないわぁ」
J「考え方や感じ方を変えるだけですよ。少しでいいんです。結構楽しいもんですよ?」
銀「じゃあ私も少し変えてみようかしら?」
J「是非そうしてみて下さいw」

その後も歩きながら自分達の話をしていた。
水銀燈さんは妹さんと2人暮らし。小さい時に母親が他界し、父親は今僕と同じく海外にいるそうだ。
(何だろう・・・凄く楽しい)
そんなことを思っていると道の分岐点に差し掛かる。
銀「じゃあ私はこっちだから。またねぇ」
J「また明日にでも」
銀「ちゃんと学校行きなさいよぉ?w」
J「わかってますよwそれじゃあ」


彼女と別れてからすぐに家につく。あの分岐点からは近い。
僕は家のドアを開け、何時ものようにリビングへと向かう―少しばかりの違和感と共に。
(何だろ・・・この寂しい感じ・・・)
あまり感じたことのない気分だった。普段からあまり人付き合いをしない僕にはよくわからなかった。
袋から買って来た鰻をテーブルに置き、水は冷蔵庫へ、紅茶は棚へと片付けていく。
その後からご飯を1合炊き、鰻を電子レンジで暖める。
予め茹でておいたほうれん草にだし醤油を少しかけて準備完了。

J「いただきます」
夏バテを吹っ飛ばす・・・と言っても一年中やる気が無いのは変わらないが。
黙々と箸を進めるにつれ、またさっきの違和感が僕を覆う。
(なんか・・・虚しいな・・・)
昼間考えてた事が頭に蘇る。
今まで考えたり思ったりしたことのなかった事や、今まで感じることのなかった感覚が僕の頭の中で再生されていく。


食事を済ませて後片付けをしていると電話がなった。
だが固定は出ない主義の僕はいつものようにスルーする―と言っても留守電は聞くが。
「只今電話に出ることができません。ピーッという発信の後にお名前とご用件をどうぞ。」
無機質な音声が部屋に響く。

「JUNくん?お姉ちゃんなんだけど・・・」
何だ、姉ちゃんか。
「今やってる研究がまた長引きそうだから帰るのもう少し延びるね・・・ちゃんとご飯食べてr」
留守電というのは、残酷である。
(要点もう少し絞れよ・・・)
これでも姉にしては頑張った方だろう。最初の頃は5件入れないと内容に入らなかったくらいだから。
(・・・好きにしろ)
心の中でそう呟くと、あれだけ寝たのにまた眠くなってきた。
その日は、早く床についた。
Phease1-fin-

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最終更新:2007年01月22日 21:42